第4話:風の止まった村
森を抜けると、視界がぱっと開けた。
山あいに広がる小さな村。
けれど、そこには違和感があった。
――風が、吹いていない。
草も木も揺れない。
旗も洗濯物も、固く張りついたまま。
不自然なほど、空気は淀んでいた。
「……おかしいな」
リオは足を止めた。
額の汗がじわりと広がる。
夏の陽射しなのに、風がないせいで体に熱がこもっていく。
『この村……風を恐れている』
アウラの声が胸の内に響いた。
炎の精霊がそう言うなら、きっとただの偶然ではない。
リオが村に足を踏み入れると、すぐに視線を感じた。
人々は窓越しにこちらを見て、すぐに戸を閉める。
子どもが遊んでいたが、母親が慌てて抱えあげて去っていく。
(……僕のせいじゃないよね?)
炎を背負っていることを知られたわけじゃない。
この村全体に、何かの恐怖が染みついている。
そのとき――
「そこの君!」
背後から声がした。
振り返ると、白い布のマントを羽織った少女が立っていた。
長い髪がふわりと広がる。
……いや、揺れている?
風が吹いていないはずなのに、彼女の髪だけがゆるやかに踊っていた。
「君、旅人でしょ? こんなところに来るなんて、変わり者だね」
明るい声。
けれど、その瞳はどこか寂しげだった。
リオは思わず見とれてしまう。
「……君は?」
「わたし?ミナ。風の学院を出て、ちょっと旅してるの」
少女は胸を張った。
けれど次の瞬間、肩を落とす。
「――でも、この村に入った途端、風が止んじゃって。
まるで空そのものを、怖がってるみたい」
リオは言葉を失った。
風を恐れる村。
炎を背負う自分。
まるで正反対の存在のような彼女が、今、目の前にいる。