1.6話 明かされる余命と、夏への約束
1.6話 明かされる余命と、夏への約束
数日後の放課後、私はもう一度、あの病院の屋上を訪れた。
蒼が「検査がある」と言って早退したからだった。
鉄扉の向こう、そこには、いつも通りの海が広がっていた。
けれど、蒼の表情は、どこか少しだけ違っていた。
「……来てくれたんだね」
「うん。なんとなく……来なきゃって思ったの」
「そっか」
彼は、少しだけ迷うように視線を落としたあと、小さく深呼吸をした。
「天音。……俺、あんまり時間がないんだ」
風が吹いた。
強くも弱くもない、けれど、何かを吹き飛ばしてしまうような、そんな風だった。
「時間が……?」
「先生に言われた。あと、長くて一年。悪化すれば、もっと短いって」
言葉が、喉の奥で固まった。
何か言おうとしたのに、声にならなかった。
蒼は笑っていた。まるで、誰かを安心させるような笑顔だった。
「大丈夫。俺、自分のこと、ある程度は覚悟してるから。
でも、君には……黙っていようと思ってた。けど……なんか、君にはちゃんと話したくなった」
私は言った。
「……ありがとう。話してくれて」
「……いいの?」
「よくないよ。全然、よくない。でも、知らないふりするほうが……もっと、いやだった」
沈黙が落ちた。
だけどその沈黙は、以前よりもずっと、深く、確かにつながっていた。
蒼は小さな手帳を取り出した。
表紙には「夏の計画」と手書きで書かれていた。
「この夏、できるだけたくさん、行きたい場所とか、やりたいこととか、書き出してみた。
……全部叶えたいって思ってる。君と、一緒に」
私は手帳を受け取った。
ページをめくるたび、手書きのリストが並んでいた。
•海で朝焼けを見る
•商店街の夏祭りに行く
•一緒に写真展を開く
•星空の下で寝転ぶ
•病院の屋上で、花火をする
どれも普通で、でも、彼にとっては特別な願いだった。
「……絶対に、全部叶えようね」
「うん。約束」
彼の手が、そっと私の指に触れた。
それだけで、私は胸がいっぱいになった。
この夏が、永遠には続かないことを、もう私は知っていた。
それでも私は、彼と過ごす時間を、一枚一枚、心に焼きつけていこうと決めた。
――泡沫のように儚くとも、
それは確かに、美しく輝くものになるはずだから。