第2話 今日も飲んでくれるのか!?
昼休み、学食のカウンター席でかけそばをすすりながら――美少女に握らされたメモ用紙を見て、どうしたものかと考えを巡らせていた。
「……」
そこに記されていたのは、「篠崎 夏織 090-××××-××××」という文字。今どき電話番号だけって……せめてメールアドレスを教えてほしかった。
氏名の読みは分からないけど、「しのざきかおり」という響きに聞き覚えはあるので、多分そう読むのだと思う。前に聞いた話では、たしか経済学部の一年生だったような。
「ごちそーさま」
一人でパンと手を合わせ、食後の挨拶をした。盆を持って席を立ち、返却口に向かって歩き出す。
飲みに行こう、と言われたはいいものの。待ち合わせの時間も場所も決めていないのだから、やはり連絡してみるしかない。ここじゃ電話できないし、早く外に出るか。
お盆と丼を返却してから、俺は学食を後にした。昼休みで賑わう学生の波をかき分け、屋外に出る。まだ梅雨明けはしていないようだが、七月ということもあって日差しがカンカン照りだ。
「あっちいなあ……」
額ににじみ出る汗を拭いながら、ポケットからさっきのメモ用紙を取り出した。スマホを起動して、電話番号を打ち込んでいく。……番号で電話をかけるなんて、随分と久しぶりだな。
向こうも昼休みだろうから、講義中ではないはずだ。でも食事中かもしれないし、邪魔したら申し訳ないかな……。まあいい、かけてしまうか! さて、発信ボタンを押して――
『も、もしもし! 篠崎だが!』
「!?」
早くね!? プルルルル、の「プ」の音すら聞こえなかったぞ!? ……って、要件を伝えないと。
「もしもし? あの……朝に会った者ですけど」
『あ、ああ! すまない、店の外に出るから少し待っていてくれ』
「りょ、了解です」
明らかに向こうの声が上ずっていて、こちらまで動揺してしまう。しかし……本当に、どうして俺なんか飲みに誘ってくれたんだろう?
『ま、待たせたな。話を続けてくれ』
「えっと……」
電話をかけたはいいけど……話す内容を何も考えていなかった。夜に予定はないし、飲みに行くぶんには何の問題もない。でもなあ、俺この人とまともに話したことすらないし。
「飲みに行くって、話なんですけど」
『い、いいのか!? 今日も飲んでくれるのか!?』
「い、嫌ではないんですけど! ただその、どうして僕なんか誘うのかと思って……」
『何を言っている? 君が……その、あれだけ……』
「え、何の話ですか?」
『だから……君が……』
何かを言いよどんでいるような声。……まずい、全然分からない。
たしか「ゆうべはとても楽しかった」と言っていたけど、俺はずっと一人で飲んでいたと思うんだよな。サシ飲みドタキャンされたし。やっぱり腹立ってきたな――
『と、とにかく! また飲んでくれるんだな!?』
「はいっ!?」
なんだ急に!? スマホから大声が聞こえて、思わず素っ頓狂な声を出す。
『すまないっ、今日は遅くまで講義が入っているんだ! 五時に購買の前で待ち合わせではいかがだろうかっ!?』
「ももも、問題ないですっ!」
『じゃあ決まりだ! わ、私は楽しみにしてるからな! じゃあ!』
「ちょっ、ちょっと!」
話を続けようとしたところで、電話が切れてしまった。プー、プー……という音だけが聞こえてきて、思わず呆然と立ち尽くす。
「何がどうなっているんだ……??」
結局、午後五時の待ち合わせまで――俺は悶々とした時間を過ごすのだった。