第31話 筋書きのない
俺はうまく水族館を抜け出し、出口で夏織さんのことを待っていた。本当はなあ、お土産屋さんとかも二人でのんびり眺めたかったんだけど。
あの「隠れファン」はまだ水族館を出ていないはず。だったらここで夏織さんと落ち合うのは大丈夫……だよな。
「すまん、お待たせした!」
その時、夏織さんがワンピースの裾を揺らしながら走ってきた。顔を火照らせて、焦ったような表情を浮かべている。
「すいません、突然変なことを言ってしまって」
「いや、大丈夫だ。私もよく知らない人間に話しかけられて困っていたところだ」
やっぱりそうだよなあ。
「何を言われたんですか?」
「誰と来たんですかとか、何人で来たんですかとか。友人と来たとだけ言ってあるから、怜のことは話していない」
「ええ、それで大丈夫です」
よかった、夏織さんが分かってくれていて。しかしだ、楽しませると言ったからにはここからデートプランを立て直さなければならん。ひとまず、ここを離れるとしようかな。
とは言っても……依然として日差しはカンカン照り。このまま遠くまで歩いていくのは現実的じゃないな。だったら――
「夏織さん、近場にいいところがあるんです。行ってみませんか?」
「構わないが……どこに行くんだ?」
首をかしげて、不安そうな顔をする夏織さん。そうだ、筋書きのないデートなら行くべきところはただ一つ!
「球でも打ちましょうか!」
***
色あせた操作盤が取り付けられたゲームの筐体が並び、窓の外からはカンカンと金属音が響き渡る。休日に身体を動かしに来た若者や、ユニフォーム姿の野球少年の姿も多くある。
「ここは……」
「バッティングセンターです! 夏織さん、来たことないかと思って!」
「テレビでは見たことがあったが……実際に来たのは初めてだ!」
身を乗り出すようにして、夏織さんはワクワクとした顔で目の前の光景に目を輝かせていた。たくさんの打席が並び、それぞれの中で皆がピッチングマシンに相対している。
「これは……どうやって遊ぶんだ?」
「ああ、打席に入って機械にコインを入れるんですよ。そうしたら、決まった数だけ球が出てくるんです」
夏織さんの手を引いて、とりあえず一番球速の遅い打席に連れていく。野球なんてやったこともないだろうしな。
「とりあえず、一番遅い球から打ってみましょうか。ワンピースですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、動く分には問題ない。靴も運動靴だしな」
下手にハイヒールなんか履いてたらこんなこと出来なかっただろうし、良かった良かった。夏織さんは扉を開け、打席に入る。
「これ、どっちの手を上にして握るんだー?」
「右利きですよね? だったら右が上です」
「へえ、そうか……」
夏織さんはしげしげとバットを見つめ、手にとった。あのバット、重くないかな? やっぱり女子だと大変だよな――
「意外と軽いな」
「へっ?」
今なんつった? 軽い? いくら弓道をしていたからって、そんな筋力があるような腕には見えない。って――夏織さん、百円入れちゃったよ。
「と、とにかく頑張ってください!」
夏織さんはバットを握り直しつつ、構えた。……あれ? 随分と様になってるな。野球はやったことないはずだろうに、なんで――
「ふんっ!」
「えっ?」
カーンと快音が響く。夏織さんが振ったバットから放たれた打球は――勢いよく、「ホームラン」と書かれた的にぶち当たったのだった。




