朝倉左衛門督・空中散歩録
戦国の覇王、織田信長が天下取りへの大きな一歩を踏み出した天正元年の越前攻め。
歴史は勝者の偉業と敗者の悲哀を厳正に記録する。
兵力、地形、将帥の才覚――すべての因果は、そこにあったはずだった。
――ただし。
当時の記録を検証すると、どうにも説明のつかない奇妙な記述が混ざり込んでいる。
曰く。
敗軍の際、越前の主君は空を飛んでいた。
天正元年の春、一乗谷では、朝倉左衛門督義景が大凧を揚げていた。
天下は騒がしかった。
織田信長は越前の隣国まで勢力を伸ばし、浅井家との関係もいつ崩れるか分からない。
家臣たちは軍備を整え、城を修め、兵糧を蓄え、来たるべき戦に備えている。
その一方で、当主の義景は谷の風を見ていた。
「景近」
「はっ」
「人間も、あれに乗れるのではないか」
義景が指差した先では、竹と和紙で作られた大凧が、春の谷風を受けて空高く舞っていた。
鳥居景近はしばらく黙っていた。
「……お屋形様」
「うむ」
「理屈がございません」
「凧が飛ぶのであれば、人が飛んでもよいではないか」
「その間に何の理屈があるのでございますか」
義景は少し考えた。
「それは、飛んでから考えればよい」
景近は、これ以上何を言っても無駄だと悟った。
こうして、一乗谷の一角で奇妙な工事が始まった。
和紙を張り合わせ、竹を組み、漆を塗る。
絹を用い、軽量化を図る。
蒸留酒を燃やし、その熱で袋を膨らませる。
職人を集め、試作品を作る。
越前には紙を作る職人がいた。竹を扱う者もいた。漆を塗る技術もあった。絹も手に入った。南蛮の蒸留酒も手に入った。
朝倉家には金があった。
そして義景には暇があった。
この条件が揃ったことは、越前にとって不幸であった。
最初に作ったものは、飛ばなかった。
二つ目は、浮いたが燃えた。
三つ目は、浮いたがひっくり返った。
四つ目は、浮いたまま一乗谷の田畑を横切り、百姓の小屋に突っ込んだ。
五つ目の巨大な袋状の構造物が完成した。
それを「飛天丸」と名付けた。
初めて地面を離れたとき、義景はしばらく無言で空を見上げていた。
飛天丸は燃えなかった。
正立したまま浮いていた。
「……飛んだな」
景近も空を見上げた。
「……飛びましたな」
「次はもっと高く」
「お屋形様」
「何だ」
「これは何のための物なのでございますか」
義景は答えなかった。
しばらくして景近が言った。
「これに火薬を積めば、軍用にも……」
義景は振り返った。
「……軍用?」
その場にいた朝倉景健は、嫌な予感がした。
「お屋形様。まさか、これを戦に――」
「いや」
義景は首を振った。
「まだ火薬は積まぬ」
景健は安堵した。
「まずは、人を乗せる」
景健は天を仰いだ。
軍用研究は始まった。
操縦はできなかった。
風向きが変われば行き先も変わる。
上昇と下降はできても、右へ行け、左へ行けという命令には答えてくれない。
景近はその事実を知るたびに頭を抱えた。
「お屋形様。これでは敵陣を狙えませぬ」
「風がある」
「風任せではございませぬか」
「そうだ」
「……」
「問題か?」
景近には答えがなかった。
さらに問題があった。
火薬を積むと危険だった。
そこで景近は、油や松脂などを混ぜ、火をつければ長く燃え続ける粘り気のある液体を作った。
「火薬を積むのではなかったか」
「火薬は危険にございますので」
「では何を積む」
「油や松脂を混ぜたものを」
「何のために」
「……燃えます」
義景は少し考えた。
「ならばよい」
「はい」
横で景健は天を仰いだ。
朝倉家には、もう止める者がいなかった。
そして天正元年八月。
刀根坂で、朝倉軍は崩れた。
織田軍の猛攻に耐えきれず、兵は逃げ、将は散り、朝倉家そのものが崩れ落ちようとしていた。
「お屋形様をお探しせよ!」
「一乗谷へお戻りになったぞ!」
「景鏡殿はどこだ!」
怒号が飛び交う。
