あなたとの政略結婚
先にあげていました作品。「政略結婚のわたくし」の別視点となります。
シリーズ化としていますので、どちらもどうかよろしくお願いいたします。
あなたと初めて出会ったのは、確か、従兄である王子アルフィオの為に齎された交流会だったと記憶しています。
まだまだ幼かったわたしたちでしたが、でも、あの時からあなたは既に気品溢れる麗しい少女でありました。
幼かった自分も、あなたを目にした時に一瞬で心を奪われてしまったくらいに。
だけど、あの日、一緒に出席していた3つ上の我が姉に、あなたへの淡い恋心を見透かされてしまい、あろうことか注意までも受けてしまった。
「あの令嬢はダメよ。」
姉であるリリアナに急にそう言われたエバネスは、最初は言葉の意味もわからず、ただ、驚き戸惑ってしまった。
「姉さま。僕は何も申していませんよ?」
「あらっ?そうですの?まあ、でしたら教える必要もなかったのかしら?」
リリアナはそう言って、不敵な笑みを綺麗な顔に浮かべてから、今度は弟の耳元に顔を近づけたのである。
「でも、残念よね?とっても可愛らしい令嬢ですものね。でも、あの令嬢は、王家が選んでしまったから。エバは他にしないといけないわね?」
耳元でリリアナから告げられた言葉に、再び、驚きの表情を浮かべてしまったエバネスは、大きな目が零れ落ちそうなほど見開き、リリアナへと顔を向けたのであった。
「本当に残念ね?」
驚愕な顔をする弟を見ながら、リリアナは小さな首をこてりと傾げてくすりと笑ったのである。
年よりも、幾分かませたところがあるリリアナは、幼い少年少女が集うこの場に置いても、貴族社会の縮図というものを理解したかのような物言いを言ってのきたのであった。
「・・・残念って申しますが、僕は何も口にはしていませんが?」
「そうね?エバはまだ子どもですから、わからないわよね?」
たった3つしか歳が違わないというのに、我が姉リリアナからはこのように度々子ども扱いの態度を受ける。そのことにはエバネスの方も腹が立ち、ムスリとした顔を向けたのであった。
「姉さまも、十分子どもではないですか!」
「まあ、そう言うところが子どもなのよ。クスクス・・・」
口を開いて反論はしたものの、この姉に敵うことは難しいとそうそうに言い返すのを諦めたエバネス。そんなエバネスを面白く思うリリアナは少し意地悪く微笑んだところで、漸く、弟を揶揄うのも飽きたのか、そのままリリアナは自分の友人たちがいる方へと歩んで行ったのである。
エバネスの姉リリアナは、悔しいがとても聡い少女である。ポーヂルット公爵が両親であり、その両親の良いところを余すところなく受け継いだと言われるくらい。美しく、気高く、賢い令嬢だと評判であった。
特に、若い頃は、よく才色兼備と言われていた母である二コル・ポーヂルット公爵夫人に似ていると言われてもいる。
母も姉も、この国が女性を当主と認める国であるならば、間違いなく素晴らしい公爵となっていたのではないかと声があるくらいだ。
そんなことを思い出しながらエバネスは、姉の姿を見送っていた。すると、その姉がエバネスの傍から離れたと同時くらいに、今度は、自分の傍には友人たちが寄って来たのである。
「やあ?エバネス、ごきげんよう!」
幼馴染の連中がエバネスを囲み談笑が始まると、まるで、それが合図かのように、この交流会に参加した子息令嬢が、エバネスの周りにも集まって来たのであった。
ただ、多くの参加者が集まり、エバネスは皆と談笑を繰り広げているけれど・・・
先程、姉が指摘した通り、自分を取り囲む輪の中には件の令嬢はおらず、心の中にあった少しの期待が萎んでしまった。
エバネスの傍にいないとなると、彼女の目的は一つとなる。自分が居る場所から少し離れた先でも、同じように大きな人垣の輪を作る従兄アルフィオがいた。彼は、本日の主役。この国の王子アルフィオ。彼との交流を第一にとした者達が集まるのがエバネスの場所から離れたところにある人垣の輪である。そして、そのアルフィオが中心となる輪の中には、アルフィオへと微笑み向けている彼女の姿が目についたのであった。
エバネスは、その姿を見て心をちくりと痛ませたのである。
子どもである自分も知っている。
今日は、従兄アルフィオ王子の側近と、そして、婚約者を選定する場であることを。
