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「僕」のとある文化人類学的事件簿  作者: 梅雨前線
『ぬのと たける』を殺してください
3/19

『ぬのと たける』

 僕はアルバイトからの帰り道、男から聞いた話を思い出していた。


 「一作目のときは、まあ正直あまり気にしていませんでした。亡くなった役者の方も知り合いの知り合いくらいの人だったので・・・。よくないですよね。まあでも本当に気にしていなかったというのが本心です。『ぬのとたける』とかいう名前もすぐに忘れてしまっていました。


 数か月後にまた映画を撮りました。今度は気持ちを一新してパニック映画を撮ってみたんです。・・・ええ、ゾンビ物です。当時滅茶苦茶流行ったゾンビ物の自主映画があったでしょう。恥ずかしながら影響を受けやすい質なんです。・・・そうです。この作品を撮り終わって編集作業に入ったときに、また警察の方が来られました。今回は僕がお願いして来てもらっていた大学時代の友人が亡くなったんです。さすがにショックでした。今回は事情聴取も長くて、警察署まで足を運んだりもしました。死因とかは聞いていないんですけど、また変な死に方だったらしく、警察もさすがに何かしら繋がりがあるだろうと思っていたみたいです。運がいいのか何なのか、僕はまたアリバイがありました。


 ・・・ええ、さすがに覚えています。確か10月13日だったかな。覚えやすいですよね・・・。いや、これは不謹慎か、忘れてください。この友人は、映画の中盤で仲間とはぐれてゾンビに食べられて死ぬ役でした。セリフもありましたし、役名もありました。その友人の本名をもじって僕が考えたんです。確かに覚えています。ですが、ふと気になって台本を見たら、その名前が全て『ぬのと たける』に替わっていました。流石に誰かの悪いいたずらだろうと思って、映画作りを手伝ってくれていた友人達に聞いて回ったんですが、皆最初からこの役名は『ぬのと たける』だったって言うんです。僕はもう頭がおかしくなるかと思いました。


 ・・・そうですね、多分友人たちは僕がもう既におかしくなったと思っていたと思います。僕は半狂乱になって、家に帰って編集途中の映像を観てみたんですが・・・。劇中で呼ばれるその名前が全部『ぬのと たける』になっていました。『ぬのと!』とか『たける!』とかって呼ばれているんです。流石に違和感がありますよね。でも演じている役者達は全くの自然体のように見えました。あれ以来僕はその映像は観ていません。編集も途中で辞めてしまいました。」




「二作目でそんな事件があって、僕はもう映画を撮る気がなくなっていました。制作を手伝ってくれた友人や他の役者達に出演料を支払わないといけなくて、でも作った映画はどこにも出せないので死ぬ気でアルバイトをしていました。四つくらい掛け持ちしていましたね。がむしゃらに働いていればあのときのことを思い出さなくて済むとも思っていました。働いて、飯食って寝て、起きたらまた働いて・・・。休んでいるとあのことを思い出してしまうので、休みなしで一年くらいそんな生活をしていました。


 次の映画はそう、友人に誘われたことがきっかけでした。中学校からの友人で、彼は高校を中退して役者の道に進んでいたんです。その頃には僕の映画に出たら死ぬとかいう変な噂も立っていて・・・、心配したその友人がもう一回撮ろう!と誘ってくれたんです。僕もこのままではいけないと思ってその誘いを受けました。いいやつですよね・・・。


 はい、そうです。その友人は死にました。映画は純愛もので、その友人は病気の主人公の役でした。ヒロインに病室で告白をするシーンなんかは、撮影していて涙が出ましたよ。撮影がクランクアップした日、打ち上げに行きました。みんなでお酒を飲んでよくやったなとか、これは売れるぞとか。肩を抱き合って泣きました。滅茶苦茶いい作品が撮れたと思っていたんですよ。打ち上げは夜中に解散になりました。友人は、他の仲間とまだ飲みにいくんだと言っていました。僕も誘われたんですが、かなり疲れていたこともあって、その日は誘いを断って家に帰りました。お酒もいい感じに入っていて、余韻に浸りながら台本をパラパラと見ていたんです。・・・これ、僕が台本を見なければ彼は死なずに済んだんですかね。僕にはもう分かりません。

 

 台本の、その友人が演じた主役の名前が全部『ぬのと たける』になっていました。酔いが一気に覚めたのは今でも覚えていますよ。背筋が冷たくなる感覚も。僕は急いで彼に電話をしました。彼は二度と電話には出てくれませんでした。一緒に飲みに行っていた他の友人に聞いたのですが、皆で繁華街を歩いていた時、彼は急に様子がおかしくなって走って裏道に入っていって、戻ってこなかったそうです。他の友人はそのとき、彼が酔っぱらい過ぎたんだろうと思っていたらしいです。次の日、繁華街近くの公園で彼の遺体が発見されました。何日も取調室に入れられました。そりゃそうですよね、僕の作品に出た役者が三人連続で不審死しているんですから。しかも悪ふざけみたいに、皆役名が『ぬのと たける』なんですよ。僕が警察でも僕を疑います。・・・ええ、全部警察には話しました。台本の役名が勝手に替わっていることも。まあ信じてはもらえませんでしたけどね。当然です。


 そして、僕には今回もまたアリバイがありました。家から彼の携帯に電話していたんです。僕の家から繁華街まではかなり距離もありますし。結局数日で釈放されました。あのときはいっその事捕まえてくれって思いもしました。それくらい辛かったんです。その後はもう皆離れていきました。映画は撮っていませんし観てもいません。台本は全て燃やしました」


「もう全て捨てたはずなのに、たまに『ぬのと たける』っていう文字が頭をよぎるんです。道を歩いているときや雑誌を読んでいるときも『布』とか『都』とか、『ぬ の と』って読める文字をつい目で追ってしまうんです。なんか病気なんですかね。解決する方法知っていたら、教えてください」

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