第6話:空を恐れぬ者
村を歩くミナの表情は、晴れない空のように曇っていた。
リオは何度か声をかけようとしたが、言葉が見つからなかった。
やがて二人は、村はずれの丘へ出た。
高台から見える空は、雲ひとつなく澄んでいる。
けれど、やはり風は吹いていなかった。
ミナは腰を下ろし、草をちぎって指先で遊ぶように揺らす。
その仕草は笑っているようで、どこか寂しい。
「……ねえ、リオ」
「うん?」
「わたしね、小さい頃からずっと言われてきたんだ。“風を呼ぶ子は不吉”って」
声は静かだった。
けれど、その奥に隠された痛みははっきり伝わってきた。
「でも、風は好きだった。木の葉を揺らす音も、洗濯物が踊るのも、空を渡る鳥も……風があるから、生きてるって感じられた。……だけど、大人たちは皆、わたしの力を恐れた。学院でも、村でも」
彼女は空を仰いだ。
吹かない風を待つように。
「だから、この村に来て思ったの。――ああ、ここも同じなんだ、って」
リオは胸が締めつけられるのを感じた。
自分も炎を恐れられてきた。
けれど今は、アウラと契約を結び、“守るために使う”と誓った。
「……ミナ」
リオは草の上に座り直し、彼女の横顔を見つめた。
迷いを振り払うように、言葉を紡ぐ。
「僕は炎を持ってる。村の人からは“危ない子”って言われてた。でも、炎をどう使うかは、僕が決めるんだ。風だって、きっと同じだよ」
ミナは驚いたように目を見開き、それから少しだけ笑った。
「……リオ、君って本当に変わってるね。普通の人なら怖がるのに」
「怖いよ。でも、逃げたら何も守れない。……僕は、空を恐れない」
その言葉に、ミナの瞳が揺れた。
彼女の肩にかかった髪が、ふわりと浮かび上がる。
止まっていたはずの空気が、ほんの一瞬だけ動いた。
『……彼女の心が、風を呼んだ』
アウラの声が、リオの胸の奥で響いた。
ミナは自分の髪に触れ、小さく息を呑む。
恐れていた力が、優しく応えた瞬間だった。
「……ありがとう、リオ。君のおかげで、ちょっとだけ信じられた」
彼女の笑顔は、さっきよりずっと柔らかかった。
空を恐れぬ者が、ここに二人いる――そう思えた。