第14話:崩壊の城
――世界が、燃えていた。
赤い嵐が過ぎ去ったあと、王都には何も残っていなかった。
石は黒く焦げ、塔は根元から崩れ、城の尖塔は半分が空へ溶けて消えていた。
灰が舞い、風の音すらも遠い。
アレスは瓦礫の上に倒れていた。
重い。
まぶたを上げるだけで、骨が軋んだ。
「……ここは……」
周囲には誰の声もしない。
焼け落ちた城壁の裂け目から、かすかに青い空が覗く。
その色だけが、あまりにも静かだった。
胸の契約紋が、かすかに光を放つ。
だが、それは弱々しく、今にも消えそうな焔だった。
> ――アレス……
耳の奥に、イフリートの声が響く。
焦げた風の中で、かすれた音のように。
「……生きて、いたのか」
> ――ああ。
> だが、おまえの火は……暴走した。
「……わかっている」
アレスはゆっくりと起き上がり、崩れた石壁に手をついた。
指の間から灰がこぼれる。
かつて民が暮らしていた場所――
そこには、ただ焼け跡が広がるばかりだった。
「俺は……また、守れなかった」
> ――おまえの心が、痛みに飲まれた。
> その痛みが火を呼び、火が痛みを増やす。
> 終わりのない循環だ。
「止められなかったんだ……」
アレスは拳を握り、震えた声で呟く。
「止める力があったのに、俺は……自分を信じられなかった」
崩れた階段の先に、かすかな気配があった。
瓦礫の影に――セリアが倒れている。
「セリア!」
アレスは駆け寄り、彼女の体を抱き起こした。
腕の中の彼女は軽く、冷たい。
顔には灰が積もっていたが、まだ微かに息があった。
「……殿下……」
薄く開いた唇が、彼の名を呼んだ。
「よかった、生きている……!」
セリアは苦しげに微笑む。
「城が……崩れて……皆、逃げました。でも……殿下のことを……」
「もう喋るな」
アレスは震える手で、彼女の頬をなでた。
「すまない。俺が……俺が、すべてを壊した」
「いいえ……」
セリアの指が、かすかに動いた。
「殿下の火は……怖くなかった……」
「……セリア?」
「最後まで……きれいでした。あの光で……夜が明るかった」
アレスの喉が詰まる。
彼女の瞳から光が消えていくのがわかる。
灰が舞い、ひとひらの白が頬に落ちた。
「やめろ……セリア、行くな……」
> ――アレス。
「黙れッ!」
怒鳴りながら、アレスは涙をこぼした。
炎の精霊の声が、灰の中で静かに響く。
> ――これが、おまえの選んだ道の果てだ。
> 火は心と共にある。
> 心が壊れれば、火も壊れる。
「俺は……もう、どうすればいい」
> ――祈れ。
> 燃やすのではなく、照らすために。
アレスは目を閉じた。
胸の奥に手を当てる。
そこには、まだかすかな火が残っていた。
その火を、彼はセリアの胸の上にそっと移した。
小さな光が、灰の中で淡く揺れる。
まるで、彼女の魂が微笑んだかのように。
「……ありがとう、セリア」
> ――それが、おまえの“赦し”だ。
「赦し……?」
> ――人は誰かを救うたびに、少しだけ赦される。
> 火も同じだ。
> おまえの火が消えぬのは、まだ赦しを求めているからだ。
アレスは空を見上げた。
灰の隙間から、細い光が差している。
その光は、彼の瞳に映り込み、炎のように揺れた。
「……まだ終わってない、ということか」
> ――そうだ。
> おまえが生きている限り、火は灯り続ける。
アレスは静かに立ち上がる。
セリアの亡骸を抱き、崩れた王都の中央へ歩き出した。
そこには、まだ燃え続ける一本の柱があった。
燃え盛るそれは、まるで世界の心臓のようだった。
アレスはその火の前に立ち、ゆっくりと目を閉じる。
「……イフリート。もう一度、火を……“照らすため”に使いたい」
> ――それが、おまえの最後の願いか。
「そうだ。この火を、もう誰も傷つけない灯にする」
> ――ならば、我が炎、すべて預けよう。
イフリートの声とともに、光が爆ぜた。
炎が収束し、空へと昇っていく。
その光は、破壊の色ではなかった。
静かで、あたたかく、どこまでも優しい――“祈り”の火だった。
――王城は崩れた。
だが、その瓦礫の中で、一つの灯が生まれた。




