第5話 君には恋人がいるのだろうか?
俺たちは中心部の駅まで地下鉄に乗って、今は駅前の通りを歩いている。また手を繋ごうとされたけど、流石に街中なのでやめてもらった。
「僕の知っている店でいいですか?」
「君と飲めれば、私はなんでもいい」
「は、はあ……」
どうしてここまで俺と飲むことにこだわっているんだろう? そもそもなぜ俺なんだ? 他の誰かと間違えてる? 似ている奴がいるのかな。とりあえず、今は飲み屋を決めるのが先だ。
「もう一個先の通りに、たまに行く飲み屋があるんです。安くて美味しいんですよ」
「そうか。君は……昨日より随分と丁寧だな」
「えっ、何のことですか?」
「もっと砕けた口調だったような気がするんだが」
篠崎さんは首をかしげて、不思議がっていた。でもなあ、首をかしげたいのはこっちなんだよな。
そうこうしているうちに、目的地の前に到着した。雑居ビルの一階に入っている居酒屋で、通りから店内がよく見える。値段は安くもなく高くもなく、って感じだな。
ドアを開けて中に入ると、よくある和風の居酒屋のような内装が目に入った。おっ、エアコンが効いてて涼しいな。
「すいませーん、二人なんですけど」
「いらっしゃいませー、どうぞあちらのお席へ」
「はーい、ありがとうございます」
ピースサインを作って店員に示すと、奥の方のテーブル席を案内された。時間もまだ早いし、ほとんどの席が埋まっていないみたいだ。
「なんだか……君は慣れているな」
「何がですか?」
「こういう店にはあまり来たことがないんだ。君はすごいな」
「は、はあ」
俺の後ろをついて歩いていた篠崎さんは、すっかり感心している様子だった。よく飲みに行くってだけなんだけど、それで褒められたのは人生で初めてかもしれないな。
席の近くに着くと、俺は篠崎さんに道を譲った。俺が上座ってのは変だろうし。
「ささ、どうぞどうぞ」
「わ、私が上座か?」
「はい、遠慮せずに」
「ありがとう」
飲みに行かない、という割に妙なことを気にするんだな。礼儀作法にうるさい家で育ったのかな?
なんて考えながら席につくと、ちょうど店員がやってきた。おしぼりを俺たちに手渡しながら、注文を聞いてくる。
「お飲み物、何になさいますか?」
「僕はビールにしますね。どうしますか?」
「えと……私は……」
飲み物のメニューを渡すと、篠崎さんは困った表情できょろきょろと周りを見回していた。どうしたんだろう?
「えっと、篠崎さんもビールにしますか?」
「いやっ、そうじゃないんだ! わた、私はまだ……」
まだ? 何のことだろう――
「私はまだ十九歳なんだっ!」
「えっ!?」
十九歳!? じゃあなんで飲みに誘ったの!? なんて疑問を思い浮かべていると、篠崎さんは焦ったような表情をしていた。
いや……冷静に考えれば、俺も篠崎さんもまだ大学一年生。そうか、二十歳じゃなくてもおかしくはないのか。
「あっ、もしかしてソフトドリンクを探してたんですか?」
「そっ、そうだ! すまない、気を遣わせてしまって」
「えっと、たしか裏面がソフドリだったと思いますよ」
「本当か! 感謝する!」
篠崎さんはメニューを裏返し、穴が開きそうなほどじっくりと見ていた。そんなに真剣にならなくてもいいと思うんだけど。妙に力が入っているというか、緊張しているか。
「すまない、私はウーロン茶を頼む!」
「かしこまりました、生とウーロン茶ですね~」
店員はさらさらとペンを走らせ、厨房の方に戻っていった。あー、それにしてもビックリした。
「すいません、まさか二十歳じゃないと思わなくて」
「いや、酒の一滴も飲めないのに誘ってしまってこちらこそすまない」
ますます俺を飲みに誘った動機が分からなくなってきた。相変わらず篠崎さんは緊張してるみたいだし。っていうか……こんな美人と向かい合うと、俺まで緊張しちゃうな。
「……」
「……」
沈黙が流れ、気まずい。いざ二人だけの時間になると、話す内容が特に思い浮かばない。同じ大学の一年生ってだけで、学部は違うしな。そもそも今日が初対面みたいなもんだし。何か、何か話さないと――
「「あのっ!」」
被った! 同時に顔を見上げて、同時に口を開いてしまった。
「す、すまない! 先に言ってくれ」
「いえっ、先にどうぞ!」
「そうか? じゃあ、失礼して……」
そう言って、篠崎さんはこほんと咳ばらいをした。さっきから言動が予測不可能だからな、この人。何を言われるのか分からな――
「き、君には恋人がいるのだろうか?」
「……へっ?」
ここここ恋人!? なんで!? 篠崎さんがなんで俺に恋人の有無を聞くの!? ってかそれも分からんのに宅飲みに誘おうとしてたってこと!? 感覚バグってない!?
「頼む、どうしても知りたいんだ。この通りだ!」
「だ、だから頭そんなに下げないでくださいってば!」
やっぱりこの人サラリーマンなんじゃないか!? というか恋人!? なぜそれをそこまで気にする!? テーブルに手をついて頭を下げる篠崎さんを宥めながら、俺は心の中でパニックに陥っていた――




