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「僕」のとある文化人類学的事件簿  作者: 梅雨前線
裏には気をつけろ
14/19

信仰と供物

 その後、女将さんは逮捕された。ニュースで得た情報では夕食に毒を入れて殺し、窓から裏庭に投げて出し、予め掘ってあった穴に入れて埋めたのだそうだ。どうやら彼は人気の裏庭側の部屋に宿泊していたらしい。いや、これは羨ましくない。


 そして裏庭から出てきた遺体は彼だけではなかった。数人分の人骨も同時に出てきたのだ。それはここ数年で行方不明になり、遭難扱いされてきた人たちの骨だった。犯人は恐らく女将さんだろう。今回と同じ方法で宿泊客を殺し続け、全て遭難したかのように細工したのだ。町に一つしかない温泉宿は閉鎖。町も温泉街もこれから少しずつ廃れていくだろう。


 そんなことが書かれたネットニュースを僕はサークル部屋で鯖江先輩と二人で見ていた。足根先輩は帰った。友人は飲み会らしい。あんなことがあったのに元気なやつだ。


 ネットニュースには、女将さんの動機は分かっていないが取り調べではしきりに「供物が・・・供物です・・・」という意味不明の供述をしていて、精神鑑定を行う予定だと書かれていた。


 「結局、あの赤い物と神棚はなんだったんだろうね。この女将さんの供物っていうのもなんだか不気味だし」


 鯖江先輩はネットニュースを映していた携帯をそっと閉じながら言った。僕にはそれに心当たりがあった。不思議な事件にはやはり不思議がつくものだ。


「あの赤い物、あれはおそらく疱瘡神信仰だと思います。」


「ほうそうがみしんこう?」


「民間信仰の一つです。天然痘って知ってますよね?昔はかなり死亡率の高かった病気で、昔の人はその病気を神の怒りととらえてそれを鎮めようとしました。それが疱瘡神信仰です。その疱瘡神信仰の中に赤いものを供物に捧げるという方法があります。温泉街の人々も赤い物を身につけていましたよね。恐らく何らかの理由で△△村では、昔から行われていた疱瘡神信仰がまだ続いていたのではないでしょうか?」


 説明をしながら思い出した。町役場の展示に昔疫病が流行って大勢の人が亡くなったと書かれたボードがあったことを。その疫病が恐らく天然痘なのだろう。


「なるほど・・・。では廃墟で祀られていたものは疱瘡神というわけか」


 鯖江先輩は静かに呟いた。少しテンションが低いように見える。気持ちは分かる。


「しかしそれでもまだ疑問がある。今まで行方不明になった人のことだ。宿の裏庭から発見された人骨は数人分。覚えているか?居酒屋のおじさんの話だよ。彼は『昔からあの辺は行方不明になる者が多かった』と言っていた。昔からだ。一年に一人として恐らく発見された人骨だけでは数が足りないだろう。・・・まさか疱瘡神による神隠しとか言わないでくれよ」


「まあ、それもなんとなく分かります」


「本当か?」


「ええ、あくまで予想ですけど・・・。『供物』って供述から恐らく△△村では一年に一人、人身御供をすることも疱瘡神信仰の一つだったんでしょう。一般的には聞いたことはありませんが、民間信仰っていうのはその土地によって独自のものが多くあります。これもそのうちの一つだと思います。」


「ではやはり今までの行方不明の人たちも殺されていると?だとしたら遺体はどこに?」


 先輩が少し元気になってきた。謎がこの人を強くするのか?勘弁願いたい。


「殺されているでしょうね。きっちり一年に一人ずつ。恐らく昔は隣村だった○○村の人間が多く殺されていたのでしょう。そしてそれが観光客や肝試しにくる人間にかわっていった。それは、あの廃墟が心霊スポットとして有名になってしまったからでしょう」


「それでは、他の人たちの遺体は・・・」


「ええ、廃墟の近くか、その床下か。そのあたりに埋まっていると思います。△△村では昔からあの場所に人身御供を埋めてきたのでしょう。もしかしたら埋めている場所を隠すためにあの建物を建てたのかもしれません。それが、心霊スポットとしてネットで有名になった。これはインターネットの弊害ですね。本当に危険なところが簡単に大勢に知られてしまう。・・・彼らは埋める場所を変える必要ができた。しかし、これは運が良かったのか神が味方したのか・・・。温泉街では冷やかしの観光客が増えた。わざわざ夜に裏山に入っていく人間が。それを殺して遭難扱いにさせることは容易だったでしょう。今回の配信者の男のように、そういう人間は裏山に一番近いあの温泉宿に泊まる。女将さんが手を染め続けたのはそのせいでしょうね。そして宿の中ではあの廃墟の神棚に一番近い、裏庭に埋め続けた」


「女将さんは全てを背負って神に供物を捧げ続けたというわけか・・・。これでは誰が本当の供物か分からんな」


「まあ、今話したことは全て想像ですけどね。神に関わることは科学的に立証することができないので」


「そうだな。・・・いや、本当にありがとう。すっきりしたよ。もしかしたら私たちが行ったあの場所に多くの人々が眠っていたのかもしれない。足りないかもしれないが、今からでも祈っておこう」


 そう、全ては想像。これを警官に話したところであの廃墟のまわりを掘り起こしてくれることはないだろう。もちろん僕が行って掘り起こして確認する気もない。これから偶然にも発見されることを祈ろう。


 全て言葉にして説明をすると頭の中が整理される。この作業は気持ちのいいものだ。僕は帰っていく先輩を見送り、サークル部屋のソファに腰かけた。


 なぜだか、微妙にまだ何かが残っている。なんだ。何かの答えが出ていない気がする。


 違和感を感じた場面を思い出していく。とある場面が頭に浮かんだ。温泉街の人々の顔、△△村の頃を懐かしむような表情。全員があの表情をしていた。まるで当時のことを知っているかのように。


 もう一つの場面を思い出す。町役場の、あの展示物。合併された年数。はっきりとは見ていなかったが、あれは確か。


「80年前・・・か」


 あの温泉街でいまだに疱瘡神信仰が続いているのは、もしかしたら。

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