第5話:契約の誓い
夜の王都は、燃えていた。
赤黒い煙が空を覆い、崩れた塔の影が地に伸びている。
城門は破れ、兵は散り、王は玉座の間で静かに息を引き取った。
若き王子アレスは、焦げた玉座の前に立ち尽くしていた。
手には、父の血に濡れた剣。
胸の奥に残るのは、絶望と――怒り。
「父上……なぜ、俺に何も告げなかった」
答えはない。
ただ、炎の音が壁を舐めるように響くだけだ。
アレスはふらりと立ち上がる。
焼け落ちた天井の隙間から、夜空がのぞいていた。
その中に――奇妙な光が浮かんでいた。
赤でもなく、金でもない。
脈動するような橙の光。
まるで“心臓”のように、規則的に鼓動している。
「……これが、“禁書の印”か」
父が遺した最後の言葉が脳裏をよぎる。
> ――王よ、火を恐れるな。
> だが、支配してもならぬ。
それが、何を意味するのか分からなかった。
だが今なら分かる。
父は、王国を守るために“何か”を封じていた。
「なら、俺がその封印を解く。この手で――この国を救う」
アレスは焦げた床を蹴り、地下への階段を下りた。
そこは誰も入ったことのない王家の禁域。
壁に刻まれた古い文様が、炎に照らされて不気味に輝く。
階段の最奥。
黒い石扉の中央に、焼け焦げた紋章があった。
“火”を象ったその文様に、父の剣を突き立てる。
カチリ。
扉が震え、低い音が響く。
地の底から吹き上がるような熱風。
アレスは思わず目を細めた。
「……これが、王家が隠していたものか」
次の瞬間、世界が燃え上がった。
炎が渦を巻き、形を変える。
人の姿を模した炎の巨影が、ゆっくりと姿を現した。
赤く光る双眸。
髪のように揺れる焔。
その存在は、美しくも恐ろしかった。
> ――名を名乗れ。
声が空間を震わせる。
アレスはひるまず、まっすぐに答えた。
「アレス・フレア。フレア王国最後の王子だ」
> ――王子。
> この火を呼び覚ます資格があるのか?
「資格があるかどうか、そんなもの知らない。だが――守りたい。この国を、民を、父の遺志を!」
アレスの叫びに応えるように、炎が揺れる。
その中心に、心臓の鼓動のような光が脈打った。
> ――望みは“力”か?
「力じゃない。“守るための炎”だ」
> ――ならば問う。
> おまえは火に焼かれてもなお、火を信じられるか?
アレスは息を呑んだ。
目の前の炎は、まるで心の奥を見透かしているようだった。
「……信じる。火は人を滅ぼす。だが同時に、生かす。俺は、火を恐れない」
炎が一瞬、静止した。
そして――低い声で告げる。
> ――よかろう。
炎がアレスの周囲を包み込む。
焼ける痛み。
だが、恐怖はなかった。
代わりに胸の奥が熱く、心が澄んでいく。
> ――我が名はイフリート。
> 王子アレスよ、その魂に誓いを刻め。
「誓い……?」
> ――火は命を照らすもの。
> 欲に溺れれば滅び、心に宿せば希望となる。
> おまえが後者を選ぶなら――この炎を授けよう。
アレスは拳を握り、声を張り上げた。
「この国を救う! そのために、火を使う!」
> ――誓いは聞き届けた。
炎が爆ぜる。
その光がアレスの胸へと吸い込まれ、肌に赤い紋章が浮かび上がった。
それは“火の契約紋”。
精霊と人との間に結ばれる永遠の印。
アレスは痛みに耐えながらも、微笑んだ。
「これが……火の力か」
イフリートが静かに頷く。
> ――さあ、王子。
> この炎をどう使うかは、おまえ次第だ。
「俺はこの火で、国を照らす。もう二度と、闇に飲まれないように」
炎が消え、静寂が戻る。
アレスの掌には、橙色の小さな光が灯っていた。
それはまだ弱々しい――けれど確かに、生きていた。
――火は、まだ終わらない。