彼女は、姉のいう通り、アルフィオの婚約者となると言う事もだ。
そんなことを思い浮かべていた時だった。
向こう側に広がる人垣から声が上がったのは・・・
「ああ、もういいよな。部屋に戻るぞ」
声の主は、この交流会の主役であるアルフィオ王子だった。
その彼から放たれた言葉に子どもたちのみならず、その場に居合わせた大人までもが驚愕の表情を見せて狼狽えだしている。
だが、アルフィオの方は、そんな事態に悪びれることもなく、友人数人を引き連れて交流会の会場から出て行ったのであった。
急な事態に誰も引き留めることも出来なくて、辺りは騒然としている・・・
残された者は堪ったものじゃない。
本日の主役が急に居なくなったのであるから、皆が戸惑いを見せるのは当然だ。
そんな場内の様子に、エバネスは、肩を竦めた後にふーっとため息を吐き出した。それから、この場の状況を改めて見返してから「自分がやるしか仕方ない」と思い直して、会場にいる者たちへと向き直ったのである。
「皆、アルフィオは公務や鍛錬と毎日忙しいから、疲れたんだと思うよ。今日は申し訳ないけど、このまま部屋で休むことを許してやってくれないかな?」
最後には、申し訳ないという憂いの籠った眼差しを向けると、会場にいる者たちは納得してくれたようで、皆が、何事もなかったかのように交流の場を続けてくれたのである。
だが、そんな中、あの令嬢をアルフィオがいなくなってからすぐに周囲を見渡し探したのではあるが、この交流会場からは既に姿を消してしまっていたようで、結局、エバネスは言葉を交わすことはなかったのであった。
これが、わたしとセラフィーナ嬢との最初の出会いであったと記憶している。
☆☆☆
それから、月日は何事も無く流れていった・・・
あの交流会は、結局、失敗に終わった。
そして、わたしも、あの日を境に状況が大きく変化したのである。
帝王学・・・
それを学ぶようになったからであった。
わたしは、ポーヂルット公爵家の第二子として生を受けたのであるが、3つ上にいるのが姉であるので、我がポーヂルット公爵家にとっては嫡男にあたる。
そんな自分には、現王の実弟となる父がおり、その男系の血縁によるが為、王位継承権までもを持ち合わせていた。
この国の現国王夫妻には、あの交流会の主役となるアルフィオしか子どもがいない為、本来ならば、ポーヂルット公爵家へ婿入りをしている父やその子であるわたしには継承権はないところを、実子の後継者が一人では王家の存続が危ぶまれると、我が父だけではなくエバネスにも継承権が与えられたのである。
その為、エバネスは公爵家の当主とした教育だけではなく、王城において、帝王学までも学ぶこととなったのだった。
そんなこともあって、あの日に生まれたセラフィーナ嬢への淡い恋心も幼いわたしは日々の忙しさの中、知らない間に蓋をしてしまい、そのような気持ちがあったことも忘れるほどの大変な日々を過ごしていた。
正直、自分の生まれた境遇においても嘆きそうになっていた程である。
同じ公爵家の生まれの姉は、女性ということで将来は他家へと嫁ぐことを前提に淑女教育を施されていたが、自分からすると、とても「楽」に日々を過ごしているように見えた。
それは、同じ帝王学を学んでいる従兄のアルフィオにも感じていたのである。彼は自分とは違う立場であり、いずれは玉座に座る身であっての学び、それに比べて、自分はただのスペアー。正直なところ、自分に課せられる時間も学びに対しても必要なのかと疑問に感じることもあった。
だが、それでも知識を得てみれば、面白くも感じ、また、様々なことに意欲も湧いてもきた。
玉座がとか、継承権がとかは関係がなく、知識を得て、国を知り、知らなかった世界がわかり、将来への思いも溢れる。それが本当に面白いと感じるようになっていた。
しかし、それを面白く思わない者もいたりする・・・
それは、わたしの伯母となるこの国の王妃であった。
その王妃は、幼い頃は知らなかったのだが、我が両親との関係が宜しくなかったようで・・・
どうやら、元々、現国王の婚約者は、わたしの母であったのだが、国王は母との婚約を破棄し、当時、恋人であった王妃へとの結婚を押し通した経緯があったようである。
形的には、王妃の国王への恋心が勝り、母は婚約者の地位から降ろされて負けたようになってはいるのだが、現状は、様々なところで王妃と母との格差が浮き彫りになり、その度に、王妃は苦い思いをしていると聞いた。
