第3話:旅立ちの朝
夜明けの光が、村の屋根をひとつひとつ染めていく。
鶏の鳴き声。
子どもたちの笑い声。
いつも通りの朝――のはずだった。
リオは小さな荷を背負って、祠の前に立っていた。
袋には乾いたパンと水袋、それから母の形見の布切れ。
頼りないけれど、持てるものはそれだけだ。
胸の奥には、昨日の契約の熱がまだ残っている。
アウラは姿を見せていなかったが、確かにそこにいる。
炎の鼓動がリオの中で揺れている。
『行くの?』
心の奥に声が響いた。
聞き慣れてきた、やさしい響き。
「……うん。僕、ここにいても強くなれない。外の世界を見て、学ばなきゃ」
リオは小さく拳を握った。
炎を持ってしまったからこそ、この村に留まるわけにはいかない。
怖れられる存在になりたくなかった。
守る力だと、証明したい。
そこへ、足音が近づいた。
「――お前、本当に行くのか」
声をかけてきたのは、幼なじみのタクだった。
麦わらをくしゃくしゃにした頭をかきながら、じっとリオを見つめている。
「うん。ごめん、黙って出ようと思ってた」
「ばか。そんなの、俺に隠せるわけないだろ」
タクは苦笑して、背中の袋を指さした。
リオの小さな荷物なんて、一目でわかる。
「……なあ、本当に戻らないつもりか?」
リオは少し迷った。
けれど、正直に言う。
「戻るつもりは、今のところない。僕は――僕の炎を、守るために使うって決めたんだ」
その言葉に、タクは目を見開き、それから笑った。
「らしいな。……気をつけろよ」
「うん」
短い会話。
けれど、それで十分だった。
タクは背を向け、村の方へ戻っていく。
振り返りもせずに。
その背中が、リオの胸を少し締めつけた。
『惜しい?』
アウラが問いかける。
「うん……でも、行かなきゃ」
炎は応えるように、心臓の鼓動を強めた。
恐れを焼き、決意を照らす光。
リオは深呼吸をして、一歩を踏み出した。
村を抜ける道。
森の入り口。
遠くには見たことのない山並み。
未知の世界が広がっている。
そして、その先には、必ず仲間との出会いが待っている。
リオの旅が始まった。
炎の誓いを胸に抱え、少年は初めて“世界”へと歩き出したのだった。