1.4話 しおりの過去と、病院の屋上
1.4話 しおりの過去と、病院の屋上
週末、私はひとりで商店街を歩いていた。
いつもより風が強くて、洗濯物のはためく音が遠くから聞こえてくる。
日差しは暖かいのに、どこか風景が寂しく見えた。
喫茶店「うたかた」はお休みで、蒼の姿もなかった。
私はふと、坂の上にそびえる白い建物――汐見総合病院を見上げた。
彼が「病院から戻ってきた」と言っていたのを、なぜか急に思い出したからだ。
午後、連絡もなしに訪ねた私を、病院の受付の女性はやさしく通してくれた。
「蒼くんなら、今ちょうど上の階。屋上にいると思うよ。鍵、開けてもらってるから」
屋上。
風の音が強くなった。
鉄の扉を押し開けると、そこには海が広がっていた。
そして、その柵のそばに、彼は立っていた。
「……天音?」
「ごめん、勝手に来ちゃって」
「ううん。なんか、来てくれる気がしてた」
そう言って、蒼は微笑んだ。
風が彼の制服の裾を揺らす。
「ここ、俺の特等席なんだ。海が全部見える」
「すごい……まるで、世界の端っこに立ってるみたい」
「そう。俺もそう思ってた」
ふたりで並んで、しばらく何も言わずに海を眺めていた。
潮の匂い。カモメの鳴き声。どこかで聞こえる鐘の音。
彼が最初に言っていた言葉を思い出した。
“音がないほうが、心が聞こえるときって、あるよね”
「……蒼、病院って、よく来てるの?」
私は、そっと尋ねた。
彼は一瞬だけ視線を逸らし、それから静かに頷いた。
「うん。……俺、小さいころから心臓が悪くてさ。定期的に検査してるんだ。慣れっこだけどね」
「……そっか」
「びっくりした?」
「ううん。でも……咳、ちょっと心配だったから」
「それも、持病のせい。たまに、苦しくなる」
彼は淡々と語った。
まるでそれが、自分とは関係ない誰かの話のように。
沈黙が降りた。
けれど、それは居心地の悪いものではなかった。
私はただ、彼の隣にいることが、今は正しい気がした。
その帰り道、偶然しおりに会った。
商店街の小さな文房具店の前で、彼女は何かを探しているようだった。
「……しおり?」
「あ、天音。びっくりしたぁ!」
「さっき、蒼に会ってた。病院の屋上で」
その言葉に、しおりの表情が一瞬だけ曇った。
「……そうなんだ。あいつ、病院の屋上、好きなんだよね。昔から」
「昔から……?」
「うん。小学校のときから、何度も入院してた。だからあの屋上、あいつの隠れ家みたいなもん」
しおりの声が、少しだけ震えていた。
「正直言うと、私、あいつが“新しい誰か”と仲良くするの、怖かったんだ。
でも、天音が隣にいるの見て、ちょっとだけ安心した」
「どうして?」
「……あんたは、ちゃんと見てくれてるから。あいつのこと」
しおりの目はまっすぐだった。強さと、優しさと、そして少しの不安を含んでいた。