酔っぱらいの噂話
町に出る前に女将さんがパンフレットをくれた。そこには「○○町○○温泉案内図」と可愛いポップの文字と、手書き風イラストの地図が描かれていた。
この町は観光に力を入れているらしい。いわゆる温泉街というものは僕たちが宿泊している温泉宿の周辺だけだが、町全体が観光に力を入れているので温泉街を離れてもお土産屋さんや飲食店が多く並んでいた。僕たちはひとまず温泉街を歩いて、その後町に出てみようという話になった。
温泉街とはいえ宿は僕たちが宿泊している一つしかなく、全体的にこじんまりとしていた。平日だからか観光客も少なくすれ違うのは地元の人ばかりだった。僕は歩きながら、ふと何か違和感を覚えた。
町に出て夕食を食べる店を探しているとき、違和感の正体に気が付いた。
「鯖江先輩、さっきの温泉街あたりに住んでいる人たち派手目な人が多くありませんでしたか?」
「そうだったかな?」
残念、あまり見ていなかったか。僕もそんな気がするだけだから仕方ない。
「赤い差し色を使っている人が多かった」
足根先輩がぼそっと呟いた。ああ確かに!と、鯖江先輩も具体的な色を聞いて思い出したのか同意の声を上げた。足根先輩、予想外の洞察力です。
「男の人もそんな感じでしたよね・・・。流行っているのかな?」
僕が覚えた違和感は恐らくそこだろう。お世辞にも似合っているとは言えないような真っ赤な帽子を被ったお爺さんや、真っ赤なポシェットを持ったお婆さんがいたような気がする。
「流行っているんだろう」
「流行りでしょうね、田舎だし」
先輩二人の意見をもらいすっきりした僕は「あ!あの店にしましょうよ!」と、地元の食材使っています!と書かれた幟がはためいている居酒屋を指さした。
居酒屋で四人テーブルに座り、僕たちは地元の食材を使った色んな料理や地酒を楽しんだ。少し酔っぱらったのか鯖江先輩が裏山の廃墟の話を始めた。
「行きたかったな・・・。幽霊に出会えたかもしれないのに」
鯖江先輩は幽霊と友達になることが大学在学中の目標らしい。大丈夫か、民俗学研究サークルは。
「まあ直接止められては行きづらいですよね」と、僕は同意した。
廃墟の話をしているとき、僕たちの会話に聞き耳を立てていたのか隣のテーブルで一人で飲んでいたおじさんが急に話しかけてきた。
「お前さんたち、あの宿に泊まっているんかい?」
「ええ、そうですよ」
鯖江先輩が笑顔で答える。さすが動じない。この人はコミュニケーション能力が異常に高いのだ。
「それなら、裏山の廃墟には気をつけろよ」
「宿の女将さんにも言われました」
「なんでかは聞いたか?」
「崖とかあって危険だと言っていたと思います」
「まあそれもある。でもそれだけじゃねえ。あのあたりはな・・・人が消えるんだ」
「人が消える?」
「昔から行方不明者が多いんだよ。俺の若いときはあの辺には近づくなって言われていた。大体一年に一人くらいのペースで誰かが行方不明になっていたんだ」
「それは多いですね・・・」
「そのせいで最近あの辺は心霊スポットとか呼ばれ出してな。温泉街の連中はそう呼ばれるのをかなり嫌がってる。そりゃそうだな、心霊スポット目当てで来る客なんて碌なもんじゃねえ」
「おっしゃる通りです」
僕は驚いて鯖江先輩を見た。先輩は笑顔を崩さない。こちらも見ない。
おじさんはお前さんたちも気をつけろよと言って、会計をして店を出て行った。
「興味深いね」
鯖江先輩はすっかり酔いが冷めたようで、わくわくした様子で僕たちに言った。
「大体女将さんから聞いた話でしたよ?」と友人が言う。鯖江先輩は人差し指を横に振った。
「女将は『裏山には入らないで』と言った。でもさっきのおじいさんは『裏山の廃墟に気を付けろ』と言ったのよ。行方不明の噂、恐らく本命はその廃墟。ああ、行ってみたい!」
僕は鯖江先輩の言葉を聞きながら、そういえばあの動画配信者は今晩廃墟に行くと言っていたけど大丈夫かなと思っていた。