怪しい遭難
僕は不思議な事象や話が昔から好きだ。体質なのか運命なのか、僕の周りには昔からそういった不思議な悩みを持った人が集まってきたり不思議なことが起こったりする。特にこの民俗学研究サークルに入ってからはその回数が増えた。理由は分からないが、僕は好きなお菓子を与えられた子どものようにそのことが純粋に嬉しかった。
僕は別に問題を解決したい訳ではない。もちろん困っている人がいれば助けになりたいとは人並みに思ってはいる。でもそのためだけに僕が熱心に何かをするということはない。僕はあくまで傍観者でいたいのだ。聞こえは悪いけど・・・。
しかしたまに、問題解決を避けられない事態に直面することもある。それは『事件に巻き込まれたとき』だ。解決しないと僕が困る立場になってしまったり、その場から抜け出せなくなるとき、僕は誠に遺憾ながら問題解決のために頭を働かせる。そしてそれは往々にして突然起こるものだということを、僕は温泉の気持ちよさからすっかり忘れていた。
温泉から出てくると宿の玄関口で警官と女将さんが話をしていた。警官は何やら土で汚れた鞄と、どこか見覚えのあるアクションカメラを手に持っていた。
何かありましたかと、僕は尋ねた。
「あら、お客さん。実は昨晩からお客様がお一人帰られておらず・・・。そのお客様の荷物が・・・」
「裏山の、廃墟の奥の道に落ちていたんですよ」
警官が女将さんの後をついで言った。
「近くに人はいませんでした。恐らく遭難したのでしょう」
僕たちは宿の大広間に集められた。警官は温泉街にある交番に務めているらしく、「本部に連絡してきます!」と言って電話をしていた。
「本部から応援が来るまで、皆さんはこの部屋でお待ちください」
電話が終わると警官はそう言い残して宿の玄関口へ行った。呼んだ応援を出迎えるのだろう。
「大変なことになったわね」
鯖江先輩は心配そうに言った。その言い方に少しだけ何かを期待するような意味合いを感じたのは、まあ気のせいだろう。
「いなくなったのはあの男か」
と、足根先輩が言う。あの男とは恐らく昨日宿で見かけた動画配信者の男のことだろう。部屋を見回すと客は僕たち四人以外に二人。この二人はカップルのようで、何事かと不安げな様子で肩を寄せ合って座っている。ふむ、実に羨ましい・・・。
「多分そうですね、さっき警官の方が鞄とカメラを持っていました。裏山で見つけたみたいですよ」
「あの男って?」
そうか、鯖江先輩たちは見ていないのか。僕は簡単に昨日宿で出会った男の話をした。
「じゃあその彼は夜に廃墟へ行ってそのまま遭難したってわけね」
鯖江先輩はまるで探偵のように、手を顎にあてて何事かを考えこんだ。やはり楽しそうだ。
外からサイレンの音が近づいてきて宿の前で鳴りやんだ。それからしばらくして二人の警官がやってきた。
「どうも、★★県警です。あとで皆さんからお話お聞きしますので、もうしばらくここでお待ちくださいね」
警官は慣れたように女将さんに空き部屋の手配を依頼して広間を出て行った。恐らく現場を見に行ったのだろう。まあ、待つしかないわねと鯖江先輩は言った。先輩にはもう少しわくわくを我慢してもらいたい。
すぐに警官たちは戻ってきた。そして、今から話を聞きますねと言い僕たちは順番に呼ばれた。一番最初は僕だった。
警官には定型通りのことを聞かれ、僕はよどみなくその質問に答えていった。誰かを疑っているとかそんな雰囲気は感じなかった。恐らく、動画配信者の男は遭難したと思っているのだろう。実際に僕が廃墟に撮影に行くと聞きましたと話すと、ああやっぱりねと呟いたのが聞こえた。警官たちはもう答えは出ているという感じだった。
事情聴取はすぐに終わった。「ご協力ありがとうございました」と言い、出口を指す警官に僕は一つだけ質問をした。
「遭難だとして、捜索隊は来ないのですか?」
警官は苦笑いしながら答えてくれた。
「昨日の雨でこの町に来るための道路がやられていてね。僕らは町の方にいたから来れたんだけど、捜索隊が来るのにはもう少しかかるかな」
その言い方は動画配信者の男がもう既に死んでいるような、焦りを感じない穏やかなものだった。
その後は足根先輩、鯖江先輩、友人、カップルの男性、カップルの女性の順で事情聴取が進んだ。鯖江先輩が戻ってきたとき、何か納得していないような表情をしていたので「どうしましたか?」と聞いてしまったのが悪手だったのかもしれない。
鯖江先輩はよくぞ聞いてくれましたという顔で早口で僕に向かってまくし立てた。
「おかしいことがあってね。彼はカメラを持って行ったのでしょう?おそらく撮影をしていたはず。それを見れば遭難するまでの映像が見られるんじゃないかと思って警官に聞いてみたんだ。それが警官は『何も映っていなかった』って。動画配信者なのにそんなことはないと思わない?」
雨だから撮らなかったんでしょうと友人が言ったが、それならわざわざ行かないでしょうと先輩に一蹴されていた。それにしてもなんと口の軽い警官だ。
しかし、その話を聞いて僕もおかしいと思うことがあった。それを口にする。
「宿で会った時、彼は宿の中で撮影をしていました。データが全くないというのは確かにおかしいと思います」
何かがおかしい。僕たちは顔を見合わせた。