第18話:炎核(えんかく)
――灰の中に、灯があった。
大地の裂け目の奥、焦げた岩の間で、かすかな光が鼓動していた。
それは火でも、光でもなく、まるで“心臓”のように――静かに、確かに、脈を打っていた。
炎核。
かつて王子アレス・フレアが残した魂の灯。
それは、もはや人の力でも、精霊の力でもなかった。
それは、世界そのものの“記憶”だった。
風が通り抜ける。
かすかな熱が地表へと伝わり、焼けた土の下から、若葉が顔を出した。
芽吹いた草は、灰を破り、陽の光を求めて伸びていく。
まるで、その下に眠る火に導かれるように。
「……ここが、始まりの地か」
かすかな声が響く。
それはイフリートではない。
この時代にはもう存在しないはずの“炎の気配”が、世界の深層から囁いていた。
> ――火は心と共に在る。
それは、アレスが最後に残した言葉。
世界はその祈りを覚えていた。
日が経ち、雨が降り、また陽が昇る。
季節がめぐるたびに、灰の大地は少しずつ色を取り戻していった。
焼け跡に芽吹いた草は、やがて小さな森を形づくる。
木々の根が炎核を包み込み、地の底で、その灯はゆっくりと眠り続けていた。
森の名は、いつしか“契約の森”と呼ばれるようになる。
人々は知らない。
この森の中心に、ひとつの心臓が脈を打っていることを。
だが、時おり風が吹くたびに――赤く揺らめく光が、木々の影に見えたという。
「……この森、あたたかいね」
旅人たちは口々にそう言った。
寒い夜でも、森の中では焚き火がいらなかった。
そこには、見えない火が灯っていたのだ。
ある夜、森にひとりの老人が訪れた。
杖をつき、ゆっくりと歩く。
彼は草の間に膝をつき、地に手を当てた。
「……この下に、何かが眠っているな」
掌に伝わる微かな熱。
それはまるで、息をしているようだった。
老人は焚き火を起こし、その前で祈りを捧げた。
「名も知らぬ火よ。この地を温めてくれて、ありがとう。おまえの熱がある限り、人は生きていける」
火は静かに揺れた。
灰の中の炎核が、わずかに応えるように脈動する。
> ――ありがとう。
声にならない声が、風の中に溶けて消える。
だが確かに、それは“アレス”の想いだった。
夜明け。
森の中心の大地が、ほんの少しだけ赤く光った。
その光は地表を透かし、草花の葉先に宿る露を照らした。
ひとしずくの露が落ちる。
それが地に触れた瞬間、光の粒が広がり、周囲の花々が一斉に咲き誇った。
白、橙、紅――灰花。
火のあとにしか咲かない、不思議な花。
その中心で、炎核が穏やかに鼓動する。
> ――火は、滅びではない。
> 再び、灯として息づくもの。
風が吹く。
花の香りが森を包み、鳥が鳴いた。
世界はようやく、“死”ではなく“生”を取り戻した。
それから何百年という時が過ぎても、この森の火は消えることがなかった。
あるときは冬の吹雪を鎮め、あるときは病に苦しむ子の体を温め、あるときは迷った旅人を導いた。
人はそれを“奇跡の森”と呼び、祈りの地とした。
けれど誰も知らない。
その奇跡の根源に――かつて、ひとりの王子と、ひとりの精霊の契約があったことを。
そして、いつか。
この森を訪れる、ひとりの少年が現れる。
その手には、小さな火。
その名は――リオ。
火を恐れず、火に愛された少年。
物語は、再び彼の手へと受け継がれていく。
――炎は滅びず。
心がある限り、火は何度でも、生まれ変わる。




