第20話:焦土の芽吹き
夜が明けると、世界は少しだけ変わっていた。
あの赤く焼け焦げた大地に、いつの間にか“緑の点”が散らばっていた。
焦土を覆っていた灰が風に流され、その下から小さな芽が顔を出していたのだ。
――それはまるで、火がその身を焼き尽くし、命を次に託したように。
イフリートは丘の上に立ち、静かにそれを見下ろしていた。
陽光が差す。
暖かい風が吹く。
焼け跡だったはずの地面から、確かな“息吹”が立ち上っていた。
> ――これが……おまえの望んだ未来か、アレス。
風が彼の言葉を運ぶ。
遠く、森の奥で灰花が揺れた。
その白い花弁は、まるでアレスの魂が微笑んでいるように見えた。
イフリートは目を細め、ゆっくりと膝をつく。
「火は、奪うだけではなかったのだな……」
彼は掌で大地に触れた。
そこから感じるのは、かすかな熱――かつて自らが放った炎の名残。
だが、それはもう破壊の熱ではない。
大地の奥で静かに循環し、命を育む“ぬくもり”へと変わっていた。
> ――火は滅びではなく、始まりの印。
イフリートの胸に、失われた王子の言葉が甦る。
> “火は、心と共に在れ。”
「……そうだな」
彼は静かに頷いた。
「おまえの心が、この世界をもう一度照らしている」
時が流れた。
芽は葉になり、葉は茎を伸ばし、やがて草原を覆うほどの広がりを見せた。
鳥が戻り、獣が住み、川が生まれた。
人々はその地を“再生の谷”と呼び、神聖な場所として祈りを捧げるようになった。
だが、彼らは知らない。
その大地の奥で、今も“炎核”が鼓動を続けていることを。
ある日。
谷を旅していた若者が、奇妙な光を見つけた。
枯れ木の根元に、赤い石のようなものが埋まっていたのだ。
「……これは?」
触れると、指先にやわらかな熱が伝わった。
火ではない。
けれど、心臓の奥が温まるような――懐かしいぬくもり。
彼はそれを懐に入れ、家へ持ち帰った。
その夜、不思議な夢を見た。
燃える王都。
炎に包まれた城。
そして、ひとりの王子が微笑みながら言った。
> “火を怖れるな。
> 火は、おまえの中にもある。”
若者は目を覚ました。
胸の奥が熱い。
そして、懐の石が――わずかに光っていた。
イフリートは遠くから、その光景を見ていた。
もはや声を発することはない。
けれど、確かに感じていた。
> ――また一人、灯を継ぐ者が現れたか。
風が吹く。
芽吹いた草が一斉に揺れ、灰花が空に舞う。
その光景を見つめながら、イフリートはゆっくりと目を閉じた。
「火は、巡る……」
彼の体が風に溶け、炎の粒が大地へ降る。
その一粒一粒が、草の根に宿っていく。
世界が、再び“生命の熱”を取り戻していった。
夜、谷を照らすのは焚き火でも星でもなく、草花の中で微かに光る無数の赤い灯。
それは、かつて失われた火の記憶。
人々はそれを見上げ、口々に祈った。
「どうか、この光が絶えませんように」
その祈りに、風が応える。
> ――火は、永遠には燃えぬ。
> だが、想いがある限り、また灯る。
どこからともなく、イフリートの声が静かに響いた。
こうして――焦土は、再び命の地となった。
炎の記憶は消えることなく、新たな時代へと受け継がれていく。
――火は、まだ終わらない。




