第9話:灰に眠る記憶
台座の銘文を見つけたその夜。
リオたちは、崩れかけた家屋の一角を片づけ、焚き火を囲んでいた。
炎は小さく、やさしく揺れている。
リサは膝を抱え、その光を長い間じっと見つめていた。
「……わたしね、両親をここで失ったの」
ぽつりと漏れた声は、灰のように重かった。
リオとミナは黙って耳を傾ける。
リサは焔に照らされた横顔を崩さず、語り始めた。
「十年前、この街に大きな火事があった。塔が崩れて、鐘が落ちて……広場に集まっていた人たちは、ほとんど逃げられなかった」
彼女の瞳には、まだあの夜の炎が焼きついている。
焦げた木の匂い、悲鳴、崩れゆく家。
その記憶が、彼女をここに縛りつけていた。
「母は、最後に“灰を集めなさい”って言った。灰は、消えたものの証。忘れないために残すものだって」
リサの腕の中にある木箱。
そこには燃え残った布切れや破片、名前の刻まれた欠片が収められていた。
「でも……こんなことして、意味あるのかな」
リサは自嘲するように笑った。
「誰も帰ってこないし、誰も覚えてなんかいない。それでもわたしは、ここを離れられない。だって、忘れるのは……裏切ることだから」
沈黙。
火のはぜる音が、会話の代わりに夜を満たす。
『……彼女の想いは、灰と同じ。冷たく見えて、その奥には熱が残っている』
アウラの声が、リオの胸で囁いた。
リオは焔に手をかざし、静かに言った。
「……僕も、同じだよ。炎で大事なものを失った。でも、だからこそ忘れたくないんだ。忘れないで、守りたいって思うから――ここにいる」
その言葉に、リサは初めてリオの方をまっすぐ見た。
炎を背負う少年の瞳には、同じ痛みと願いが宿っていた。
「……君も、怖いのに、それでも?」
「うん。怖いままでも、歩いていける」
ミナが微笑み、そっと風を送り込む。
焚き火の炎が揺れ、柔らかな光が三人を包んだ。
「……なんだろう。少しだけ、楽になった気がする」
リサが呟いた。
灰に眠る記憶が、ようやく声になった瞬間だった。