第30話:灯は残る
朝の光が、ゆっくりと森を照らしていた。
風が枝を揺らし、赤い葉の間を金の光がこぼれていく。
リオは丘の上に立っていた。
掌の中には、小さな金の炎。
それはあの日――
契約の森で灯した“初めての火”。
今も消えることなく、彼の心と共に在った。
「……あれからもう三年か」
リオは呟く。
少年だった面影に、少しだけ凛々しさが加わっていた。
火を恐れず、火を灯す術を学び、村の子どもたちに“火の使い方”を教える日々。
燃やすための火ではなく、あたため、守るための火を――。
それが、リオの生き方になっていた。
彼の目の前には、あの“契約の森”が広がっていた。
春になると、赤と緑が混じり合うその森を、人々は“希望の森”と呼ぶようになった。
詩板はいまもそこにある。
そしてその下では、炎樹の根元が静かに光を放っている。
リオは森へと歩みを進めた。
鳥の声、風の歌、草の香り。
そのすべてが彼を迎えているようだった。
森の中心に辿り着いたとき、ふと、風の流れが変わった。
空気が震え、木々がざわめく。
そして――どこからともなく声がした。
> ――よく来たな、リオ。
「……その声、まさか……」
> ――ああ。眠りの中から、少しだけ目を覚ました。
> おまえの火が、あまりにまぶしかったからな。
「イフリート……!」
> ――火を持たぬ子が、ここまで来るとはな。
> おまえの灯は、我らの誓いを越えた。
リオは胸に手を当てた。
掌の中の火が静かに燃える。
「これは……僕ひとりの火じゃない。あなたの火、アレスの火、メイラの火――みんなの願いが、ひとつになってるんだ。」
> ――……そうか。
> ならば、この火は、もう完全に“人のもの”だな。
風が柔らかく吹き抜け、森全体が光に包まれる。
> ――火は精霊のものではなく、人の心に宿るもの。
> それこそが、我が最後に知った真実。
リオは微笑んだ。
「僕はその火を、未来へ渡す。誰かが怖がっても、誰かが迷っても――この火が、道を照らせるように。」
> ――それでいい。
> おまえが“炎の子”であるなら、
> その灯を絶やすな。
その言葉を最後に、イフリートの声が静かに消えた。
森の光が穏やかに収まり、空気に温もりだけが残る。
リオはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて微笑んで詩板の前に膝をついた。
指先でなぞる。
『火は力ではなく、灯であれ』
その下に、自分の言葉を刻んだ。
> 『灯は、次へ渡すもの』
風が吹く。
光が舞う。
森の上に小さな火の粒がいくつも浮かび上がった。
リオはそれを見上げ、まるで昔から知っていたように、静かに呟いた。
「――火は、誰かのために燃える。」
その瞬間、遠くで雷鳴のような音が響いた。
空を裂くように、一筋の光が走る。
リオの掌の火が、それに応えるように輝いた。
> ――新たな時代が、始まる。
イフリートの最後の声が、確かに彼の胸に届いた。
朝日が昇る。
森の木々が光を受けて燃えるように輝く。
だが、それは破壊の炎ではない。
生命を祝福する、穏やかな輝き。
リオは空を見上げ、胸の前で手を合わせた。
「……ありがとう。あなたたちの火を、僕がつなぐ。」
風が彼の髪を揺らした。
その風の中に、確かに“笑い声”があった。
> ――火は、終わらない。
> ――火は、継がれていく。
> ――そして、また誰かの心で灯る。
リオの瞳に、太陽の光が映った。
その輝きは、まるで金色の炎のようだった。
彼は歩き出す。
新しい時代へ、火の物語を胸に抱いて。
――そして、その灯が導く先に。
“炎の子リオと精霊の誓い”の物語が始まる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ここまで『FLARE ― 失われた契約者 ―』を読んでくださり、
本当にありがとうございます。
この物語は、後に続く『炎の子リオと精霊の誓い(Ep.1)』の遥か以前、“火の精霊”が人と最初に契約を結んだ時代を描いた前日譚です。
火は古来、破壊と創造の象徴でした。
暖をとることも、街を照らすこともできる一方で、一度暴れればすべてを焼き尽くす――。
人が火をどう扱うか。
そして、火が人をどう見ているのか。
この作品では、その関係を「精霊と人の契約」という形で描きました。
イフリートとアレスの関係は、力の信仰から始まり、やがて罪と贖い、そして赦しへと変化していきます。
その中で彼らが見つけたのは、“力の意味”ではなく“灯の意味”でした。
――火とは、命をつなぐためにある。
この物語の終わりでメイラが残した詩は、やがて“灰の歌”として未来に受け継がれ、リオの時代へと繋がっていきます。
リオが出会う“あの炎”は、まさにこの物語で眠りについたイフリートの残り火。
つまり、本作はFLAREシリーズ全体の原点であり、“精霊と人の誓い”という世界の根幹を描いた第一の灯です。
作品全体を通して一貫しているテーマは、「こわがる側に、もう一度、火を信じる勇気を」――。
この前日譚は、滅びと再生の狭間に生まれた物語です。
でも同時に、どんな時代にも小さく灯り続ける希望の物語でもあります。
もし読者のあなたの中に、ほんの少しでも“温もり”が残ったなら、この火は、まだ生きているのだと思います。
どうか、次の灯を――
リオたちの物語へ、つないでください。
ここまで読んでくださった読者の皆さまに、心からの感謝を込めて――。
ありがとうございました。




