表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FLARE  作者: Hiro S.Inchi
夜を分かつ者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/73

第1話:世界は、完全だった

その世界には、夜しかなかった。


闇は、恐ろしいものではなかった。

それはただ、在り続けるものだった。


風が吹き、土が形を保ち、水が流れていた。

世界は動いていた。


だが、変わってはいなかった。


闇はすべてを包み込み、境界を消し、差を拒んだ。

そこに昼はなく、朝もなく、終わりも始まりもなかった。


「いつ」という言葉は存在せず、「今」という感覚もなかった。


世界は、完成していた。


壊れてはいなかったし、欠けてもいなかった。

だからこそ、誰も疑わなかった。


この在り方が、永遠に続くのだと。


風は吹いていたが、何かを運ぶことはなかった。

水は流れていたが、巡ることはなかった。

土は支えていたが、育てることはなかった。

すべては、同じ形をなぞるように繰り返されていた。


ときおり、生命に似たものが生まれた。

闇の中で、かすかな輪郭を持ち、わずかに動き、そして理由もなくほどけて消えた。


生まれたことに意味はなく、消えたことに記録も残らない。


そこには、悲しみも喜びもなかった。

失うという概念が、まだ存在していなかったからだ。


世界は、止まっていた。


動いているのに、進んでいなかった。

在り続けているのに、続いてはいなかった。


それでも、誰も困らなかった。

比較する対象がなかったからだ。


夜しか知らなければ、夜は当たり前になる。

変化を知らなければ、停滞は問題にならない。


世界は、静かに満たされていた。

だが、その満ち足りた闇の底で、ほんのわずかな違和感が生まれた。


それは声ではなく、意思でもなく、問いでもなかった。

ただ、世界の奥底で生じた、かすかな揺らぎだった。


――このままで、よいのか。


誰かがそう考えたわけではない。

考えるという行為自体が、まだ存在していなかった。


それでも、世界は初めて、自分自身の在り方に触れてしまった。

完全であることと、続かないことが、同時に成り立っているという事実に。


その瞬間、闇の奥で、ほんのわずかな偏りが生まれた。


冷たいわけでも、暗いわけでもない。

ただ、そこだけが、ほんの少し違っていた。


名もなく、形もなく、光もない。

それはまだ、火ですらなかった。


けれど、その違いは、元には戻らなかった。


世界のどこにも属さず、世界のどこからも排除されないまま、その偏りは、確かに在り続けた。


誰にも気づかれず、祝福もされず、恐れられることもなく。

それでも、世界はもう、同じではなかった。


夜は、まだ夜のままだった。

だが、永遠ではなくなった。


そのことを、世界自身だけが、まだ言葉にならないまま、知っていた。


そしてこの小さな違いが、やがて夜と昼を分かち、選択と責任を生み、焔という名を持つことになるなど、まだ、誰も知らなかった。


ただ一つだけ、確かなことがあった。

世界はこの瞬間から、変わる可能性を、捨てられなくなったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