Old boy
「白い月を見ながらうがいする」を読んでから読む方がいいです。たぶん。
僕は今日、初めてOBとして部活に参加した。
old boyを、年を取った少年と訳すのは間違いだろうが、現在中学生の僕の英語力では、どうしてもそのように考えてしまう。そもそも少年なのに年を取っていると言うところがおかしい。これは、過去の男と訳した方がいいだろうと思う
しかし、過去の男というのもなんだか可笑しい。これでは、昔別れた彼氏みたいだ。でも、とりあえず他の言葉も見つからないから、とりあえずはそう言うことにしておこう。それに実際、バレーボールと別れた男と言えば通じるかもしれない
今日集まったのは、僕をあわせた、レギュラーだった6人と、その他諸々の「過去の男たち」だった。県大会まで行ったときのメンバーほぼ全員だ。
その中の一人、安城は県選抜に選ばれていて、今でも練習を続けているから、彼は僕ら過去の男たちの中でもダントツだった。彼だけは、バレーボールにおいて現在進行形の男だった。
一ヶ月もブランクが空くと、たいていは殆どの動きを忘れてしまうもので、僕を含め、過去の男たちは最初のうち、自分の体の劣化に驚いたり、おかしがったりしていた。そのうち彼らは勘を取り戻したみたいだったけれど、僕に関しては、いっこうに復調の気配がなかった。
もともと僕はそれほど器用な選手ではなかったけれど、もう完全にスパイクの打ち方とかは忘れていた。自分でも予感はしていたけれど、その想像以上の退化ぶりに、自分がいやになった。
でも、これは当たり前の結果だったかもしれない。今思うと、僕は当時、バレーボールというスポーツから、そしてここらから離れたがっていた。明らかに、こんなしんどいことはやめてしまいたいと思っていた。
どうやら自分はスポーツには向いていないようだし、チームワークとか言うのにも向いていないようだと強く思うようになったのは、部活も後半になった頃だった。
そのとき僕は、自分に成長を感じなくなっていたし、度重なるねんざとかで、仲間からの信用も半ば失っていたと思う。そんな中でも僕は、引きずられるように部活に足を運んでいた。
本当のことを言ってしまえば、僕はこの部活で、県大会になんて行きたくなかったのだと思う。予選大会の二回戦ぐらいで相対すればいいと思っていた。それでも僕は、そんなことは顔にも出さず(もしそんな感情が外に出ていたならば、僕は確実にいろんなものからボイコットされなければいけなかっただろうと思う)試合に臨んだ。
だけど、僕はそれほど強く自分の意志をもてる人間ではなかった。どちらかと言えば、仲間のために、仲間の障害にならないために、僕はがんばった。そのような動機をチームワークと呼ぶのかどうかは知らないけれど、それは結局すべて、自分のためだったと思う。
そして僕は、そのときの調子によって大きく左右される人間だった。普段練習していることが試合に生かされるかどうかは、僕の場合は普段の練習量ではなく、そのときの調子とモチベーションに大きくかかっていた。アドレナリンが出れば僕は良いスパイクが打てるし、そうでなければミスをした。そしてその日の試合が僕にとってどっちなのかを決めるのは、最後は運だった。
そして、その運はぼくを県大会まで導いた。もちろん、僕の調子が良かろうが悪かろうが、このチームは県大会まで行っただろうと思う(できればそうでないことを祈りたい。でも、僕の代わりはいたのだ)。で、県大会の1回戦でその運は尽きた。
そのことで仲間たちは僕を責めたり機嫌を伺ったりはしなかった。それは僕の心にとって都合が良かったけれど、もう一つの僕の心では、ほっとしている自分を深く軽蔑していた。そんなものだ。
なんにしても、人間は懲りない。試合後、僕は泣いたが、それは試合に負けた悔しさからではなかった。試合に負けてもそれほど悔しくない自分が悔しかったからだった。
どちらかといえば、そのときの記憶は封印してしまいたいものだ。こうして文章にすることも、あまり快いものではない。それを思い出すたびに、僕は激しく興奮し、いやな汗が体中から出てくる。(これはいやな表現だな。うん)とにかく、自責の念にかられて、時には眠れなくなる。そんな類の記憶だ。
でも、僕はこの記憶の細部までを思い出すことができる。
試合に臨む前に飲んだ、スポーツドリンクの生ぬるさ
自分がサーブを打つときの、僕を睨み付ける対戦相手の表情
スパイクを打ったときの、虚空に吸い込まれるような無力感
試合の終了を告げる、長いホイッスル
そんな僕にでも、僕を先輩と呼んでくれる後輩たちは一応いた。そして彼らは今、主役として、少し前まで僕らが汗を流した体育科案で練習している。そんな彼らをぼくは今日、応援したくなって、そしてバレーボールと完全に別れてしまう準備として、練習に参加した。多分そうだと思う。あるいは違うかもしれない。
何にしても、今日の僕の動きは酷い物だった。打ったスパイクははずれ、サーブはミスし、レシーブはことごとくセッターを嫌った。やってて恥ずかしくなるぐらいだった。しかし、現役だった頃とは違って、ミスをしても、それほど後悔はしなかった。それが、過去の男の楽な部分かもしれない。
結論としては、まだ僕は完全にバレーボールから離れることができていないそして今日のことは、さっきも書いたように、バレーから別れるための準備のようなものだったのだと思う。
最後まで感情が煮詰まることの無かったカップルが、それとなく別々に旅行に行ったりするようなものだ。そして僕は、完全に過去の男になる。
このようなレベルのことは、ソフトランディングでなくてはいけない。そう。ソフトランディングでなければ。
どんよりとした曇りの空を見上げた僕に、感じたことの無いような風がまとわりついた。生暖かさと、にわかなざわめきと、夏の終わりを感じさせる風だ。その風は、僕の首もとをゆっくりとなで回すと、また次の寂しさを求めて去っていった。
まだ何も終わってはいない。
体育館の裏側で一人たたずんでいた僕に、仮屋が後ろから声をかけた。
「次、ラスト1セットだぞ」
後輩たちとの最後の1試合。僕は後輩たちに、まだ何も教えることはできない。僕はまだここから得なければいけないものがあるのだ。
ピ---
響き渡るホイッスルの音。0:0がセットされる電子タイマー。
決して過去の躍動が蘇るわけではない。しかしここには、過去の男の帰結と、答えがある。
先攻は後輩チームから。逞しさの片鱗を見せ始めたその右腕から、力強いサーブが打ち出される。ボールは、正眼に構えた仮屋のもとへ一直線に飛んでいく。
ボン、という吸収された衝撃音。セッターは定位置から一歩も動くことなく、レシーブされたボールを刹那両手に収め、また送り出す。
僕は助走をはじめる。これが最後になるかもしれない。そう、最後に。
皆が一瞬息をのむ。無限にまで引き延ばされた一瞬。
過去の男の答えが、ここにある。
リクエストしていただいたソナチネ♪さん。勝手に作ってみましたがこんな作品で良かったでしょうか。