その一つが、子どもの存在。
先に、結婚をしたのは国王たちではあるのだが、その2年後に結婚したポーヂルット公爵夫妻の方に子どもが出来るのを越されてしまったことが初めの要因らしい。
幸いに、生まれた子どもがリリアナと名付けられた娘であったので、王妃の嵐のように荒れていた心は少し落ち着いたのであるが、そのリリアナが誕生してからも、王妃に懐妊の兆しがないことから、王妃は心中落ち着かない日々を過ごして居たようだ。
そんな日々が続いていたところ、リリアナの誕生から2年の時が経った頃、漸く、国王夫妻の元に、アルフィオ王子の誕生があったのだ。
その報せは、国中も喜びに湧き、王妃も心の奥底からやっと落ち着けたと思っていたところに、再び、国中に吉報が走ったのである。今度は、王弟殿下のポーヂルット公爵夫妻に、第2子懐妊の話が広がったのであった。
それが、ポーヂルット公爵家の嫡男エバネスのことになる。
エバネスが生まれてからは、王族の誕生もなく、今日に至る。
それは、王妃にとっては懸念の材料となり・・・王妃の心は常に落ち着かないものとなっていた。
そんな中、一つしか違わないアルフィオとエバネスは、何かにつけて比べられてしまうことも多くあり、そこに加え、国王の実子がアルフィオしかいないことでの後継者の不安も挙げられたりもし、また、その解決策として、エバネスの名を以て後継者の不安解消に当てられていたことも屡々あったようで。
そんな状況を知った王妃はとても不快に思い、その気持ちは、息子であるアルフィオにまでいつしか呪詛のように伝え聞かせ、エバネス、というよりもポーヂルット公爵家自体への嫌悪を露わにしたのである。
そのような王妃のあからさまな態度を、アルフィオもやはり真似るのは当然の結果であり、同じ教師から帝王学を学ぶエバネスとも仲良くなることはなかった。
「ねえ、さっきの先生の話、凄く興味深かったよね?」
ある日の授業終わりに、とても楽しく、また興味深い話が聞けたことから、エバネスは、先行く従兄の背を追い求めながら声を掛けたのであった。
「僕は、まだこの国から出たことはないのだけれど、父上から聞いていた話と同じだったので、先生の仰られたことで、ますます隣国への興味が出たよ。アルはどう思った?」
少し興奮していたエバネスは、いつもなら注意してアルフィオの様子を伺っているところを、この時は失念していたのだった。
だから、アルフィオが、この日は機嫌が悪くあったことが見抜けずに、自分の思いのままに話しかけてしまったのであった。
急ぐアルフィオの背を、少し小走りになりながら追うエバネス。その追い掛ける背が急に止まり、そのままこちらを振り返ることもなく、エバネスへと言葉が投げ返されたのである。
「いい気なもんだな?公爵位のくせに、俺と同じ帝王学を学んで。そのまま、王位を継ぐつもりなのか?生憎だが、俺はお前なんかに王位を譲るつもりはないからな!」
その時は、アルフィオが何をもって、そのような事を口にしたのか解らなかった。
スペアーであるエバネスを貴族連中が担ぎ上げる声が日々あることなんて、まだまだ、子どもであるエバネスが知る訳はなかったのであった。しかし、王妃とアルフィオには、そのことが耳に入ることも多かったようで、たぶん、その日は、特段、酷い噂でも耳に入れたのかで当たられたのかもしれない、と、後から相談した父から王城内でのことを教えられたのだった。
その一件があってから、エバネスは従兄であるアルフィオとの関係には、より一層慎重になり距離を考えることにしたのであった。
だから、セラフィーナ・エディリオス公爵令嬢がアルフィオの婚約者候補となったと聞かされた時も、何も物申すことが出来なかったのである。
そう、アルフィオとの婚約の話が再びこの時期に動き出したのであった。
セラフィーナ・エディリオス公爵令嬢が、従兄の婚約者候補の筆頭になったと聞かされたのは、わたしが18歳の年となった頃だった。
周りの友人などは、幼少期の頃より婚約者がいた者も多かったが、自分はアルフィオのスペアーともされていたことや、アルフィオ自身が婚約者を定める気がないことから、彼に続く家柄の自分や、彼の周囲にいる側近たちは軒並み、皆、婚約者が未定とした状態に置かれていた。
