『ぬのと たける』を殺してください
僕は映画監督の男に『会えませんか?』と連絡した。この前喫茶店で話した時に連絡先を交換しておいたのだ。僕の予想が合っているのか確かめたい。まあ、合っていたとして問題が解決するかは分からないけど。
アルバイト先の喫茶店に、初めてお客様として行った。マスターは僕のことを訝しげに見てきた。別にアルバイトが客として来てもいいだろう。
男は先に席に座っていた。僕の姿を見て手を挙げて場所を教えてくれた。僕は男の向かいに座る。男はついこの間会ったときより痩せているような感じがした。
「実は君にあの話をして以来、『ぬのと たける』の文字がずっと頭にいるんです」
男は少し微笑みながら言った。もうかなり限界のようだ。
僕は男に質問した。
「大学を辞めて放浪していたと言っていましたよね、具体的にどこに行ったか覚えていますか?」
「ええと・・・。東京からとりあえず夜行バスに乗って関西に行ったかな。大阪、神戸に行ったんだがなにぶん人ごみが苦手で・・・。その後人があまりいなさそうな鳥取と島根に行きましたね」
やっぱりか。
「島根はどうでしたか?」
男は僕の質問の意図が理解できず、なぜそんなことを聞くんだろうと不思議そうな顔をしていた。
「まあ、楽しかったですよ。海鮮も美味しかったし。何よりやっぱり神聖な場所っていう感じがしたかな」
「何かかわったことはありませんでしたか?どこかの神社で無礼なことをしたとか」
「君はたまに失礼ですよね。まあいいけど。・・・そんな失礼なことはしていないと思いますよ。神社やお寺は昔から好きなんでね。」
男はニコニコと笑いながら言った。
「ああ、そういえば」
「何か思い出しましたか?」
「ちょっと道に迷って山の中を歩いているときに、知らない神社を見つけたことがあったかな。山の中で携帯の電波もなくて、名前は分からなかったんだけど。でもこれはきっと神のお導きだって思いましたよ。かなり古くて朽ちかけていたけど、しっかり参拝したことを覚えています。いやあ、素敵な神社だったなあ」
ああ、予想が当たってしまった。僕は、目の前でこの前は見ることができなかった笑顔を浮かべる男の顔を見た。
「落ち着いて、よく聞いてください。あなたは神に憑かれているかもしれません」
「・・・どういう意味ですか?」
「まず『ぬのと たける』とは『布都 健』。恐らく『建布都神』と言って『タケミカヅチ』のことを指していると思います。『タケミカヅチ』は国譲り神話の中で、当時の地上世界を平定するため天上の世界から派遣された神の一人です。しかしそのとき、一部の地上の神々はそれに逆らいました。『タケミカヅチ』達はその神々を討伐しました」
「ああ、『タケミカヅチ』・・・。なるほど」
「あなたが島根で参拝したその神社は、もしかしたらその討伐された神が祭られている場所だったのかもしれません。その神があなたに憑いて『ぬのと たける』、つまり『タケミカヅチ』を殺したがっている。あなたの無意識を操って作品の中で『ぬのと たける』という名前を付け、相手に呪いをかけている。あくまで可能性ですが・・・。一応、すぐにお祓いできる場所を探すことをお勧めします。今までは映画の作品の中で殺していましたが、映画を作っていない今あなたに憑いている神は別の手段を取るかもしれない。直接あなたを操り、人を殺すとか」
僕が話を進める度に、男の口角は上がっていった。まるで、全て納得できているかのように。
「色々とありがとうございます。よく分かりました。ここ最近は頭に『ぬのと たける』が出てくる度、同時に殺意も出てきていたんですよ。いやあ、理由が分かってすっきりしました。なんだか憑き物が取れたみたいです。・・・って、まだ取れていないか。ハハハ・・・。ところで、不躾ながら一つお願いがあるんですが・・・」
「なんでしょう?」
「『ぬのと たける』を殺してくれませんか?」
あれ以来、男が僕のアルバイト先に来ることは無かった。噂話を教えてくれた先輩に聞いたら、行方が分からなくなっているそうだ。無事にお祓いに行ってくれていればいいんだけど・・・。
気が付けば夏は終わり、生暖かい風が僕を撫でていった。