1.1話「教室と、喫茶店「うたかた」へ」
1.1話「教室と、喫茶店「うたかた」へ」
初めての教室。
その空気は、少しだけ重たかった。
きっと、誰でもそうなのだろう。
転校生が来ると聞けば、どんな人か気になる。でも、いざ本人を目の前にすると、どう接していいかわからない。
そんな視線が、教室のあちこちから刺さっていた。
「……白石天音さん、よろしくお願いします」
担任の先生の言葉に合わせて、私はお辞儀をした。
そして、そのまま空いていた一番後ろの席へと案内された。
窓の外には海が見えた。
この学校が、高台の上に建っている理由がわかった気がした。
「よろしくね!」
隣の席の女の子が、笑顔で声をかけてくれた。
「私は夏木しおり。しおりって呼んでね。何かわかんないことあったら、なんでも聞いて!」
「ありがとう……よろしくお願いします」
しおりの笑顔は、町の雰囲気と同じで、どこかゆっくりと心に沁みた。
授業はあっという間に終わり、放課後。
蒼は約束通り、私を喫茶店へ連れて行ってくれた。
「ここ。『うたかた』」
古びた木製の扉に、真鍮のベル。
ガラスにはレースのカーテンがかかっていて、控えめに「営業中」と書かれていた。
中に入ると、懐かしいような、甘いミルクとコーヒーの香りがした。
店内は静かだった。
テーブルが五つ。奥には本棚。壁には古い写真が何枚も飾られている。
「いらっしゃい、蒼くん。それと……あら、転校生ちゃん?」
出迎えてくれたのは、柔らかな笑顔の女性だった。年齢は五十代くらいだろうか。
「こんにちは、マスター。白石天音ちゃん。今日からこの町に来たんだ」
「そうなのね。ようこそ、汐見町へ。ここは“うたかた”――ゆっくりしていってね」
窓際の席に座り、私たちは並んでアイスミルクティーを飲んだ。
その窓からも、海がよく見えた。
「この店、ずっと昔からあるんだって。俺の母さんも高校のとき通ってたらしいよ」
「……落ち着きますね」
「でしょ? ……あのね」
ふと、蒼が声を低くした。
「君、写真……好きなんでしょ?」
「……え?」
「今朝、坂道で。気づかなかった? 君のバッグにぶら下がってたカメラのチャーム」
私はどきりとした。たしかに、あれは父がくれた小さな飾り。
「観察力あるね」
「観察してたんじゃないよ。……なんか、気になっただけ」
蒼の横顔が、少しだけ赤くなって見えたのは、夕陽のせいか、それとも――