その頃。
義景は山中の仮設陣地にいた。
傍らには鳥居景近。
そして二人の前には、巨大な飛天丸があった。
景近は言った。
「お屋形様」
「うむ」
「これで逃げるおつもりですか」
「いや」
義景は飛天丸を見上げた。
「織田本陣へ向ける」
景近は固まった。
「……何をなさるおつもりで」
義景は答えた。
「空襲だ」
景近は初めて、この男に付き合ったことを後悔した。
夜。
飛天丸は地上を離れた。
ゆっくりと。
あまりにもゆっくりと。
織田軍の兵士たちが空を見上げた。
「何だ、あれは」
「分からん」
「鳥ではない」
「鳥より大きい」
「では何だ」
誰にも分からなかった。
飛天丸は炎を吐きながら、夜空を漂っていた。
その下では、義景が籠の中から地上を見ていた。
「景近」
「はっ」
「織田本陣はどこだ」
「右手にございます」
「では右へ」
「風が左へ吹いております」
「……」
飛天丸は左へ流れた。
「戻せ」
「戻せません」
「そうか」
義景はしばらく考えた。
「では、左の織田軍を焼け」
景近はため息をついた。
「承知いたしました」
そして、空から火が降った。
織田軍は混乱した。
「火だ!」
「空から火が!」
「敵はどこだ!」
「上だ!」
鉄砲隊が一斉に空を見上げた。
しかし、暗闇の中を漂う飛天丸はあまりにも高かった。
弓が届かない。
鉄砲も届かない。
何より、誰も敵がどこにいるのか分からない。
織田信長もまた、夜空を見上げていた。
「……何だ、あれは」
誰も答えなかった。
飛天丸は信長のいる本陣を目指した。
正確には、風に流されていた。
義景は眼下の光を見た。
「景近」
「はっ」
「あれが信長か」
「おそらく」
「近づけ」
「できませぬ」
「そうか」
飛天丸は信長の本陣の横を通過した。
火のついた液体が落ちた。
旗が燃えた。
幕が燃えた。
兵が逃げた。
そして飛天丸は、そのまま夜空の彼方へ流れていった。
信長はしばらく黙っていた。
やがて言った。
「……朝倉か?」
近習が答えた。
「おそらく」
「何をしている」
「分かりませぬ」
信長はもう一度、空を見上げた。
しかし飛天丸は、すでに見えなくなっていた。
翌朝。
義景は山中に降りた。
正確には、降りたというより木に引っ掛かっていた。
景近が籠から這い出す。
「お屋形様」
「何だ」
「昨日のあれは、成功したのでしょうか」
義景は空を見た。
「飛んだ」
「はい」
「火も落とした」
「はい」
「ならば成功だ」
景近は何も言わなかった。
「次はどうなさいます」
義景は考えた。
「帰る」
「どちらへ」
「分からぬ」
飛天丸は木に引っ掛かったまま、動かなかった。
数日後、朝倉義景は一乗谷で自害した。
朝倉家も滅んだ。
飛天丸については、その後の記録から忽然と姿を消した。
ただ、『信長公記』の写本の一つに、奇妙な記述が残されている。
朝倉左衛門督、敗軍の際、空中より火を降らせ候。何の道理にて候や、未だ分明ならず。
当初、この記述は誤記、あるいは後世の創作と考えられていた。
しかし、一乗谷から出土した記録を詳しく調べると、義景の時代に大量の和紙、絹、竹、漆、酒、油、松脂などが購入されていたことが分かった。
さらに、倉庫跡から発見された古い図面には、人が乗るにはあまりにも巨大な竹籠のような構造物が描かれていた。
別の記録には、次のような記述もある。
「落ちたる油、俄かには消えず。水を掛けても木壁に附きて燃え続け候」
研究者たちは困惑した。
「……熱気球ではないか」
「まさか。十六世紀だぞ」
「しかし、構造と材料は一致する」
「では、こちらは何だ」
「燃える液体だ」
「ナパームではないか?」
「だから十六世紀だと言っている」
結局、義景が本当に熱気球を作り、そこから燃える液体を投下したのかどうかは、今も分からない。
戦国時代に熱気球を飛ばしてナパームを投げたかった。