それは、アルフィオの婚約者候補と見定められた令嬢たちが、皆、王家の指示により、これまで婚約を執り行わずにいたことにあった。そう即ち、アルフィオの為のお取り置き状態のご令嬢が複数いるので、その令嬢たちがアルフィオに選ばれなかった場合の救済措置として対応する令息たちとなるのが、エバネスやアルフィオの側近たちなのである。
要は、アルフィオの結婚が決まるまで、多くの者が結婚相手を決めることが出来ずにいたのだった。
そんなエバネスたちの未来の花嫁方は、現在、アルフィオの婚約者候補として、皆が揃って王子妃の座を求めて、日々、王子妃教育などに励んでいるという。
その合間には、アルフィオとの交流の機会にと、お茶会や夜会時でのダンスの相手などが用意されており、密かに、王子妃の椅子の争奪戦が行なわれていると聞いた。
その最も有力な候補であるのが、16歳となったセラフィーナ・エディリオス公爵令嬢である。
数家ある公爵家の中で、アルフィオの婚約者として兼ね備えていた娘は、どうやらセラフィーナ嬢のみで、それ以外の候補とした者は、侯爵家、伯爵家から数人のご令嬢方が選出されたらしい。
まあ、その殆どが、幼少期に行われたあの交流会で、アルフィオの傍にいた令嬢たちであったので、誰もが決まり事のように見ていたのである。
このご令嬢の中でアルフィオが妃に選ばれなかった者が、自分の元に嫁いでくると思うと、正直、エバネスの気持ちは下がっていく。
貴族子息たる者、しかも、王位継承権も持つ身である自分が、自分の想いのみで結婚を決められないことは、幼き頃、あの時以降は考えたこともないのであるが、だが、今の状況には不満が無いわけでもない。
そんな不満は押し隠していたはずなのだが、アルフィオにと選出された婚約者候補の一覧名簿を見ながら、エバネスは大きなため息を零したのである。
「どうかされましたか?」
王城にあるエバネスの私室で、珍しく大きなため息を人の目も気にしないで吐き出されたことに、彼の側近の一人が驚きつつも声を掛けたのであった。
「あっ、いや、何も・・・」
続けて珍しく返答に困っている主に、ますます、不可解に思った側近であるレクストが近づき、エバネスの持つ資料に目を向けたのである。
「候補者一覧ですか?」
エバネスが手にする資料を覗き見しながら、レクストが神妙な顔つきでエバネスを見やった。
「殿下は、どなたを選ばれるのでしょうかね?」
「さあな、誰を選ぶのだろうね?」
答えは決まっているはずなのだが、言いたくないのもあって、エバネスは敢えて名前は出さなかった。
「殿下が選ばなかったご令嬢の中から、今度は、エバネスさまのご婚約者さまが選ばれるということですよね?」
「何だろうか、その言葉。その通りなのだが、言葉にされるとあまり良い行動には取れないな・・・」
アルフィオに選ばれなかった場合、高位の者から順次に選ばれていくご令嬢たち。彼女たちのことを思うと、この行為には申し訳なく思いはするのだが、これも王命、愛がある訳ではないので、互いが粛々と従うしか道はない。
たぶん、それは彼女も同じく使命と受け取り、自分と変わらずに従うのだろうと思う。
「では、もし、仮に自由に婚約者を選べるとすれば、エバネスさまはどうされますか?」
思わず、レクストの言葉に対して固まってしまった。
「えっ?」
「ですから、ご自身の思いのままにご結婚が出来るとなれば、エバネスさまはどなたを選ばれますか?」
再度問われた言葉に、再び押し留まってしまう。
考えたことがなかったと、すぐに言えるはずなのに、喉元まであるはずのその言葉が、そこから先に進み口からは出て来ない。
おまけに、視線の先には一つの名が色濃く見えてしまっている。
「まあ、ご両親のこともありますし、エバネスさまだとそのような考えには思い至りませんよね?」
言葉に詰まる自分を見透かされたようにも思えたが、やはり幼き頃より仕えるレクストであっても、胸の内までは言う訳にはいかない。
何か苦いものが胸に広がるが、決められたことに従うのが己の立場であると、エバネスはそう思い、アルフィオの婚約者候補の名が記された紙を手元から離したのである。
それがアルフィオの婚約者候補が正式に発表された頃のわたしであった。
☆☆☆
