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FLARE  作者: Hiro S.Inchi
失われた契約者

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第21話:灰の巫女メイラ

朝靄の中を、少女が歩いていた。

長い銀灰の髪を風になびかせ、淡い褐色の瞳を細めながら、草を踏みしめていく。


彼女の名は――メイラ。


“灰の巫女”と呼ばれる存在だった。

生まれつき、炎の気配を感じ取る力を持ち、人々からは“火の声を聞く者”として崇められていた。


その日、メイラは夢を見た。

赤い空、崩れる城、そして――白い炎に包まれた男の影。


> 『……火を恐れるな。』


低く優しい声が、夢の中で何度も響いた。


目を覚ましたとき、胸の奥が熱くなっていた。

まるで、何かに呼ばれているように。


「……あの場所ね」


彼女は小さく呟き、杖を手に“契約の森”へと向かった。


森の入口は、霧に包まれていた。

普通の人間なら、足を踏み入れた瞬間に迷い、戻れなくなる。


けれど、メイラは迷わなかった。

風の流れ、葉の揺れ、そして――地の底から響く鼓動。


それが、彼女を導いていた。


「あなた……まだ眠っているのね」


メイラは足を止め、手を地にかざした。

土の奥から、かすかな熱が伝わる。


それは炎核えんかくの呼吸。

アレスの魂が、いまもこの地に眠っている証。


> ――“火は、心と共に在れ。”


声が、風に乗って聞こえた。

メイラの瞳がわずかに揺れる。


「……あなたが、あの夢の声の主なの?」


沈黙。

けれど、大地がわずかに震えた。


それが答えだった。


森の奥に進むほど、空気が温かくなる。

枝の間から光が差し、草花の間で、無数の灰花はいかが咲き誇っていた。


「きれい……」


メイラはそっと花に触れる。

花弁の中心が、ほのかに赤く光った。


その光が指先を伝い、胸の奥へと流れ込む。


「……これが、火の記憶……」


次の瞬間、意識の奥で景色が切り替わった。

燃える城、叫ぶ民、そして、紅の髪の王子がひとり――祈るように剣を掲げている。


> 『火は、人を照らすためにある。』


その言葉と共に、視界が白く染まる。

 

目を開けると、メイラの頬を一筋の涙が伝っていた。

彼女はゆっくりと立ち上がる。


「……この森は、彼の願いでできているのね」


風が吹いた。

木々の葉がざわめき、空気の中に、微かな低音が響いた。


> ――我が名は、イフリート。


その声に、メイラははっと顔を上げた。


「精霊……まだ、この地に?」


> ――長い時を経てなお、火はここにある。

>  だが、人はその意味を忘れつつある。


「……私は忘れない。火を恐れず、火を祈り、火を継ぐ。それが“灰の巫女”として生まれた意味だから。」


イフリートの声が、わずかに柔らかくなる。


> ――ならば、問おう。

>  おまえの火は、何のために燃やす?


「……生かすために」


迷いなく、メイラは答えた。


「火は、命と同じ。消せば寒く、放てば痛い。でも、灯せば――心を温める。」


> ――……アレスの言葉と、同じだな。


イフリートの声が微かに笑う。


メイラの胸の中で、炎核の鼓動が一度、大きく跳ねた。

森全体が明るく光り、木々の葉が淡く赤く染まる。


「……感じる。火が、息をしている……!」


> ――その感覚を忘れるな。

>  火はおまえに託された。

>  人が再び“心の火”を取り戻すまで、見守れ。


光がやがて消え、森に静寂が戻る。

メイラは胸に手を当て、深く息をついた。


「……ありがとう、イフリート。あなたの嘆きも、もう少しで希望に変わるわ」


森を出ると、夜明けの空が広がっていた。

その空の下で、メイラは祈るように目を閉じた。


手のひらに小さな火が宿る。

それは、まるで誰かの笑顔のように温かかった。


――灰の巫女が火を継ぐとき、世界は再び、灯を思い出す。

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