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「僕」のとある文化人類学的事件簿  作者: 梅雨前線
裏には気をつけろ
8/19

裏山にご注意

 目的地の温泉宿がある○○町は、観光に力を入れている町だそうだ。僕たちは電車に乗りその温泉宿へ向かった。


 ○○町までは僕たちの街から電車で一時間ほどの距離にある。僕たちの乗る電車はいくつかの山を越え、何本かのトンネルを抜けて○○町を目指した。


「やっぱり、景色がいいね」


 鯖江先輩はさっきからずっと窓の外を見ている。窓からは緑から少しずつ秋の色に変わり始めた山々が流れていくのが見えた。なるほど、確かにいい景色だ。電車に小一時間乗るだけでこの景色を楽しめるのだから電車の旅も乙なものかもしれない。


 サークルメンバーは先輩二人と僕、それに僕と同学年の友人の四人である。この友人は以前飲み会に誘ってくれた人脈が三度の飯より好きな友人なのだが、なぜだかメンバーが極端に少ないこの民俗学研究サークルに入部した。理由は教えてくれないがどうせ鯖江先輩狙いだろう。僕とは違い邪な気持ちに違いない。僕とは違い。


 電車が目的地の○○町に着いたのはお昼をかなり過ぎたころだった。昼食を電車の中で済ませてきた僕たちはもうチェックインの時間ということもあり、そのまま歩いて宿へ向かった。宿に向かって歩いていくと少しずつ温泉街のような雰囲気が出てきた。街灯は少しおしゃれに装飾されていて、街の真ん中を流れる小川を照らしていた。お土産屋さんや飲食店もちらほら開いている。少し寂れて蔦が絡まった町の案内看板がある。そうこうしているうちに宿に到着した。


 「ほお、これはすごい」

 足根先輩が珍しく感嘆詞を口にした。しかしそれも理解できるほどその温泉宿は、こじんまりとしているが、古くて立派な木造建築だった。さぞ歴史のある建物に違いない。宿に入ると女将さんが出迎えてくれた。


「ようこそおいでくださいました」

 女将さんはスリッパを人数分用意して僕たちを部屋まで案内してくれた。玄関口は広く、入口に入ると正面には待合スペースがある。待合スペースの窓からは整備された日本庭園のような庭が見えた。葉が少し色づいていて秋の近づきを感じる。


「素敵なお庭ですね」と僕は感想を口にした。女将さんは笑顔で、「そうでしょう。この宿ができたときからある、由緒ある裏庭なんですよ。裏庭が見える部屋はいつも人気なんです。部屋数が少ないのが難点なんですけどね」と言った。


「残念だが我々の部屋は裏庭とは反対側だよ」と鯖江先輩が言う。それは残念。僕は元来景色を愛でる質ではないが、この風靡な雰囲気にあてられると誰でもそんな感性が生まれるのではないだろうかと思った。


 部屋に入る前に、女将さんが「ちょっと」と言って僕たちを引き留めた。


「ひとつ、ご注意があるのですが・・・。この宿の裏手に山があるでしょう?そこには入らないようにしてくださいね。廃墟とかがあって危ないので。まあお客さん方は大丈夫でしょうが」


 裏山に廃墟!鯖江先輩の雑誌に載っていた心霊スポットだろうか。鯖江先輩をちらりと見ると、それはそれは残念そうな表情を浮かべていた。どうやら忍び込む気満々だったらしい。廃墟とはいえ不法侵入になりますよと、心の中で思った。


 足根先輩と僕、鯖江先輩と友人で分かれて部屋に入った。

「18時、玄関前集合で!ご飯は外に食べに行くよ」と鯖江先輩は元気よく言い残して部屋に入って行った。僕は足根先輩とのそのそ自分たちの部屋に入った。


 「風呂行くか?」

 荷物を置いてのんびりしていると足根先輩が誘ってくれた。時計を見るとまだ17時。確かに集合時間までまだ時間がある。ありがたく誘いを受け、二人で大浴場に向かった。


 大浴場へ向かう途中客らしき男性とすれ違った。小型のアクションカメラを持ち、自撮りをしながら「○○温泉に来ています!今晩、心霊スポットと噂の廃墟に行ってみようと思いまーす!」と喋っている。動画配信を生業にしているのだろう。

「俺はああいうのは好かん」とすれ違った後に足根先輩が言った。僕は激しく頷いて同意を表した。


 大浴場に向かうと、女湯の入口前に鯖江先輩と友人が立っていた。


「おや、奇遇だね。君たちも今からかい?」


 鯖江先輩は、ここ天然温泉らしいよ!そこに効能が書かれたボードがあった!とテンション高めに言いながら女湯へ入って行った。僕たちも行きますかと、僕は足根先輩とともに男湯へ入った。


 僕はこういう大浴場では一番最初に全身を洗うタイプだ。しっかり身を清めてから湯をいただく。これぞ日本の精神。そんな僕の横を足根先輩はざばっと掛け湯だけして抜けていき湯舟に入って行った。


 壁の向こう。女湯から鯖江先輩のからっとした笑い声が聞こえる。うむ、これはまずい。よくない。僕の精神衛生がよくない。僕は全身をしっかり洗ったあと、雑念を落とすため水風呂に飛び込んだ。


 温泉はかなりいいものだった。ほどよくとろみがあって温泉を感じられそれでいてくさくはない、ちょうどいい塩梅の温泉だった。


 温泉から上がった僕と足根先輩は部屋に戻って火照った体を覚まし、18時になったタイミングで玄関前に向かった。そこには既に鯖江先輩を友人が待っていた。お風呂上りの鯖江先輩・・・。いや、やめておこう。


「よし、行こうか」

 鯖江先輩は爽やかにそう言って歩き出した。

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