第1話 美少女から飲みに誘われる。……なんで?
「……やべっ!!」
アラームの音で飛び起きた。スマホの画面を見ると、時刻は既に八時をまわっている。まずい、今日は一限から授業なのにっ……!
「あんなに飲まなきゃ良かった……!」
慌ててベッドから降りて、大急ぎで着替えを始める。周囲を見渡すと、ゆうべ脱ぎ散らかしたであろうズボンやシャツが散乱していた。あーもう、頭がガンガンするしなんだか気持ちが悪い。
えーと、パソコンは入ってるし、筆記用具も入れたし、財布も持ったな。一限の教員、たしか遅刻に厳しいから早く行かないと……!
「行ってきまーすっ!」
誰もいないワンルームに挨拶を残して、俺は自宅を飛び出していった……。
***
「……に到着です。お出口は右側です」
プシューとドアが開いて、一斉に多くの学生が車内から降りていった。その波に揉まれるようにして、俺もホームに降り立つ。なんとかギリギリ間に合う時間の地下鉄に乗り込み、大学の最寄り駅に到着したのだ。
「危なかったな……」
定期入れを片手に階段を上りながら、ほっと息をついた。これで俺の単位は守られるってわけだ。二日酔いで遅刻、その挙句に落単……なんて洒落にならないからな。まだ一年生の七月だし――
「うおっ!?」
「おっと!」
いでえっ!? 階段を上り切ったところで、近くを歩いていた女子学生とぶつかってしまった。あれ、定期入れがどこかにいったな。周囲を歩く人たちをかわしながら、きょろきょろと周囲を見回していると、目の前に定期入れが差し出された。
「すまない。これ、落としたぞ」
「こちらこそすいません、不注意でした――」
顔を上げると……すっごい美少女が目の前にいる!? 髪は長くて綺麗だし、鼻筋は通って整った顔をしている。おまけに足も長いし……身長も170近くはありそうだな。夏なのに長いスカートを履いてカーディガンを羽織っていて、落ち着いた印象。
「ん?」
「ん?」
俺たちは顔を見合わせ、互いに首をかしげた。そういえばこの顔、見たことがある気がする。それこそ、キャンパスで評判になっていたはずだ。一年生にえらい美人がいるけど、誰も男と話している場面を見たことがないとか。
そうだ、だんだん思い出してきた。友達にこの美人さんの写真を見せられて、こんな子と付き合いたいもんだと嘆かれた気がする。お前にゃ他にも良い子がいる、だから気にするなと声をかけてやったらやっぱり他の子と付き合い始めたんだったな。
それで昨日、ソイツに「彼女に呼び出されたから」なんて言われてサシ飲みをドタキャンされて……なんか思い出したら腹が立ってきた! ってか遅刻する! 行かないと!
「えっと、自分はもう行くので。すいません、拾っていただいて……」
「ま、待ってくれ!」
「へっ?」
改札に向かって走り出そうとした瞬間――左手を掴まれた。思わず振り向くと、例の美人が俺の顔をじっと見ている。……なんだ? 俺が一方的に知っているだけで、知り合いでもなんでもないんだけど。
「その……ま、また今日も飲みに行かないか?」
「へっ?」
「ゆうべはとても楽しかった。こうしてまた会えるとは思っていなかったから、その……」
意外にも朴訥な口調ながら、目の前の美少女はなぜか頬を赤らめていた。か……可愛い。だけど何の話をしているんだ? ゆうべ? たしかずっと一人で飲んでいたはずなのに。
「すいません、人違いじゃ――」
「これ、私の連絡先だ! すまない、また連絡してくれ! じゃあ!」
「えっ、ちょっと!」
美少女は俺の手にメモ用紙か何かを握らせた……かと思えば、颯爽と走り去っていった。随分と古風な連絡先交換だな。赤外線通信どころの騒ぎじゃないぞ――って、そうじゃない!
「……なんで!?」
疑問を抱えながら、人が溢れるコンコースで立ち尽くす俺。案の定、一限には遅刻してしまい、無事に講義室から締め出されたのだが……唐突に美少女との飲み会が発生した俺にとっては、ある意味では些細な問題だった。