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FLARE  作者: Hiro S.Inchi
失われた契約者

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第24話:新しい息吹

朝、森を包む霧がゆっくりと晴れていく。

夜露を吸った草木が輝き、鳥たちのさえずりが空へと溶けた。


“契約の森”に春が訪れていた。


木々の根元には小さな芽がいくつも顔を出し、灰色だった地面は、いつの間にか緑に染まっている。


そして、そこかしこで小動物たちが跳ね回り、生命の匂いが満ちていた。

メイラがこの地に詩板を残してから、幾年もの季節が流れていた。


今や森は“火の再生”を象徴する聖域として知られ、旅人や祈り人が絶えず訪れる場所となっていた。


この日もまた、一人の青年が森に足を踏み入れた。

名をエリアスという。


彼はかつて焼けた土地で農を営む者の息子で、森の再生に手を貸すため、志願してここへやってきた。


「ここが……伝説の契約の森か」


彼は感嘆の息を漏らした。


目の前に広がるのは、炎のように赤く染まる木々の群れ。

その一本一本が、まるで命の鼓動を刻むように風に揺れている。


「本当に……火が生きてるみたいだ」


彼は地面に手をついた。

土は柔らかく、温かい。


まるで大地そのものが呼吸しているようだった。


「この土地を……もっと耕そう」


彼は荷を下ろし、鍬を振るった。

すると、土の奥から赤い光が一瞬だけ弾けた。


驚いて手を止める。

だが、光はすぐに穏やかな輝きへと変わり、彼の周囲の芽がいっせいに伸び始めた。


> ――人の手が、火を導いた。


風の音が、どこか懐かしい声に聞こえた。

イフリートの残響。


エリアスは空を見上げて微笑んだ。


「……ありがとう。お前の火、ちゃんと受け取ったよ」


その夜、森の中央にある詩板がふたたび光を放った。


板に刻まれた言葉――『火は力ではなく、灯であれ』――が、淡い赤をまとって浮かび上がる。


村人たちはその光を見て祈った。


> 「今日も、火が見守ってくれますように。」


火はもはや恐怖の象徴ではなかった。

それは希望であり、祝福だった。


月明かりの中、森の上空に淡い炎が漂った。

それは、イフリートの意識の欠片。


> ――人の手が、火を育てている。

>  ようやく……正しい形で。


穏やかな声が風に溶ける。

もはや怒りも悲しみもない。

そこにあるのは、静かな安らぎだけだった。


> ――アレス、見えるか?

>  おまえが願った世界は、確かに始まっている。


日が昇る。


森を抜けた風が村へと届く。

その風の中には、ほんのりとした暖かさが混じっていた。


人々はそれを「火の風」と呼んだ。

洗濯物を乾かし、畑を温め、時には疲れた心をも和ませる、不思議な風。


村の子どもたちはそれを追いかけながら笑った。


「火の風だ! つかまえろ!」


その笑い声を、森がやさしく包み込む。


やがて季節が巡り、森はさらに広がっていった。

赤い木々の群れは丘を越え、谷へ、川へと繋がっていく。


そこを人々は“再生の帯”と呼んだ。


火が生み、灰が守り、命が受け継いだ大地。

その中心に、ひときわ光る一本の大樹が立っていた。


それは――イフリートの眠る樹。

 

夜、星の光がその樹に降り注ぐ。

すると、枝の先に赤い灯がひとつ灯った。


まるで誰かの心臓の鼓動のように。


> ――火は、絶えぬ。

>  命の数だけ、形を変えて燃え続ける。


イフリートの声が、遠く微かに響いた。


その声を聞いたのは、ひとりの少年だった。

彼は丘の上で小さな火を灯していた。


掌に宿るそれは弱々しくも、確かに燃えている。


「父さん……今日も灯せたよ」


彼は笑って、炎を見つめた。

その笑顔に、赤い光がやさしく反射する。


風が吹き、火が揺れた。

それはまるで――精霊が応えているようだった。 


――こうして、火は再び人のもとへ還った。

燃やすためではなく、灯すために。

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