第14話 うさぎ、跳ねる
「な、なんでアンタがそんなこと知ってんの!?」
「別にいいじゃないですか。話を続けましょうよ」
「ちょっ、ちょっと待って! アンタこそ本当に何者なの!?」
とうとう「おにいさん」じゃなくて「アンタ」呼びになっちまった。焦って素が出てきたみたいだな。さらに畳みかけるとするか。松岡が昨日飲みをドタキャンした理由は「彼女と会うため」だった、ってことは……
「ゆうべのデート、楽しかったですか?」
「は、はあっ!?」
椅子に座ったまま跳び上がる人間なんて初めて見た! 「うさぎたん」への動揺といい、コイツが松岡の彼女であることは間違いないな。
「そろそろ聞かせてください。あなたが何者なのかを」
「ちょっ、だからっ……! 私は、夏織のために……!」
「いま僕が夏織さんに電話して、尾行のことを伝えてもいいんですよ?」
「脅す気!?」
「お互い様では?」
「くぅ……!」
おっ、完全に観念したみたいだな。何も言わなくなったし、これで話をしてくれるだろう。
うさぎたんは顔を真っ赤にしたまま、もごもごと言いよどんでいたけど――しばらくしてから、やっと口を開いた。
「分かった、分かった! ……話すから」
***
改めて、俺たちは一から話をすることにした。お互い探り探りの状態で話をしていては誤解が生まれかねないからな。
「私の名前は白兎桜。夏織と同じ経済学部一年で、高校も同じ」
「へえ、そうだったんですね」
うさぎ、ってのは本名に入っていたのか。松岡が彼女をうさぎちゃんだと思い込んでる人間じゃなくて安心した。
「アンタは……」
「さっき聞いてたと思うので、大丈夫ですよね?」
「そっ! そうね」
白兎は一瞬動揺して、すぐ落ち着いた。やっぱり出身高校は夏織さんと同じで、学部も一緒か。だから仲が良いってわけだな。
「いろいろ聞きたいことはあるんですけど……まず、どうして僕と夏織さんが飲むことを知っていたんですか?」
「夏織がアンタと電話してるのを聞いてたの!」
「なるほど。だからって、どうして後をつけようだなんて思ったんですか?」
「それは……本当に、夏織が心配だったから……」
すっかり声を小さくして、ぶつぶつとつぶやく白兎。少なくとも夏織さんを想っての行動だったことは本当らしいんだよな。別に悪い人間ってわけではなさそうだ。
「夏織さんって、あまり男の人と関わってこなかったんですよね?」
「私は高校だけだけど、あの子は小学校からずっと女子校だったから。しかもあの調子だし、本当に男の人なんて目に入らなかったみたい」
「なるほど」
まさしく箱入り娘、というわけか。俺には想像もつかない世界だな。そういえば、夏織さんって友達いるのかな?
「夏織さんって、友達は多いんですか?」
「いや、私くらいじゃない? だってあの子、すっごいぶっきらぼうだし」
「そうなんですか? どっちかというと、感情豊かな印象でしたけど」
「……それはアンタが相手だからよ」
「?」
言葉遣いこそ固めだけど、結構面白い人だと思うのに。まあでも、高校時代からのお友達がそう言うならそうなんだろう。
それにしても、最初にコイツに声を掛けられた時はどうなることかと思ったが……なんとかなりそうだな。
「ねえ、何か頼まない? ポテトとか」
「いいですよ」
白兎はスマホを手に取り、再びQRコードを読み込んでいた。落ち着いてきたし、何か頼むなら飲もうかな。
「自分はグラスの赤ワインもお願いします」
「ん、分かった」
ワインってあんまり飲んだことなかったけど、昨日飲んだら意外と美味かったんだよな。相性が悪いのか、ちょっと酔いやすくなるみたいだけど。
「アンタ、結構お酒飲むの?」
「まあ、それなりには」
「へえ、そうなんだ。私もまだ飲めないから分かんないんだよねー」
俺たちはたわいもない会話を交わす。最初はとんでもない奴かと思ったけど、しっかり向き合えば話し合える相手みたいだな。まあ、仮にも松岡が選んだ彼女だもんな。でも「うさぎたん」だけはやめておけって――
「お待たせしました、赤ワインです」
「「はやっ」」
さすがファミレス、めちゃ早である。店員はテーブルにグラスを置き、忙しそうに去っていった。大変だなあ。
「ふー……」
俺は息をついて、ワインを口にした。おっ、安いわりに美味いな。なんだか飲みやすいし、結構いけそうな感じ。
「ん……?」
なんだか視界がぐらついている気がする。おかしいな、こんな量で酔うなんて。やっぱりワインは相性が悪いのか……。
「ちょっとアンタ、顔赤いけど大丈夫?」
「……?」
「ねえ、ちょっと……!」
深いまどろみに落ちていく。あれ、なんだろう。なんだか、昨日もこんなことがあった気がする――




