昔はよかったと人は言う
夕食を終えた僕たちはまっすぐ宿に戻った。「明日は行方不明の噂について聞き込みに行くわ。これが民俗学研究サークルのフィールドワークよ!」と言い残し、鯖江先輩は部屋に戻って行った。フィールドワークと言えばなんでもいいと思っているのだろう。僕と足根先輩も部屋へ戻った。部屋に入ってすぐ足根先輩は、「風呂行ってくる」と言い大浴場へ行った。僕は少し酔いを覚まそうと宿の中を散策することにした。
外はしとしとと雨が降っていた。動画配信者の男の姿はない。部屋か、風呂か、もしくは本当に廃墟へ行ったのだろうか・・・。考え事をしながら宿を歩き回った。しばらくして酔いが覚めた僕は大浴場へ向かった。
男湯に入ろうとすると、出てきた足根先輩と鉢合わせた。
「おう、今からか」
「はい」
「先寝とくぞ」
「分かりました」
部屋に戻る足根先輩を見送り、僕は脱衣所の時計を見た。
『21:00』
まったく健康的な先輩だ。僕はその後、貸し切りの大浴場を堪能した。
朝には雨も止み、いいフィールドワーク?日和だった。しかしなんとも残念なことに友人は体調を崩してしまったらしい。「長湯し過ぎたのよ」と鯖江先輩が言っていた。大方鯖江先輩と一緒に風呂に入ってのぼせたんだろう。まったくうらやま・・・けしからんやつだ。
「おれが見とくよ」と、足根先輩は自分が宿に残って面倒を見ると言った。見とくといいながら風呂に入るんだろうなこの人は。
結局、聞き込みは僕と鯖江先輩の二人で行くことになった。これはこれでラッキーだ。
僕たちはとりあえず、町中の昨日夕食を食べたあたりへ向かった。町は土産屋や喫茶店が営業をしていて、居酒屋はほとんど閉店中だった。鯖江先輩は店の人やお散歩中のお婆さんなど色んな人に話しかけ、行方不明の噂について聞いてまわった。しかし誰に聞いても昨日話してくれた酔っぱらいのおじさん以上の話は聞けなかった。鯖江先輩は残念そうな顔をしていた。
二人で町を散策していると町役場が見えた。そこのフリースペースのような場所に、『○○町の歴史展示スペースあります・見学無料』と書かれた看板が立っていた。鯖江先輩はそれを見て元気を取り戻し「行ってみようか!何か手がかりがあるかも」と言って町役場に入っていった。僕も急いで後を追う。
展示スペースは無料というだけあってかなりこじんまりとしていた。発掘された土器が数点ガラスケースに入っていたり、昔疫病が流行って大勢の人が亡くなりましたという説明の書かれた小さなボードがあったりした。ふむふむと土器がどの時代の物なのかの説明を読んでいると、先輩が僕を呼ぶ声がした。「これを見てくれ」そう言った先輩がいるコーナーにはこう書かれていた。
『○○町の歴史』
そう書かれたコーナーには、年代とそれに合わせた白黒やカラーの写真、その年代であった出来事が書かれた大きなボードが何枚か置いてあった。そのうちの一つに、『□□年 ○○村と△△村が合併し○○町へ 時代の変化に合わせて』と書かれたタイトルのものがあった。タイトルの下には、合併前と合併後の地図が載っている。
「これを見ると温泉街のあるところは昔、△△村という名前だったみたいね。道理で町の人と温泉街の人は雰囲気が違うわけだわ」
鯖江先輩はまじまじとボードを見ながらそう言った。確かに昨日見た温泉街の人は派手目な色の服装をしていたが、町中の人はそうではなかった。
他に目ぼしい情報は特になく、僕たちは温泉街の方へと戻り聞き込みを続けた。
温泉街で聞き込みをすると町中の人々とは違った反応があった。どの人も裏山や廃墟のことは話したがらない様子だったが、昔ここは△△村という名前だったんですか?と質問するとどの人もそのときを懐かしむような表情をしながら、「あの頃はよかった」というニュアンスのことを言っていた。
「みんな、今の町が好きではないみたいね」
鯖江先輩はそう言って温泉宿へ戻った。
宿に戻ると受付に女将さんが座っていた。
「おかえりなさい」
と、笑顔で出迎えてくれる。ただいまですと僕たちは返事をした。鯖江先輩が「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、今お時間大丈夫ですか?」と女将さんに聞くと「大丈夫ですよ」と答えた。鯖江先輩は今日何十回も繰り返した質問を女将さんにした。
女将さんによると温泉街の人が心霊スポットの話を嫌がるのは、興味本位で訪れる礼儀知らずの若者が増えたからだそうだ。なるほど確かに、それは僕でも嫌だ。また鯖江先輩の予想通り温泉街の人は○○町のことが好きではないようだ。観光地化の拡大路線に納得していないということもそうだが、どうやら○○村と△△村は合併という名の吸収だったらしい。温泉の名前も変わってしまったんですよと女将は少し悲しそうに言った。なので温泉街の周辺に住む人は△△村の話をすると昔はよかったと懐かしむのだとも言っていた。
行方不明が多いことについても女将さんは具体的に教えてくれた。行方不明になった人の多くは裏山に勝手に入った人だそうだ。裏山にはかなり深い森があり、進んでいくと廃墟や険しい崖、流れが急で深い河もあるという。さらに河はダムに繋がっており、遭難してしまうとなかなか見つからないのだそうだ。注意しても興味本位で入ってしまう人は多くて・・・、今でも年に一人くらいは遭難してしまって見つからなくなるんです。と、女将は話をしてくれた。
昼食は宿で食べた。山の幸がふんだんにつかわれたもので、僕たちはとても満足した。友人は少し回復したようだ。食事もしっかりと食べ、温泉に入って完治させる!と意気込んでいた。・・・悪化しそうだ。
僕は昼食の後大浴場へ向かった。温泉のいいところは朝昼晩いつでも何度でも入れるということだ。今日の鯖江先輩とのデー・・・聞き取り調査は面白かった。しかし・・・。
何かが頭にひっかかっている。僕の頭はどこかに違和感を覚えている。湯舟に浸かって僕は長い間思案した。