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第30話 ヒーローショー

 首を捻ると関節が小気味良い音を立てる。

 滞っていた血流は元の勢いを取り戻し、萎んでいた毛細血管を駆け巡る。

 

 首と後頭部を介した後に眼球が熱くなったのを実感する。


 不屈の後押し屋と云われた雨竜も今年で50歳を超える。

 年老いてきた身体は若い頃に比べて回復が遅く関節の至る所にガタが来始めている。長年愛用してきた自慢のコートも羽織る際に億劫に感じることが増えた。


 雨竜はいまデパートの屋上に併設している小さな遊園地を訪れている。手頃なベンチを見つけたので束の間の休憩を取ることにした。


 走り回る子供とそれを追いかける親を身軽に躱しながら辿り着けば鞄を抱えゆっくりと腰を下ろす。

 数時間歩き回った代償は大きかったようで座った瞬間にどっと疲れが襲いかかる。襲いかかる鈍痛と安楽に思わず喉を鳴らしながらさらに深くベンチに身体を埋めた。


 時計を確認すると次の仕事まで時間まで時間がありそうだ。それにしてもデパートの屋上遊園地に来るのはいつ以来だろうか。


 子供の頃は親にせがんではしょっちゅう連れて行ってもらっては目を輝かせているものだ。

 だが最近はめっきり見なくなってしまった。注目すらされなくなった事実にどうしても時代の流れを再認識させられてしまう。


 あの頃は何もかもが目新しいものばかりだったと観覧車を眺めながら思い出す。


 風とモーターに揺らされた籠は太陽光をも味方につける。まるでファッションショーで女優を飾るアクセサリーのようでお淑やかな主張を揺れるたびに繰り返していた。


 時間親子連れで賑わっている。今どきは珍しいと思って来てはみたがいいものだ。


「只今よりヒーローショーを開演いたします。興味のあるお客様は是非お立ち寄りください」


 案内にアナウンスが響き渡る。アトラクションに夢中だった男児たちは顔色を変えて一斉にステージへと向かい出す。


「いよいよか。気張れよ、木原くん」


 雨竜は襟を正した。

 今日はショーの主役を抜擢された青年の晴れ舞台。役者志望の若者である木原は彼が長年面倒を見てきた依頼者の1人だ。長年夢見てきた舞台にようやく辿り着くことができた。

 いまからやる舞台は雨竜や彼にとって大切な到着点だった。


 雨竜は立ち上がると軽くストレッチをする。多少休めたおかげで腰が軽くなった。先程まで鉛のようにのしかかっていた痛みは大分引いて来た。これなら最後まで彼の勇姿を目に焼き付けることができるだろう。


 ショーステージへと辿り着くと観客席はすでに多くの客で賑わっている。

 小さいステージとはいえざっと見渡す限りでは席は満席のようだ。多くは男児と親子で埋め尽くされているが、中にはカップルや単独の客も多く集まっている。様々な層の人間がここには集まっている。


 ステージの裾を見た雨竜は思わず笑みを浮かべる。そこには不安そうな面持ちで観客席を覗き込む木原の顔が見切れている。今にも泣き出してしまいそうな表情は今まで見た中でもダントツの顔だろう。


「全く、だらしない顔しやがって」


 客席を囲む大型スピーカーが一斉に鳴り始める。大音量で流れる主題歌は早くも少年たちの心を鷲掴み、歓声があちこちで上がっている。


「この娘を捕えろ!」


「きゃー、助けて!」


 鎧姿の怪人が部下を従いナレーション役女性を連れ去っていく。ショーとはいっても衣装はしっかりしたものを使っているようで本家と遜色ない作り込みだ。


「この娘を助けに来たヒーローたちを一網打尽だ!」


 それにしても怪人役の演技力はかなり高い、スピーカーから流れる台詞に対して一切の誤差なく動いている。


 これも怪人役の役者の技量だろう。この手のショーでの台詞は収録された音源が多い。俳優たちはスピーカーで流されるそれに動きやタイミングを合わせていかなければならない。

 演技とはまた違った能力がこの役者には備わっていた。


 台詞中はもちろんそれ以外での素振りにも中の人間の素性が隠しきれている。怪人とはこういう動きをするものだ、と説得させられる。


 どのジャンルの創作物においても悪役が作り込まれていなければ物語は閉まらなくなる。歴の長い舞台された人間を配置しているのだろうと予想する。


 怪人の素振りはさらに子供たちの恐怖を煽っていく。今回は客層にも恵まれていてリアクションも悪くない。この場全体が舞台となり臨場感を増していく。


 もちろん容易なものではない。自分の立ち回りを把握していなければ怪人としてのリアルはたちまち悪目立ちする。

 決められたストーリーとタイミングを忠実に再現する。この舞台の最大の難点はまさにここだろう。

 不純物は許されない。つまりはアドリブという荒業は言語両断である。


 雨竜はこのショーにのめり込み始めた。そして木原がこの流れに乗っていけるのか心配になってきたのだった。

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