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「僕」のとある文化人類学的事件簿  作者: 梅雨前線
『ぬのと たける』を殺してください
2/19

記憶にない名前

 飲み会で先輩から興味深い話を聞いた数日後、僕はアルバイト先の喫茶店で働いていた。至極真面目な勤務態度の僕は、この日も数人しかいない客にコーヒーを提供したり、カップを洗ったりと大忙しだった。客がいつも少ないこともあって、常連の顔はすぐに覚えることができた。果たして映画監督っぽい顔の常連なんていただろうか。


 客がいなくなったときに、マスターに聞いてみるとあっさりと教えてくれた。芸術系の大学に通っていたが中退し、アルバイトをしながら自主映画を撮っている常連の男がいるそうだ。この店、個人情報が筒抜けである。全くもってこの時代にそぐわない。だから客が少ないのだ。


 客が一人来店したとき、「ほら、あの人だよ」とマスターが早速個人情報を漏らした。まあ、今回はその口の緩さに感謝しよう。僕はその男に注文を聞きに行った。


 確かに、この店で何度か見たことのある顔だった。いつも疲れた顔をしている印象がある。注文を聞くと、うーんうーんと唸り、「・・・ホットコーヒーで」と言った。


 マスターに注文を伝えると、すぐにコポコポとコーヒーを入れ始めた。男の他に客はいない。僕は出来上がったコーヒーを丸いトレイに載せて男のテーブルへ向かった。


 お待たせしましたホットコーヒーですと、定型文を流れるように口にする。男は聞き取れないほど小さな声で「ありがとう」と言った。まるで覇気を感じない。これで監督が務まるのだろうか。


 コーヒーを置いても立ち去らない僕を、その男は不思議そうに見つめてきた。

「あ、あの・・・。まだ何か?」

僕は話をしてくれた先輩の名前を言い、この人から聞いたんですけど噂話は本当ですか?と、今にも砂になりそうな顔の男に質問を投げかけた。


 男は眉間にしわをよせた。皺のよった顔を見て僕は、ああ、この人は結構いい年齢なんだなと思った。

「急に失礼ですね」

 まったくもってその通りである。僕は激しく賛同した。しかし、この非常につまらない夏休みに終止符を打つため僕は重ねて、お話お聞かせください!実は怪異現象に興味がありまして・・・と男に告げた。まあ嘘ではない。怪異の類は大好きだ。


 男は割とすぐに僕を信用して話をしてくれた。どうやら、この話に興味を持って近付いてくる人間は大抵その男が殺したんじゃないかと思うやつがほとんどだったらしい。僕がそれを怪奇現象だと言ったことで、ちょっとばかり安心したようだ。マスターに休憩貰いますねと伝えて許可を貰い、僕はエプロンを外して男の正面に座った。


「記憶にないんです」

 男はしばらく黙っていた後、話をそう切り出した。

「確かに僕は、サスペンスというか人がよく死ぬ映画を昔から好んで撮っていました。それがちょうど三年前のことです。大学を中退してしばらくは映画から離れていました。色々と放浪した後、アルバイトを始めて、お金を貯めてもう一度映画を撮り始めたんです。それが起きたのはその復帰一作目のことでした。」


 男はまた黙った。ここで先を急かしても無駄だろう。僕は手を挙げてマスターを呼び、男のコーヒーのお替りとミックスジュースを注文した。マスターは少し呆れた顔で注文を受けてくれた。別にアルバイトが休憩中に注文するくらい許してほしいものだ。しばらくしてホットコーヒーとミックスジュースが運ばれてきた。男はまた小声で「ありがとうございます」と言った。男はホットコーヒーを一口飲み、話し出した。


「撮影が終わって数日後、警察の方がやってきました。僕の映画に出ていた役者が亡くなったとのことで、いわゆる事情聴取ってやつです。どうやら変な死に方をしていたみたいで・・・。よくある、この日この時間何をしていましたかと聞かれました。・・・ええ、すません。さすがにもう三年前のことなのでそれが何日のことだったかは忘れてしまいました。でもその日僕にはアリバイがあって、警察も話を聞きにきたのは、結局その一回だけでした。ただ、変なことがあったんです」

 

 男はここまでを一気に話し、またコーヒーを一口飲んだ。変なこととは?と、僕は身を乗り出して男に尋ねた。ここからが本題だと僕の勘が叫んでいる。


「亡くなった方の役は本当に端役で、出てきてすぐに死んでしまうような役でした。なので、一応役名を決めてはいたと思うのですが劇中でも名前は出てこないので、警察の方が来られた時にその役名を思い出せず・・・。警察の方が帰った後、台本を見てみたのですが、その名前を付けた記憶が全くなかったんです」


「どんな名前?・・・なんだかあまり口にしたくないんですが・・・。平仮名で『ぬのと たける』と書かれていました」


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