あれから月日は移り行き、アルフィオの婚約者については、1年が過ぎても発表当初と変わりはなく、いや、月日が経つにつれ、選ばれた令嬢たちとの関係は深まるどころか、大きな溝が出来ているようであった。
発表時には、夜会などにおいても、候補者の令嬢たちと談笑しているところや、令嬢の手を取りダンスをするアルフィオたちの姿もよくあった。
そこには、勿論、セラフィーナ嬢と過ごす姿も多く見掛け、当初は、「予想通りの展開だ!」と、麗しい二人の様子を見る度に、皆が揃って王家の明るい未来に安堵し、また、微笑ましく思いながら二人を見守っていたのである。
エバネスの方も、そんな二人の姿を見掛けては、その度に、胸の奥底をちくりと痛め、そして、人知れず深いため息を吐いてしまっていたのである。
だが、そんな麗しい二人が隣立っている場面は、ここ最近は殆ど見掛けはしない。
いや、それはセラフィーナ嬢だけではなく、他の候補者となる令嬢も同じであった。明らかに、アルフィオと婚約者候補たちとの関係が成り立っていないのが見てとれる。
夜会のような催しになると、それは顕著に現れる。臣下の立場からは、なかなかこの「婚約者候補を辞退」も叶わないようで、それ故、常に「婚約者候補」の立場とした振る舞いをしなければならず、下手な行動はとれないご令嬢方は、夜会などでも壁の花状態となることも屡々。
しかし、このもどかしい現状には、候補者の家々からは密かに「辞退」の申し入れもやはり出ていると聞いたが、国王がそれを「良しとせず」に止めていると、父から聞かされた。
その話を共に聞いていた姉などは、アルフィオは勿論、王家に対しても怒り心頭であった。
「うら若き乙女の尊き時間を縛るだなんて、本当に最低ですわね!」
結婚して実家を出ていた姉が、この時、偶々、子を連れて里帰りしていたのである。そんな時、この話を聞いた姉は、セラフィーナたちを心底同情し、父や母にではあるが猛抗議したのであった。
矛先が違うのはわかってはいるが、いくら姪とはいえ、国王陛下に言えるはずもないので、ここはたまたま居合わせた両親へと愚痴ることで、気持ちを納めるしかなかったようでもある。
ともあれ、姉は当事者ではない。なので、当事者であるご令嬢たちは、本当に行き場のない怒りや思いで溢れているだろうと、エバネスは、姉の怒る姿を見ながら思っていた。
「全く、陛下たちはアルに甘いのですわ。いくら唯一の子であってもいい加減にするべきだわ!」
姉の言葉は至極当然である。
大事な王子。
たった一人の王子。
その王子に、結婚相手を選択させる。
そもそも、それが違うのではないだろうか?
「だいたい、王妃が昔からアルに対して、下手な助言をするからこんなことになるのよ!」
両親が揃っている手前、口には出せないが、姉のいう下手な助言とは、王妃が掴んだ「真実の愛」を指しているのだろう。
王妃は今も陛下との「真実の愛」に縋っている節があると聞く。
まあ、それは仕方がない。それがないと、彼女は王妃としての立場も失いかけるだろうから。
そう、陛下はとうの昔に「真実の愛」から目覚め、母である二コラとの婚約回避の為にと行いだした火遊びの数々を早々から繰り広げているのだから。
「所詮、結婚相手など誰でも良かった」と、陛下が王妃がいないところで呟いたとかも聞いた・・・
それを聞いた父が、陛下に殴り掛かりそうになったところを、その場に居合わせた者たちで何とか収めたとも続けて聞いたのである。
「まあ、ですが、今は、婚約者を選べない状況にあるだけで、特段誰かに心を奪われてとかではないのですし、さすがに、アルも自分の立場はわかっているとは思いますがね?」
不穏な空気がぬぐい切れないこの状況を回避しようと、エバネスが怒る姉の言葉を中断する形で話かけると、今度は、リリアナが呆れた顔をエバネスに向けたのである。
「まあ、エバったら、何もわかっていないのね?」
昔からこうであった。
聡い姉は、こうやってエバネスを小バカにして見るところがある。それは、こうして成人しても変わらなく言ってくるので、悪戯心とかではなく、リリアナの持って生まれた性質なのだろう・・・
「・・・それはどういう意味でしょうか?」
姉の指し示す意味が見当もつかないエバネスは、美しい顔に苦みを感じたような面持ちを表せたのである。
