第27話 再会
駅の改札はごった返している。どうやら電車が遅延しているらしい。多くの利用客は行き先を失い戸惑っていた。
彼らは窓口で理由を問い詰めている。だが同じ質問に苛立っている駅員にぶっきらぼうに返される。厳しいとはいえ真っ当な対応に文句すら言えずに踵を返していく。
これでは隣駅まで行けないではないか。電光掲示板の赤い文字を見つめながら京子はため息を付いた。カフェに行く予定だったが他の利用客と同じように予定がパーになってしまった。
時間を確認するためスマホを見る。夏に行った湘南の背景と共に現時刻が表示される。よかった、約束の時刻までまだまだ余裕があり胸を撫で下ろした。
これから京子はデートを控えている。新井先輩が自分のことをどう感じているか分からないが、心の底から楽しみにしている。
だが、この先の関係を発展させるには今日の出来で全てが決まることは分かりきっている。緊張でどうにかなりそうで、今ですら手が微かに震えてしまっている。心拍音も周囲の音をかき消すほどうるさい。
地図アプリから目的地だった喫茶店を削除して他の店を探し始める。少しでもリラックスするためにも落ち着いたところに行きたかった。
「最悪、これから行きたいお店あったのになー」
ふと、近くにいた少女がポケットに手を入れたまま愚痴を溢した。顔立ちは幼く見えるが服装のせいか大人びて見える。駅構内に吹き付ける風に紺色のコートが揺らめく。
「ま、全くですよね。私もパーになっちゃいましたよ」
声を掛けてしまった。いつもの京子だったらそのまま無視していたことだろう。だが、つい思っていたことが口に出てしまった。
急に恥ずかしくなって目を逸らす。だんだんと顔が熱くなってくるのを感じる。
「あ、もしかしてお姉さんもですか」
「え、ええ」
すると少女、彩花は彼女の声に気付いたようでこちらを振り向いた。自分に返答してくれたことが嬉しかったようで満面の笑みを浮かべている。
まさか言葉を返してくれるとは思っておらず適当な答えになってしまう。
それにしてもなんと無邪気な笑みなのだろう。京子は母性のようなものが込み上げてきた。あやうく、にやけてしまいそうになったので手で口元を隠した。
「わ、私も隣駅でお茶しようと思ってたんですけどこれでは」
「お互いツイてませんねー。もしかして大事な用事だったんですか?」
「い、いえ!別に急ぎな訳では。この辺りで会う約束ですがまだ時間が空いてるのでその間に、と。なんだかそれまで落ち着かなくて…」
一瞬忘れかけていたが京子はこれから本番を控えている。緊張が再び彼女を襲う。
そんな彼女の仕草を見て察しが付いたのだろう。彩花はわざとらしくニヤリと笑っている。
「もしかして男ですか?」
「え、いや。な、内緒です」
「えー、いいじゃないですか。教えてくださいよ減るものじゃあるまいし」
「こ、こういうのは言霊といって話したら消えちゃうものなんです。だからダメです」
両手で突っぱねながら彩花の頼み込みを拒否する。勢いのあまりショートバックが膝の辺りまで滑る。
動揺し過ぎて可笑しなことを口走ってしまった。反省しながら彩花を見ると腹を抱えて爆笑していた。そんな彼女に釣られて京子も思わず笑みが溢れる。
なぜだろう、彼女と初めて会ったという感覚が全然しない。
「えー、すごく気になってなのにー」
口を尖らせながら彩花は残念そうに俯く。彼女には悪いが項垂れるアヒルのように見えて可愛かった。
突然何かを思い出したかのように顔を上げる。先ほどの落ち込みはどこに行ったのだろうか、京子を見つめる目はキラキラと輝いている。
「もしよければ一緒にお茶しませんか。京子さんに予定がなければお話ししたいです!」
京子は手首の内側の腕時計を見やる。ベージュの皮ベルトに同色のボディ。色白の肌に同化して存在感を消している。
「お、お昼までなら構いませんよ。…でもこの辺りはあまり詳しくなくて」
「だったら任せてください!いいとこ知ってます。付いてきてください」
言い切る前に京子の腕を掴み走り出す。まさか無理やり連れて行かれるとは思わなかった。だが掴むその手は優しく力が入っていない。
それもあり彼女から敵意を感じ取ることはできなかった。人混みを掻き分けながら走る姿は昔実家で飼っていた犬と重なる。走今にも飛んでしまいそうな軽やかさすら感じる。
しかし、なぜだろうか。彼女の見せる後ろ姿には何故か哀愁を感じさせる。まるで無くしたものを取り戻そうとしているかのように。
「なんで私なんかと関わってくれるの」
息を乱しながら問い掛けたので、案の定、途切れ途切れになってしまう。吐き出した息が一段と白く濁る。普段から運動していればと後悔した。
それでも聞き取ってくれたのだろう。リズミカルに呼吸をしながら彩花は笑った。こちらからは見えないはずなのに何故かそう思った。
「だって話してみたかったからだよ、ずっと」
最後の方はなんと言ったのかは聞こえなかった。さすがに歩きながらは苦しかったのだろう。京子と同じく白いモヤが顔中を覆っている。
「ところで…!ハァ…ハァ、私京子って言います!」
ロータリーに通り過ぎようというところで名前を聞いていないことに気が付いた。店に着いてからでも良かったのだが、相手の名前すら知らないのはモヤモヤした。
あなたの名前はなんですか、と続けて言うつもりだったが京子の肺は限界を迎えていた。まだ1分も走っていないのに破裂しそうだ。それに乾燥した空気が口の中を乾かしてうまく舌が回らない。
「そういえばそうでしたね!彩花です、よろしくお願いします京子さん」
彩花も横目に何度か振り返りながら自己紹介をする。走りながらなので途中1度人とぶつかり掛けていたが、脅威の身体能力でギリギリのところで交わしていった。
それに対して京子は咄嗟に心配する声を掛けることができなかった。考えことをしていたのだ。
いまの会話で何かが引っかかった気がするのだ。
「どうしたんですか、京子さん」
彩花が笑顔を作りながらこちらを気にかける。京子が何かに引っ掛かっているのが顔に出ていたのだろう。彼女は驚いているといったように目が見開く。
これ以上悩んでいては心配させてしまいそうだ。なんでもないよ、と言いながら頭を切り替えることにした。
自己紹介の前に名前を呼ばれたなんて気のせいだろう。彩花と自分は初対面のはずだ。もし聞き間違いでないのだとしたら…。
京子はひとまずこの少女を警戒することに決めた。




