1.2話「写真の話、空の話、そして心の音」
1.2話「写真の話、空の話、そして心の音」
彼と並んで座っていると、時折、言葉がなくても平気だと感じる瞬間があった。
蒼は多くを語らない。けれど、不思議と居心地が悪くなかった。
「写真ってさ、何を撮るのが好きなの?」
突然、彼が尋ねてきた。
「……空、かな。あとは、風景とか、人のいない道。そういうの」
「へえ。人を撮るのは、苦手?」
「苦手っていうか……なんか、うまく切り取れない。風景のほうが、静かで落ち着く」
「わかる気がする。……音がないほうが、心が聞こえるときって、あるよね」
心が聞こえる。
なんだろう、この人は。
言葉の端々が、どこか詩的で、だけど無理がない。
私はそのとき、自分でも驚くほど自然に言葉を返していた。
「あなたは……何が好きなの?」
「俺?」
蒼は少しだけ考えてから、ぽつりと答えた。
「風の音。波の音。……あと、誰かと黙って歩く時間」
それって、つまり今日のことじゃないか――そう思ったけれど、口には出せなかった。
マスターが出してくれたアップルパイがとてもおいしかったことも、
店の中にあった古いカメラが気になったことも、
その時の私は、きっと全部、覚えていると思う。
店を出ると、もう日が落ちかけていた。
蒼と並んで歩く海沿いの道は、風が冷たかったけれど、どこか心地よかった。
「ねえ、白石さん。……明日もまた、一緒に帰ってもいい?」
「うん。いいよ。でも、“天音”でいいよ」
「そっか。……じゃあ、天音。よろしく」
名前を呼ばれただけなのに、胸の奥が、ふっと熱くなった。
帰り道、夕焼けを背にして歩く蒼の背中を、私はそっとカメラに収めた。
シャッターを押した瞬間、何かを閉じ込められたような、そんな感覚があった。