「やはりあなたは、まだまだね?いいこと、候補者と距離を置くということは、他に気心が移っているということよ。アルは、もしかしたら伯母さまが昔からよく話す、あのよろしくない戯言を聞かされたことによって、とうとう感染してしまったのかも知れないわね。今頃、心に住み着くご令嬢と過ごしているかもしれなくてよ」
そう言って、姉は目の前のテーブルに置かれたティ―カップへと手を伸ばし、紅茶を口にしたのである。
昔から、この姉の洞察力には驚かされることが屡々あった。
紅茶を飲んでいる姉の姿を、父と母、そしてエバネスは、ただ黙って見つめるしかなかった。
しかし、それが、まさか本当の出来事として早々に耳へと届き、エバネスに至っては現実に目にまでしてしまうことになるとは思いもしなかった。
だが、見てしまったのである。
仕事で城へと向かう馬車の中から、王都の景色が窓に流れるように映し出されていく過程で、アルフィオが女性の手を引き微笑みを携えながら歩いているところを、勿論、一人ではなく、いつも彼に付いている側近も近づ離れずな感じでいたのだが、これまでのアルフィオには見慣れない女性との距離に加え、あの表情に、エバネスは驚いてしまった。
幼少期から傍で過ごすことは多くあったが、自分は、アルフィオとは王妃の件もあって余り仲も良くなかった。
おまけに、色々な面で比べられた自分たち。従兄弟同士ではあるが、顔立ちも雰囲気も似ていない。自分は、顔立ちのせいか、穏やかな側面があるようで、よく人に懐かれるところがあった。一方、アルフィオの方は、少し鋭利さが伴う雰囲気に加え口数も少なく、王族という面もあってか人を寄せ付けない感じがする。
そんな対照的な自分たちは、置かれた立場もあってか、交わることも殆どなかった。
だからこそ、アルフィオが女性と手を繋ぎ、顔を綻ばせているところなんて、見たこともなければ聞いたこともない。
自分との関係は特に良くはなかったので、知らないこともあるのは当然ではあるのだが、でも、それでも、従兄のあの姿には、ただただ驚いてしまったのだった。
でも、その驚きの感情も、城に着き、側近たちと私室へと向かう最中には消えることとなる・・・
「エディリオス公爵令嬢・・・」
それは、王族の私室が備わる棟から、セラフィーナ・エディリオス公爵令嬢が姿を現したからだ。
彼女の方も、エバネスの姿を早くに捉えたのであろう。
自分の進行の妨げへとならないように、身体を端へと寄せて、同じ公爵位であるというのに、エバネスの父が王弟であり、エバネス自身も王位継承権を保持する身とわかっていることから、淑女の礼をしたまま、エバネスが通り過ぎるのを待っている。
そんな彼女に、先程のアルフィオのことが頭を過り、先程までの驚きしかなかった感情は失せて、今度は、言いようのない焦りが込み上げてきたのだった。
こんな昼の時間に、私室エリアから出てくるセラフィーナ嬢との遭遇に疑問が浮かぶ。
候補者である令嬢方との交流もアルフィオの方でつぶ得ているとも聞いていた。
それに先程の光景を思い起こすと、セラフィーナとの交流もせずにアルフィオは市井へと出かけて行ったのであろうと、安易に推測できたのである。
思わず、そんなことを思い至ったことから彼女の名前まで口に出してしまった。だが、急に名を呼ばれたセラフィーナは、一時の動揺も見せずに淑女の礼もそのままに無言で貫いていた。
さすがは、公爵家の令嬢、そして、王城にて、1年もの教育を受けた身である。
エバネスは感心しつつも、自分がふいに名を呼んでしまったことへの弁解を告げなければと、再び、口を開いたのであった。
「もしかして、今日はアルフィオとお茶会の日でしたか?」
しかし、セラフィーナの方は、まだ、顔を上げる事もなく押し黙ったままにいる。
代わりにというのか、自分に付いていた側近が驚きの表情を見せたのだった。
それも仕方ないこと、セラフィーナ嬢、いや、特にアルフィオの婚約者候補の令嬢たちとは誤解を招くような行動は避けていたので、日々、必要な時以外は接触を避けていたのであったからこそ、側近からすれば、いつもの行動から外れたエバネスであったので、側近たちが驚きの表情を見せてしまったのは、仕方ないのかもしれない。
でも、この日だけは、市井でのアルフィオの姿を見てしまっては、セラフィーナを呼び止めてしまうのは、こちらにとっても仕方ないことでもあった。
