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山越え

 旅に出てすぐ、カールはサリュの「教えて教えて!」攻撃にうんざりしたようだった。

「教えてー!ねえ、ねえ、教えてってばー!」

カールの後ろを歩きながら、常に声をかけ続ける。

村を出て30分もたたないうちに、カールは音を上げた。

「やっぱり連れてこなければよかった」

ぼそりと呟かれたその言葉に、サリュはピクリとする。

(ああ、もう見捨てられる!)

しゅんと肩を落とした。


 とぼとぼと小石を蹴りながら歩いていく。

蹴った小石が転がり落ちて来て気づいた。いつの間にやら、勾配の険しい山道に入っている。

村にいた頃から、「村の外には恐ろしい魔獣がいる」と聞かされていた。サリュは急に不安になり、うっそうとした木々を見上げる。風が吹き、ざわざわと葉音が響いていた。何か出てきそうな雰囲気だ。

(子供だましだよな!だってカールは国中のどこにでも行ってるんだろ?)

そう思ってカールに尋ねると、彼はあっさりと答えた。

「いいや、普通に出るよ」

「え、いるの!?」

サリュが引き気味に驚いていると、カールはさらに追い打ちをかける。

「ちなみに、この山には大怪鳥が出る」

その言葉に、サリュは戦慄した。

(よりによって、そんなのが出る山なのか……!)


 山の中腹まで来たところで、日が傾き始めたため、「今夜は野宿だ」とカールが宣言した。

彼は手際よく焚き火を起こし、簡単な食事を用意してくれた。リリスが香りのよい葉を見つけたので、食卓がちょっと華やかになる。

薪が爆ぜる音がパチパチと響き、火の粉が夜空に舞い上がる。サリュは焼かれた魚の香ばしい匂いを嗅ぎながら、昼間の緊張感から解放されて、じんわりと体の芯から温まるのを感じた。


 夜が更け、焚き火の番をカールに任せ、サリュとリリスは土の上に広げた毛布にくるまって眠りについた。

(今日は今までの一生分より、ずっとたくさんのコトを経験した気がする!)

興奮するとなかなか寝付けないサリュ。

リリスは静かな寝息を立てていた。森が深くて夜空が見えない。しかし月が出ているようで、うっすらと葉の輪郭が発光して見える。

(明日だな。きっと明日は、あのすごい技の片りんを教えてもらえる日になるかもしれない!)


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。

サリュは、夜中にふと目が覚め、自分がいつの間にか眠ってしまったことに気づいた。

「トイレ、トイレ……」

サリュは静かに身を起こし、そっと木の陰に滑り込む。あんまり近くしてはいかんという気持ちが芽生え、寝ぼけながらも森の奥へと進んだ。


 用を済ませ、眠い目をこすりながら焚き火の明かりを目指して戻ろうとした、その時だった。サリュの目の前に、一羽の小さな鳥が現れた。

(あれ?こんなところに鳥が?)

サリュは首を傾げた。

「小さいな、お前」

ぼんやりとした頭でそう呟き、さらに近づいて「母ちゃんとはぐれたのか?」と、心配になって手を差し伸べた、その瞬間――!


 小さな鳥は、サリュの目の前で、まるで幻のように膨れ上がり、見る見るうちに巨大化した。全身を覆う漆黒の羽毛、鋭く光る瞳、そして今にもサリュを切り裂きそうなほど巨大な爪。それは、カールが言っていた大怪鳥そのものだ。


 サリュは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。声を出そうにも、喉がひきつって音にならない。大怪鳥は目の前に立ちはだかり、その巨大な影がサリュを完全に覆い尽くす。そして、大きな口を開き、丸呑みにしようと、その首をぐいと下げてきた。

(終わった……!)

