1.5話 心の距離、そして夕暮れの告白
1.5話 心の距離、そして夕暮れの告白
月曜日の朝、空は少し曇っていた。
けれど、蒼はいつも通り、校門の前で待っていた。
「おはよう、天音」
「おはよう。……調子、どう?」
「今日は、わりと元気。多分、君に会えると思ってたから」
不意に、胸の奥が熱くなる。
その言葉は、ふわりと心に触れて、形にならないまま沈んでいった。
放課後、喫茶店「うたかた」へ。
今日は珍しく、私たち以外にお客がいなかった。
マスターは「二階の在庫を整理してくるわね」と言い、静かな空間が残された。
「……ねぇ、蒼」
「ん?」
「私、あなたのこと……もっと知りたいと思ってる。写真みたいに。
何気ない瞬間を切り取って、ずっと残しておきたいって、思ってる」
蒼は目を丸くして、それから、少しだけ照れたように笑った。
「俺なんか、撮ってもつまんないよ」
「そんなことない。あなたは……すごく、綺麗だよ」
言葉にしてしまってから、自分で驚く。
でも、それは嘘じゃなかった。
海のように静かで、風のように自由で、どこか遠くへ行ってしまいそうな蒼を――私は、見ていたかった。
しばらく沈黙が続いた。
けれど、気まずくはなかった。むしろ、その沈黙が心をつないでいるように感じられた。
「天音」
「……うん?」
「俺、病気のこと、隠すつもりはなかったけど……こんなにすぐ、誰かに話せると思ってなかった」
「私も。誰かを、こんなに気になるなんて、思ってなかった」
夕暮れ。店を出て、私たちは海沿いを歩いた。
風が少し強くて、髪が顔にかかった。蒼がそれを、やさしく指先で払った。
「……ねぇ、もし俺が、いなくなっても、写真は残るのかな」
その言葉が、何気ないものではないと、すぐにわかった。
「蒼……」
「ごめん、変なこと言った」
「……それでも、私は撮るよ。あなたのこと。あなたの笑顔も、寂しさも、全部」
蒼は少しだけ目を伏せて、ふっと微笑んだ。
「それ、きっと、すごく綺麗な写真になるね」
私は頷いた。心の中で、シャッターを切るように。