第28話 違和感
京子と彩花とともに目的の喫茶店へと辿り着いた。
だが、彼女は入り口に掲げられた『アンジャッシュ』の文字を見て驚きを隠さなかった。
彩花に連れられてやってきたのは奇しくも数時間後にデートで訪れるであろう店だった。ここを選んだのは偶然だろうか。
横を見ると彼女はサンプルの飾られたショーケースに目を奪われている。5段に仕分けられた仕切りに狭しと彩っている。
1番上の段、ドアと同じ高さの5段目にはメインのコーヒー、カフェオレ、メロンソーダが定番だというかの如く鎮座する。
次に2段目にはいちご、チョコのパフェ2種とチーズケーキがそれぞれが京子達へ誘惑を仕掛けてくる。
思わず涎が溢れてしまう。コーヒーと甘いなど絶対合うに決まっているではないか。
隣の彩花もおそらく同じ気持ちなのだろう。チーズケーキを見つめながら微動だにしない。
正直、京子は彩花のことを疑っている。自然すぎる出会い方。自己紹介前に口にした京子の名前。
もしかしたら京子のことをすでに知っていた節がある。可能性としては自分の自意識過剰である場合の方が高い。だが疑って掛かるには十分だろう。
近年は年頃の女性が狙われる事件を度々耳にする。
確率としては限りなく低いだろうが、自分も関わらないとも限らない。疑うに越したことはないだろう。
外に出る女性にとっては自己防衛は基本中の基本だ。怖い人間ばかりではないが、優しい人間ばかりでもないのだ。
「京子さん、もしかして驚いてますか」
「な、何をですか」
図星を疲れて思わず固まる。
彩花が振り向かずに問いかけるものだから反応が遅れてしまう。それに質問の真意が絞り込めない。
思惑がばれたのか?それとも別の?
京子は自分の両腕を握りしめる。突然寒気のようなものが全身を襲う。
親しみやすい印象は消えて無くなった。いまはこの少女がとてつもなく怖い。
「なんでこのお店なのか、ってことですか」
「はい、そうです。その上でもう一度お聞きしますが、いま驚いてますか?」
一息で返される恐る恐る聞いた質問。こうま簡単に口を出されると呆気に取られてしまうものだ。
恐怖は依然収まらない。だが逃げることも威嚇することもできず素直に答えることにした。
「ま、まさか私がここに来る予定なのを調べているとは思いませんでした。も、もしかして新井先輩はグルってことですか?」
新井はグル。
口にした刹那、涙が溢れ出してくる。最も信じて、最も愛に近い感情を抱いた異性に裏切られたという現実。
途端に抗いようのない悲しみが京子を襲った。
ここで負けてはいけない。虚勢を張らねばと目の前を少女を睨みつけると彼女は見るからに戸惑っていた。
まさかの反応に京子はまたも呆気に取られてしまい言葉を失った。
「え、京子さんすみません!まさか泣かせてしまうとは…本当にすみません」
そういうと彩花はポケットを弄るとすぐ乾きそうな生地のハンカチを取り出し京子に手渡す。
突然に真摯な対応に思わず受け取ってしまう。この距離からでも良い匂いが漂ってくる。
「京子さんのこと、知ってましたよ。最初から」
彩花が目を見つめる。その瞳に嘘はないように感じる。
「あ、新井先輩のこともですか…?」
「はい」
彼女は申し訳なさそうに顔を背ける。
「京子さんに……教えていただきました」
私が?この娘が何を言っているのか分からなくなった。
初めて知り合ったのはつい先ほどではないか。もしかして同姓同名の誰かの話か。
「タイムリープできる、って言っても信じてもらえませんよね」
京子は身体を翻し一直線に走り出す。唐突に動き出したので足がもつれたが持ち直すことが出来た。
まさかここまで頭がおかしいとは思わなかった。
タイムリープ?誰がそんなオカルト話を信じるのだろうか。
印象が良かっただけに反動が大きい。胸を抉られるようなショックをひしひしと感じる。
ふと、少女の方を振り返る。幸い追いかけてくることはしてこないようだ。
その場に立ったままこちらを見つめているだけだった。走っているためその表情を見定めることはできない。でも何かを感じ取った。
怒りと悲しみ。不確かであるが彼女の顔にはそうした感情がこもっているような気がした。何故か助けたい、と頭に浮かぶ。
少女は不可思議な行動をする。
垂らしていた両腕を肩の高さまで左右に広げる。彩花の周りにいた通行人は進路を塞がれ何事かと睨み付けている。
次の瞬間、微動だにしなかった彼女は胸の前へ向かって手を鳴らし―
◇
「京子さんのこと、知ってましたよ。最初から」
京子の腕手を添えながら彩花は大きく息を吸い込んだ。
「でも、驚かせてしまって申し訳ありません。不快にさせるつもりはなかったんです」
申し訳なさそうに彼女は頭を下げる。聞けば似ていると思いつつも自己紹介をするまで確信が持てなかったという。
「以前大学のオープンキャンパスでお見かけして以降だったので雰囲気が全然違うように見えましたよ」
「あ、あれ、その時お会いしたんでしたっけ。うーん、まだ思い出せないです」
「軽く話した程度なので覚えていたらすごいですよ」
彩花はまたもにこやかに笑う。この一連の会話に違和感はない。なぜだろう、京子の勘が警鐘をガンガンに鳴らしている。
理由は分からない。だがそれさえ知ることができればこの少女を疑うことをしなくて済むだろうか。自分の反応と反して彼女のことを信じてみたかった。
「それじゃ、入りましょうか」
彼女に誘われ店の中へと入って行った。




