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第6話 待っている人

「とにかく! そんなに頼み込まなくてもいいですから――」

「生とウーロン茶、お待たせしました~」


 土下座する勢いの篠崎さんを何とかしようと試みていると、タイミングよく(あるいは、悪く)店員がやってきた。泡の溢れそうなジョッキとウーロン茶のグラスを両手に持ち、俺たちの前に置いていく。


「注文されますか?」

「あっ、えっと……」


 そうだ、すっかりつまみのことを忘れていた。とりあえず無難な物を頼んでおくか。


「刺身の盛り合わせ、あときゅうりの漬物で」

「はいっ、かしこまりました~」


 店員はポケットから取り出した用紙にまたペンを走らせて、去っていった。思わずふうと息を吐いて向き直ると、そこには切ない表情を浮かべた篠崎さんの姿。


「教えて……もらえないだろうか?」


 よく見たら、目にうっすらと――涙!? ちょっ、泣いてる!?


「ななな、なんで泣いてるんですか!?」

「すまない、私が悪いんだ。忘れてくれ」

「いやいやいやいや! と、とりあえずこれで拭いてくださいって!」


 なんだよもう、何がどうなってんだよ!? 俺はテーブルの端っこに置いてあった紙ナプキンを慌てて手に取り、手渡した。篠崎さんはそれを受け取ると、そっと触るようにして涙を拭っている。


「お、落ち着きました?」

「ああ、本当に申し訳ない」

「とりあえず乾杯しませんか? あの、お話はゆっくり聞きますから」

「ありがとう。では」


 女の子を泣かせてしまうなんて、俺は最低な人間だな。こういう時はとにかく楽しい気分になってもらわないと。篠崎さんがグラスを手に持ったのを見て、俺もキンキンに冷えたジョッキを持ち上げた。


「じゃっ、かんぱ~い!」

「か、乾杯」


 わざとらしく元気な声をあげると、篠崎さんは控えめにグラスを合わせてきた。視線は合わないままだけど。さて――


「よっと!」

「!?」


 篠崎さんが困惑するのも気にせず、俺は片手でジョッキを一気に持ち上げ、豪快に傾けていく。ふんわりとした泡特有の感触を味わったあと、冷たいビールが一気に喉に流れ込んできた。


 どんどんジョッキを傾けると、熱気にうなされていた身体が芯から冷やされていく。いやー、やっぱ暑い日はこれだよな!


「ぷはーっ!」

「そ、そんなに飲んで大丈夫か!?」


 ジョッキの三分の二くらいを飲み干したところで、篠崎さんが目を見開いて声をかけてきた。普段ならこんな無茶な飲み方はしないけど、雰囲気を明るくしないとだからな。


「大丈夫ですよ、慣れてますから!」

「なら、いいんだが」


 篠崎さんもちびりとウーロン茶を飲んでいた。さて、さっきの話の続きだ。理由は分からないが、泣くくらいには俺の恋人の有無が気になるんだもんな。


「えっと、恋人の話はですね」

「あ、ああ!」


 背筋を伸ばし、姿勢を正した篠崎さん。なんかこの人、いちいち所作に品があるんだよな。どっか良いところのご令嬢なのかも。


「結論から言えば、いま僕に恋人はいません」

「ほっ、本当か?」

「本当です、嘘はついてません」

「そうか。……安心した」


 篠崎さんはほっと息をついて、再びウーロン茶を口にした。それにつられて、俺もジョッキを持ち上げる。やれやれ、これでまずは一安心だな――


「で、では現在恋人を募集しているということでよろしいか?」

「ぶっ!?」


 今度は何を言っている!? 思わずビールを吹き出すところだったんだが!


「こ、恋人募集は別にしてないですけど!?」

「やはり募集しているのは花嫁なのか?」

「嫁ぇ!? もっと募集してないですよ!?」

「そ、そうなのか……」


 花嫁!? 俺まだ大学一年生だけど! そしてなんで篠崎さんはがっかりしてるの!?


「じゃ、じゃあ。もう一つ聞かせてくれないか」

「は、はあ……」


 もう怖いよ、俺この人が怖い。急に飲みに誘われたかと思えば、恋人はいるのかとか募集中なのかとか聞かれるんだもん。いくら美人だからって、こんな根堀り葉堀り聞かれたら流石に――


「君の言っていた『待っている人』とは誰なんだ?」

「へっ?」

「『俺を待つ人がいるから帰る』と、昨日言っていたではないか」


 待っている人……? 思わず困惑していると、篠崎さんは再び真剣な表情でこちらを見据えている。俺を待つ人って――


「あっ……!」


 ハッとして顔を上げる。その「待っている人」って、まさか――

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