ただ、相手はそれを知らない。悟られていけないが、どうしても気遣ってしまう。
それを隠しながら、彼女へと言葉を掛ける。
「あっ、すみません。急にお声掛けしてしまい。そちらの方角は王族の私室がある棟ですので、そうかと思ったまでで。他意はありません」
上手く隠せたかどうかわからないが、彼女からも漸く言葉が返って来た・・・
「はい、本日は、アルフィオ殿下からお茶会のご招待を賜りましたのですが、殿下はお忙しい身ですので、本日は、急遽、中止となり、わたくしもこれから帰路に向かわせて頂こうかと思っておりましたところです」
至って問題のない会話となり、安堵する。
彼女は、まだアルフィオのことは知らされていないのかもしれない。
このまま、知らない形で、彼女が傷つかないまま終われば良いのだが・・・
口には出さないが、そんな言葉が心の中で浮かんでいる。
「そうでしたか・・・では、道中、どうかお気をつけてお帰り下さい」
「ありがとうございます」
数少ないやりとりであった。
この場で掛けれる精一杯の言葉だったと、あの時、わたしは思ったのである。
☆☆☆
「まあ、見て下さいな?珍しいこともありますわね?」
ここは王城の舞踏会場。
わたしはある女性に乞われて、この日、ダンスの相手をすることとなった。
アルフィオの市井での行動は多くの者の目に留まり、また、それは貴族社会に速いスピードで話題が駆け抜けて行ったのである。
それに伴い、アルフィオの婚約者候補たちからは、強く「辞退」を申し出る者が出てきたのであった。
その一人がマートニア伯爵令嬢であり、今宵の夜会で、アルフィオの婚約者候補としての役目を終えるので、その節目として、アルフィオ殿下の代わりにエバネスとのダンスを願ってきたのだった。
「本来ならば、殿下にお願いをするのが筋なのですが、殿下とは、ここのところお会いする事もなく、また、お手紙のやり取りも出来ずじまいでして・・・」
マートニア伯爵令嬢の手を引き、ダンスホールの場へと向かう最中に、彼女はそんなことを伝えてきたのであった。
「でも、わたくしは幸運ですわ。こうやって、ご辞退を受け入れて頂けて、それに、ポーヂルット公爵令息さまにダンスの申し込みも受けて頂けたのですから」
ダンスナンバーが奏でられる中、踊る輪へと加わり優雅に踊るエバネスとマートニア伯爵令嬢。
二人のダンスは会話を交わしながらも美しくあり、周囲の者たちも二人の息の合ったダンスに目を瞠っている。
殆ど、理由がない場合は女性とのダンスをしないエバネスが、アルフィオの婚約者候補であった令嬢と踊る様は注目の的となってしまっていた。
それを上手く取るように、マートニア伯爵令嬢は、エバネスへと距離を近づけようとダンスの合間に様々な話題を言葉にしてくるのであった。
アルフィオが婚約者候補から結婚相手を選ばないことが見えている今、次たる優良物件はエバネスとなる。逃したくない気持ちが大きいマートニア伯爵令嬢としては、尤もらしい理由を作ってエバネスをダンスへと誘い出したのではある。
「ところで、ご存知でしょうか?」
ダンスナンバーに合わせて踊る最中、不意に、マートニア伯爵令嬢がセラフィーナのことを話題へと出してきたのであった。
「お気の毒なセラフィーナさまのこと。この様な状況にあっても、殿下との婚約者候補、ご辞退が叶わないと伺いましたもので」
思わぬ話題により、エバネスのダンスの動きがほんの少し乱れてしまう・・・
だが、それには、マートニア伯爵令嬢は気づくことはないまま、エバネスとのダンスに夢見心地のような気分となり、お喋りの方も楽し気に続いている。
マートニア伯爵令嬢にとっては、婚約者候補の中で最高位にあたるセラフィーナまでもが候補から下りてしまえば、目の前にいる優良物件であるエバネスは、順番からして、どうしてもセラフィーナとの縁談を交わされてしまう。それを回避する為にもと、セラフィーナが今置かれている不遇の状況を、敢えて、エバネスへと教えたのであった。
だが、エバネスの方は、手を取り共に踊るマートニア伯爵令嬢よりも、こんな状況にも関わらず「辞退」が叶わずに置かれているセラフィーナへと気持ちが向かう。
優雅に踊りダンスフロアーを回る中、エバネスは、セラフィーナの姿を探していく・・・
多くの招待客がいる会場の中、今、セラフィーナはどうしているのだろうか?
