第3話:生まれては、消えるもの
その世界では、誕生は出来事ではなかった。
何かが生まれることは、珍しくなかった。
夜の中で、ふと形が立ち上がり、輪郭を持ち、わずかに動き、そして消える。
それは始まりでも、奇跡でもない。
ただ、夜の揺らぎが形になっただけだった。
生まれたことに、祝福はない。
消えたことに、悲しみもない。
そこには、理由が存在しなかった。
それらは、生命に似ていた。
だが、生きてはいなかった。
動くことはあっても、向かう先がない。
留まることはあっても、留まり続けない。
触れ合うことはあっても、結びつかない。
声を上げることも、声に応えることもなかった。
夜しか存在しない世界では、「生きる」という言葉が、まだ必要とされていなかった。
それらは、痕跡を残さなかった。
通った跡も、重ねた時間も、次へ引き渡すものもない。
水に流されれば、形はほどけ、風に晒されれば、散り、土に触れれば、崩れる。
だが、それは死ではない。
失われたわけでもない。
夜に戻っただけだった。
世界は、それを正しいと感じていた。
生まれて、消える。
形を持って、失う。
それ以上を望まないことが、安定であり、均衡だった。
もし、何かが残ってしまえば、そこに差が生まれる。
差が生まれれば、比べる必要が生じる。
夜は、それを許さなかった。
だが、すべてが夜に還る中で、ひとつだけ、奇妙な存在があった。
それは、形を持たない。
動くわけでも、声を上げるわけでもない。
ただ、消えなかった。
生まれたとも言えず、存在しているとも言い切れない。
それでも、その違いだけは、夜に溶けきらず、そこに留まり続けていた。
世界は、まだそれを認識していない。
だが、生まれては消えるものたちの中で、「消えないもの」が存在するという事実は、すでに均衡を崩し始めていた。
消えることが前提の世界で、消えないということは、それ自体が意味になってしまう。
意味を持たない世界に、意味が入り込む隙が生まれた。
その違いは、まだ名を持たない。
火でもなく、光でもなく、ましてや希望でも、破壊でもない。
だが、生まれては消えるものたちの背後で、確かに、世界を留める力として存在していた。
夜は、まだ夜のままだった。
だが、夜だけでは、すべてを終わらせることができなくなっていた。
世界は、気づかぬうちに、「残る」という概念を、手にしてしまったのだ。




