第12話:戦火の再燃
夜が明けた王都は、ようやくわずかな活気を取り戻していた。
焦げた街並みに人々の声が戻り、瓦礫を片づける音が響く。
アレスは城の高台からそれを見下ろしていた。
「……人は、立ち上がるものだな」
風が頬を撫でた。
その風の中に、ほんのわずかな火の気配を感じる。
イフリートは、まだ沈黙したままだが――
胸の奥に、確かな鼓動のような温もりがあった。
> ――火は、おまえが誰かを想う限り、灯り続ける。
その言葉が、まだ心の中に残っていた。
「殿下!」
兵士が駆け込んでくる。
「北の砦から報告です! 隣国ヴァルドの軍が動いております!」
アレスは眉をひそめた。
「ヴァルド……あの戦を、まだ諦めていなかったか」
「はい。前回の敗戦の報復と見られます。彼らは“炎の王子”の力を恐れながらも、それを滅ぼそうとしているようです」
アレスは拳を握った。
「……愚かな」
「殿下、どうかお静まりください。城下はまだ復興の途中です。戦えば――」
「戦えば、また焼ける……か」
その言葉が胸に突き刺さる。
焦げた瓦礫の匂いが、記憶の底を掘り起こす。
火に包まれた夜、泣き叫ぶ民の声。
そして、セリアの言葉。
> “火はこわくないですよ”
彼女の微笑が、脳裏に浮かぶ。
「……俺は、もう同じ過ちは繰り返さない」
アレスは玉座の間に戻り、地図を広げた。
「ヴァルド軍の進軍経路は?」
「北の渓谷を抜け、東門へ向かっています。推定兵力二千。こちらは……五百です」
「数では劣るか」
「はい。ですが、もし殿下の“炎”を使えれば――」
兵士の声に、アレスは目を閉じた。
沈黙ののち、静かに言った。
「……使わない」
兵士たちが驚く。
「で、殿下!?」
「炎で勝っても、また焼け野原が残るだけだ。俺は……もう、あの光景を見たくない」
「しかし、殿下の炎がなければ我々は――!」
「守る方法は、火だけじゃないはずだ」
アレスは剣を手に取る。
かつて父が愛用していた、鋼の剣。
火を纏わぬ、ただの人の剣だった。
「俺は、王としてではなく、一人の人間として戦う」
その瞳に、静かな光が宿る。
その夜、砦の外。
風が冷たく、草原を波のように揺らしていた。
炎ではなく、松明だけが灯る夜の陣。
兵士たちは不安を抱えながらも、王の背中を見つめていた。
炎を纏わぬ王子――それでも、その姿は不思議なほど力強かった。
「……殿下、本当に火を使われないのですか?」
側近のセリアが問う。
「もし火を使えば、勝てるだろう。だが、また同じだ。俺の火が、人を救えぬなら、そんな力に意味はない」
セリアは少しの沈黙ののち、微笑んだ。
「殿下の火は、もう人を照らしています。たとえ灯していなくても」
アレスは小さく頷いた。
やがて、地を揺らす足音が迫る。
遠くで角笛が鳴り響いた。
ヴァルド軍の先陣が、黒い旗を掲げて現れる。
「陣形を維持せよ! 俺が前に出る!」
アレスは剣を抜いた。
その刃が月光を反射し、冷たく輝く。
――だが、その瞬間。
空気が震えた。
地の底から、熱が湧き上がる。
誰も火を灯していないのに、風が赤く光を帯びていた。
「……イフリート?」
> ――おまえは火を恐れぬようになった。
> ならば、その心に応えよう。
低く、しかし確かな声が響いた。
アレスの周囲に、紅蓮の紋様が広がる。
兵士たちは息を呑んだ。
「殿下! 炎が……!」
「違う。これは俺の意思ではない。――火が、応えたんだ」
赤い光が剣に集まり、刃の縁を包む。
だが、その炎はかつてのように荒々しくはなかった。
柔らかく、しかし確かな意志を宿した光。
アレスは深く息を吸い、剣を構える。
「――この火は、誰も焼かせない」
そして、叫んだ。
「前へ!」
炎の剣が風を裂き、闇を切り裂く。
光の波が戦場を照らし、兵士たちは歓声を上げた。
火は人を焼くためではなく――
人の心を導くために、再び灯ったのだった。
夜明け、戦は終わった。
ヴァルド軍は退き、草原には朝露が降りていた。
アレスは剣を地に突き立て、静かに息をつく。
「……ありがとう、イフリート」
> ――おまえが信じた心に、火は応えただけだ。
空に、朝日が昇る。
炎の色ではなく、やさしい黄金の光。
アレスはその光の中で、静かに目を閉じた。
――火は、再び希望を灯した。