流れる視界、その動きの中に、漸く、セラフィーナの姿が移り込んだのだった。
その彼女の美しい顔には、暗い陰が差し込んでいるように見える。
エバネスは、一刻も早く彼女の傍へ駆け付けたいと思う気持ちになった。
そんな時だった。
突然、王族が出入りする扉が大きな音を立てて開いたのである。
その瞬間まで、オーケストラにより、ダンスナンバーが奏でられていたのだが、大きな音が邪魔をして演奏までもが鳴りやんでしまった。
静けさが会場に広がり、周囲の視線が大きな音を立てた扉へと向いている。
そこには、今日初めて姿を見せたアルフィオ王子が佇んでいたのである。
「皆、聞いてくれ!」
いきなりの王子さまの登場だけでも、何事かと騒がしくなるところに、今度は、王子自らが注目を集めるように、声高らかに話し出したのである。
「俺は、漸く決めた。ここにいるミルティアと結婚をする!」
そう言って、アルフィオ王子は共に連れ立って会場入りをさせていた女性の手をグイッと引いて、自分の真横に立たせたのであった。
その行動に、会場内は大きく揺れたのである。
親世代は、頭を抱えて項垂れている者が多くおり、若い者たちはただただ驚きで戸惑う姿が目につく。
そんな周囲を目にしながらも、エバネスは、再び、セラフィーナの姿を探したのである。
ダンスの為に手を取っていたマートニア伯爵令嬢の手をそっと放し、「申し訳ない」と言葉を告げたエバネスは、ただ茫然と立ち尽くすセラフィーナの元へと駆け寄り、彼女の手をそっと取ったのであった。
☆☆☆
あの夜会の日、大きく国が揺れた。
誰もが予想をしていなかった出来事が起きた。
親子二代に於いて「真実の愛」の劇場が行われたことで、貴族の殆どが落胆したのである。
ただ、現王と違い、アルフィオ殿下には婚約者が定まっていなかったことは良しともされた。
でも、あの日まで、婚約者候補者と位置づけに置かれていたご令嬢たちにとっては、とんでもない出来事であったのは言うまでもない。
「何が、まだ、婚約していなかったから良しよ!」
あの夜会に参加しアルフィオの「真実の愛」劇場をリアルタイムで見ていた姉は、あの夜は実家に泊まり込み、親子二代に及ぶ王家の失態について吠え捲っていたのである。
「ああ、もう、最低ね。この国は終わりだわ!」
姉の愚痴は留まることはなく、彼女の夫であるシーフェスト侯爵も項垂れていた。
「でも、ポーヂルット公爵家としては、これはチャンスではあるわよね?」
そう言って、怒りが少し落ち着いたらしいリリアナは、今度はキラキラと目を瞬かせて、エバネスへと微笑み掛けたのである。
「・・・・」
「初恋は実らないとは言うけれど、叶いそうね?エバ?」
「そうなのかい?エバネス?」
義兄であるシーフェスト侯爵までもが姉の話に加わり茶化してきたのであった。
「それよりも大変よ。早く動かないと他の家に奪われてしまうわよ」
そう言う姉の言葉を聞いたエバネスは、これまでの姉の謎によく当たる言葉を思い起こして、慌てて腰掛けていた椅子から立ち上がったのである。
その後は、本当に色々と動いた・・・
自分の息子のやらかしに頭を抱えている国王の元にも何度も通った。
そこには、我が父も伴ってくれて、兄である国王陛下へと強い姿勢で話を進めてくれ、また、他家を黙らせるべく、働き掛けもしてくれた。
そう、ここでもまた、やはり姉の言葉は当たっていたのである。彼女、セラフィーナ・エディリオス公爵令嬢を妻へと乞う縁談が、かなりの数、王家へと寄せられていたのであった。
そこをあらゆる手段を使って、そして、漸く、彼女の家へ、王家から縁談の話として届けさせたのである。
「王命」で届けられたこの縁談はすんなり事が運ぶ。
そして、エバネスとセラフィーナは婚約をしたのであった。
ただ、その時になって、気づいてしまったのである。
彼女は、この結婚を本当はどう感じているのであろうかと・・・
聞くに聞けない状態が婚約関係の時期からあって、甘さの欠片もない関係のまま結婚式を迎えてしまった。
政略結婚でもいい。と、婚約を整える際には気持ちよりも、まずは確かな形を得ることを願った。
セラフィーナと結婚が出来るのならば・・・それでいいと。
そうは思っていたが、自分の心はどこか満たされない。
出来るならば、セラフィーナとこれから歩む人生、共に愛し愛されたい思いに駆られる。
心が繋がり、互いを思いやれる存在となりたい。
そう色々と考えていたら、初夜というのに、長く自室に籠っていることにエバネスは気付く。
慌てて、セラフィーナがいる寝室の扉を叩いてから、室内に入ると薄暗い室内に、白いナイトガウンに身を包むセラフィーナが見える。
その姿が見えたことで、エバネスは少し緊張をしてしまう。だが、やはりここはきちんとケジメをつけておきたいと思い直し、そして・・・
「セラフィーナ。君に、どうしても伝えたいことがあるのです」
ゆっくりと寝室の中へ歩み寄って来たエバネスが、セラフィーナのところに来た時にそう告げたのであった。
「この結婚は王命ではあります・・・」
静まる寝室に、エバネスの声がやけに大きく響いている様に感じる。
「でも、実は、わたしは、ずっとセラフィーナに思いを寄せていました」
エバネスがそう言葉にしたと同時に、薄暗い寝室にあった二人の影が重なりあった。
「エバネスさま。わたくしもずっとあなたをお慕い申し上げておりました」
エバネスからの言葉に、セラフィーナの小さな声がそう答えてくれたのであった。
~ fin ~
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
いいね、☆印、ブックマーク、お気に入り登録などで、応援していただけると大変嬉しく思い、また、活動への励みになります。
どうか、よろしくお願いいたします。