そう覚悟した時、横から伸びてきたカールの腕が、少年の体を間一髪で引き寄せた。

「川に飛び込んだ、あのくそ度胸はどこに行った?」

カールの声が、サリュの心臓を揺らす。

「しっかり立て」

そしてカールがサリュでは何かに、言葉を発した。

「足よ、増えよ」


 大怪鳥は漆黒の翼をはばたかせ、風を巻き上げ木々をしならせる。月明かりがのどかに夜空に広がっている世界が垣間見えた。その光に反射して、鋭い爪が闇に光る。だが、その姿は、先ほどとは明らかに異なっていた。


 大怪鳥の足が、まるで別の生き物のように、異常な速度で膨らみ始めていたのだ。脛の鱗が不自然に肥大化し、内部の骨が軋む音が聞こえた。

鱗の下で、皮膚が不自然に引き伸ばされ、その表面には血管が網の目のように浮き上がっている。まるで、内側から何かがせり上がってくるような、おぞましい光景だった。

「ギィーーーーー!」

大怪鳥は、耳を劈くような絶叫を上げた。その声は、苦痛に満ちているようでもあり、怒りに震えているようでもあった。

足の膨張は止まらない。肥大化した鱗が、もはやその内容を支えきれないほどに張り詰め、見る見るうちに裂け目が走り始める。


 鈍い音と共に、その一部が破裂した。飛び散ったのは、鱗の一部と、まるで生き物のように蠢く、赤黒い塊。それは、異常に増殖した細胞の集合体だった。破裂した箇所からは、さらに新たな肉が盛り上がり、醜く、禍々しい形に変形していく。その足は、もはや鳥のそれとはかけ離れた、まるで異形の塊と化していた。

怪鳥は荒々しく羽ばたき、木々を薙ぎ払って夜の空に去って行く。

「な、なんだ、あれ……!?」

サリュは、あまりの光景に戦慄し、思わずカールの背中にしがみついた。そして、木々の奥からこちらをのぞいているリリスの視線に気づくと、サリュは気まずそうにカールからそっと離れていった。


 翌朝、日が昇り、サリュの隣で朝食の準備をしていたリリスが、呆れたように僕に「ばか」を連発した。

(面目次第もない……)

朝食を済ませると、カールは、いつもの飄々とした様子で読みかけの本を閉じ、リリスとサリュの間に入ると「まあ、まあ」ととりなした。

「多少、自分の身は守れるに越したことはないからね」

その言葉に、サリュの顔がぱっと明るくなる。

(来た、来た、来た、来たッ!)

ワクワクして目を輝かせるサリュを押しのけ「えーい、暑苦しい」とカールは言った。


 カールはサリュとリリスを交互に見ると、「レディーファースト」と呟き、まずリリスの方へ向かう。彼はリリスに目を閉じさせ、その小さな額にそっと手をかざした。

「何が見える?」

カールが尋ねると、リリスはすぐに答えた。

「草……薬草……毒……植物の怪物」

カールは、納得したように頷く。

「ああ、お前、植物博士って話だったよな」

その言葉に、サリュは「????」と首をかしげる。

カールは咳ばらいをすると、説明を始めた。


「えー、つまりだ。お前たちの言う『何らかの力』とは、つまり個人の持つ適性と欲望の力だ。人の五感を超えて、さらに欲する感受性が呼び起こす力とされるものだ。リリスは特に学んだわけでも、経験をしたわけでもなく、植物を見抜く。知りたい、もっと欲しいという欲望が、五感を超えて発動した力ということだね」

サリュが眉を寄せて、難しい表情を作った。

「聞いてもわからん」

カールは「だよねー」というと、次はサリュの額に手をかざした。

「百聞は一見に如かずだ。目、閉じてみ?」

サリュは、期待と少しの緊張で胸を高鳴らせながら、目を閉る。


「何が見える?」

カールの声が聞こえた、その瞬間――。

サリュの全身が、震え出した。目の前に広がるはずの何かが見えない。いや、見えないのではない。見るのが、怖い。何かが、胸の奥で、いやだ、いやだ、と叫んでいる。

「だめだ」

サリュは、震える声でそう呟いた。イヤな汗が背中を伝っている。

「これは、ダメなやつだ」

サリュは、強く目をきつく閉じた。出来ない。そしてやるべきではない。そう、絶望した。


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