第2話:炎の契約
朝の光は、夜とは違う顔をしていた。
草の露が輝き、畑の土があたたかい匂いを放つ。
村の家々からは煙が上がり、朝餉の匂いが漂っている。
リオは落ち着かない胸を抱えて、用水路のそばに立っていた。
――約束した。
夜の終わりに、焔の精霊アウラと。
掌を開く。
昨夜の温もりは消えてしまったように見える。
それでも心の奥には、微かな火種のような熱が残っている。
「……来てくれるよね」
呟いた瞬間、風もないのに空気がきらめいた。
陽光の粒が集まり、やがて一つの輪郭を描く。
『おはよう、リオ』
焔の少女――アウラが現れた。
昨夜よりもはっきりとした姿で、金色の瞳が朝の光を受けて輝いている。
「ほんとに……来てくれた」
リオの声は安堵に震えた。
夢じゃなかった。
ちゃんと、ここにいる。
アウラはふわりと微笑んだ。
『さあ、始めよう。契約の儀を』
「……契約」
聞き返すリオに、アウラは静かに頷く。
『わたしとあなたが力を分け合い、共に歩むための誓い。――ただし、一度交わせば後戻りはできない。』
その言葉に、リオの喉が鳴った。
後戻りはできない。
でも……
「僕は……守れるようになりたい。だから、強くならなきゃ」
そう言うリオの瞳はまっすぐだった。
両親を失った夜の記憶。
火がもたらす破壊への恐れ。
それでもなお、「誰かを守りたい」と願う心が、炎を呼んだ。
『いい目をしてる。なら――』
アウラはリオの両手をとる。
炎が走った。
熱いはずなのに、不思議と痛みはない。
むしろ心臓の鼓動に寄り添うように、力が流れ込んでくる。
『誓いの言葉を。あなたの意志を』
リオは大きく息を吸った。
夜に抱いた恐れも、不安も、全部飲み込んで。
「僕は誓う。この炎を、誰かを守るために使う。……決して、奪うためには使わない」
言葉が空気を震わせる。
炎がリオの胸の奥で爆ぜた。
光が弾け、アウラの瞳が柔らかく揺れる。
『承知した。では、わたしも誓おう。あなたと共に歩み、その願いを支える炎となる』
金の光が二人を包む。
鳥の声さえ止まり、村全体が一瞬、時間を忘れたように静止した。
次の瞬間――
リオの背中から、紅蓮の羽が広がった。
炎でできた翼。
けれど周囲の草木は焦げつかず、むしろやさしい光に照らされていた。
「……これが……」
力。
ただ熱いだけの火じゃない。
心に応える炎。
アウラが静かに告げた。
『これが契約。これであなたは“炎の子”ではなく――“炎の継承者”』
「炎の……継承者」
リオは小さく呟いた。
その言葉は、まだ重すぎる。
けれど、心の奥が応えた。
ここから始まる。
新しい旅が。
朝の光の下、リオとアウラの契約は結ばれた。
その炎がこれから照らす未来を、まだ誰も知らない。