表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「僕」のとある文化人類学的事件簿  作者: 梅雨前線
『ぬのと たける』を殺してください
4/19

民俗学研究サークル

 8月ももう終わりだというのに、セミたちは元気に泣きわめいて鼓膜の破壊を画策してくる。僕はうんざりするような暑さの中、大学へ向かって歩いていた。


 僕の通う大学は割と街中の方にあるので、最寄りの駅から歩いていくことができる。街中だというのにこのセミの声は一体どうなっているんだろう。電柱に止まるのはよした方がいいと思う。僕はそんなセミたちを睨みつけながら大学に到着した。


 夏休みに僕を呼び出した憎きゼミの教授の用事を済ませ、僕はサークル室に顔を出した。


『民俗学研究サークル』


 黒い、恐らく筆ペンで書かれた木のプレートがかかった部屋に入る。中にはサークルのマドンナ的存在である先輩が一人ソファに座って本を読んでいた。


「やあ、夏休みだというのにどうしたんだい」


「ゼミの教授に呼び出されまして・・・せっかくなら顔を出そうかなと思ったんですが、先輩一人ですか?」


「ああ、今日は私だけだな。せっかく顔を出してくれたのにすまないね」


「そんな!先輩に会えるだけでこの灼熱の中大学に来た甲斐があったというものです」


「相変わらず大袈裟だな君は」


 先輩はころころと笑った。なんて美しい笑い方なんだ。


「ところで先輩、何を読んでいるんですか?」


「ああ、これか?」


 先輩は読んでいた本の表紙を僕に向けて見せてくれた。


「日本書紀・・・また渋いものをお読みで」


「そういえば君は文化人類学科だったね。こういったものは詳しいんじゃないのかい?」


「ほどほどですよ。好きではありますが」


「私は今、『国譲り神話』のところを読んでいるんだが、いやはや面白いね」


「たけみかづちとか出てくるところですね。あそこは日本書紀の中でも特に盛り上がる場面です」


「あまりそういう表現は聞いたことがないな、まったく調子のいいやつだ」


 僕は急に、あの映画監督の男の話を思い出した。


「先輩、『ぬのと たける』ってご存じですか?」


「いや、聞いたことがないな。有名人か?」


「まあある意味有名人ではありますが・・・、変なこと聞いてすいません!忘れてください」


「悪いね、お役に立てなかったようだ」


 僕はしばらく先輩と世間話をして、サークル部屋を後にした。いやはや、今日は大学に来てよかった。呼び出してくれた教授に感謝しよう。


 それにしても、なぜあのとき『ぬのと たける』が頭に浮かんだのだろう。もしや僕も何かの呪いにかかったのだろうか。


 ふむ、馬鹿馬鹿しい。さっさと家に帰ろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