旅の目的
翌朝、サリュとリリスが目覚めると、そこにカールの姿がなく、不安になった二人は身支度もそこそこに、部屋を出てカールの姿を探した。
「いまさら、置いていかれるなんてことは、ないと思うけど」
そう言いつつ、サリュが青ざめている。
「宿代も払えないし」
オロオロとして言った。
だから、カールの姿をロビーで見つけたときは、安堵した。
カールはソファーに身を沈め、何やら思案している。手には紙の束があった。手紙のようだ。
「おはよう! 姿が見えないから、焦った!」
サリュは正直に言った。そして「なに、それ?」と紙の束に視線を向ける。
カールがサリュの目を覆い隠すように、大きな手をあてた。
「なんでもない」
そして立ち上がると、紙の束を懐にしまう。にっこり笑ってサリュの肩を抱いた。
「さあ、朝食にしよう」
宿屋の食堂には、焼き立てのパンと、たっぷりのミルク、色とりどりの果物が並び、香ばしい匂いが漂っていた。窓からは柔らかい朝の光が差し込み、和やかな雰囲気が満ちている。
そんな中、サリュは朝食を楽しむ人たちの中に、見知った姿を見つけた。
(また、喧嘩してる……)
サリュの視線の先には、レントとベルの姿があった。昨日と同じように、二人の間には険悪な空気が流れている。サリュは遠慮がちに、二人に声をかけた。
「今日も、もめてるの?」
サリュの問いかけに、レントが困ったように答える。
「ベルが、卵料理が気に入らないって」
ベルは少し眉をひそめ、朝食の皿を見つめている。そんな彼女の様子に、カールが穏やかな声でたしなめた。
「あんまりいじめちゃだめだよ」
ベルはカールをじっと見つめ、生真面目に答えた。
「そんなこと言ってません」
カールは笑い、今度は小声でレントにささやく。
「結婚相手、考え直した方がいいんじゃないの?」
すると、レントは、ムキになって力強く言った。
「ベルじゃなくちゃ、イヤです!」
カールが、やれやれと肩をすくめた。
「僕は彼女と結婚するために旅をしているんだ」
突然のレントの真剣な告白に、一同は驚き、目をぱちぱちさせる。
話によると、美しいベルを見初めた地方の豪族が、横恋慕をつのらせ、ついには二人の婚約を白紙に戻そうと画策したのだという。
そして、どうしても彼女と結婚したいというのなら、誠意を見せろと迫られ、豪族は無理難題をレントに吹っ掛けたのだった。
「うちの家は、古いし権力もない弱小貴族で、強い力を持つ豪族には歯が立ちません。そこにつけこみ、豪族は『女神の微笑み』という宝を見つけてきたら、二人の結婚を許そうと言いだしたんです……」
レントは「ひどいと思いませんか?」と愚痴る。
カールは頷きながら、ふとその宝について説明を始めた。
「94カラットのピンクサファイアのネックレスだね。愛と癒し、成功を約束するとされる、秘宝だ」
レントは、その宝がどこにあるかもわからずに、各地を点々と探し回っているのだという。一人で旅に出ようとしていたのだが、ベルがついてきてしまったのだと、嬉しくも困った様子で苦笑いを浮かべた。
ベルが生真面目な様子で言う。
「うちで待っていては、いつまでかかるかわかりません。さらに、レント様がもたもたしているうちに、結婚を迫られても嫌です」
「なるほどね」
カールは、納得したように頷くと、不意に笑みを浮かべた。
「ところで、その『女神の微笑み』には、少しばかり、心当たりがあるんだが……」
カールの言葉に、レントとベルは驚愕し「え?」と前のめりになる。
カールは「まーまー」と手で二人を落ち着けて、語り始めた。
「たしか、数年前に中央のオークションで落札されたはずだよ。その豪族がそのことを知っているかはわからないけれど、その所有者にきみたちを紹介することはできる」
思わぬ吉報に、レントは目を白黒させる。
「こんなことって、あるの? 愛の力?」
ベルに向かって両腕を広げたが、ベルは「本当ですか?」とシニカルに尋ねた。
カール大きくうなづき、請け負う。
「確かに、所有者は西の都にいるよ。でも悪いが、今すぐにきみらをそこに案内するわけにはいかないんだ」
そして、申し訳なさそうに言った。
「オレもいずれ西の都に戻るが、まずは旅の目的である、ある薬を見つけ出さないといけないんでね」
薬と聞いて、サリュはカールに初めて会った時のことを思い返していた。確かにカールは、ある病に効力のある技術や人を探して、国中を回っているとマーテルに言っていた。
「ねえ、それってどんな薬?」
サリュがカールに尋ねた。カールは少し迷い、ゆっくりと話し始めた。
「オレが探しているのは、『眠り病』を回復させる薬だ。患者は十年以上も眠ったきり、目を覚まさない。医者が言うには、体に不調はない。呪いの類でもない。体は健康そのもの。ただ、目を覚まさないだけ、なんだそうだ」
その言葉に、サリュは前世の記憶を重ねた。
(まるで、心が死んでしまったみたいだ……)
「文献によると、それらの症状に似た症例を回復させた前例があるらしい。オレはその回復例をひとつひとつ調べて回っている」
サリュは、カールの真剣な表情を見て、尋ねた。
「それが、カールの仕事なの?」
「いや、オレの使命だ」
カールの声には、強い決意が宿っていた。その言葉を聞き、サリュは再び沈黙した。
「そいうことで、宝の持ち主の元に、今すぐ一緒に行ってあげることはできない」
カールはレントに向かって、静かに言った。
「先に西の都に行ってもらってもいいし、オレが西の都に戻れたら連絡をしてもいい。どちらでも構わない」
しかし、レントとベルは顔を見合わせると、同時に言った。
「わたしたちも協力します」
「できるだけ早く西の都に戻れるように、僕らも手伝うよ。みんなでやったほうが、きっと早く見つかる」
カールは少し迷った。しかし、彼らの真剣な眼差しを見て、やがて静かに頷いた。
「わかった。感謝する」
カールは懐から先ほどの手紙を取り出す。
「では、さっそく今日の目的地だ」
そう言って、彼はテーブルの上に地図を広げた。