デカ教師
この話はフィクションであり登場する団体や人物は存在しません。
春のチャレンジにチャレンジしたお話になります(*´ω`)
新人教師がやってくるという時期には遅かった。
桜の花は既に散り緑の葉も青々と成熟し、初夏を通り越して夏に近い様相を見せていた。青森県警八戸中央警察署刑事課強行犯係の初見朔夜はふぅと息を吐き出し
「面倒くせぇ」
とぼやきながら、青森県内では有名な進学校である八戸モール学園高等部の門を潜った。
もちろん、捜査の為ではない。『教師』としての出動である。
彼は広々とした中庭を抜けてチャペルに似た中央にとんがり屋根があり横長に広がるシンメトリー型洋式建築の校舎の入口に進むとその中へと入っていった。
5階建ての建物で1階は理事長室を始めとした教員室や各教師のゼミ室があり、2階からが各学年の教室となっていて最上階は音楽などの特別教室となっていた。
初見朔夜は土足のまま廊下を進み、彼の顔をじろじろと見ている生徒や教師の視線を気にした様子もなく足を進めた。
彼らが視線を向けるのは初見朔夜の右目である。
そこには黒い眼帯され柳生十兵衛か独眼竜政宗かという容貌だったからである。
もちろん彼の隻眼は数か月前に爆破事件に巻き込まれて失われたという理由があった。
相棒は現在も意識が戻らず植物人間のまま寝たきりである。
犯人は大能克己と言う男で逮捕はしたが『俺は雇われただけだ! あのアマが』と喚いて全容解明には至っていない。
この事件が今回この八戸モール学園へ警察官でありながら教師として赴任することになった理由でもある。
本人としては……勿論不服であった。
しかし『退職か出向か』の二択で出向を選んだのである。
こんな状態でやめるわけにはいかなかった。
初見朔夜は理事長室の戸を開けると
「来たぜ」
と告げた。
それに八戸モール学園の理事長である花村光咲は椅子から立ち上がると
「よく来ていただきました。初見警部」
と頭を下げた。
朔夜はそれに
「ここで警部呼びは辞めた方が良いんじゃないのか? 実際俺は出向で法律学の教師だ」
と肩を軽く上げて応えた。
彼女は綺麗な容貌ににっこりと笑顔を乗せると
「それと……3年A組の担任も付け加えさせていただきます」
と告げた。
朔夜は目を細めるとズカズカと中に入り木目も美しい気品ある机の上にドンッ! と手を置くと
「待てよ、聞いてねぇぞ。何時、その担任が付け加わったんだ」
と睨んだ。
「ただでさえ俺は教師免許は持っているが……一度だって教壇に立ったことはねぇんだよ。それにな、片手間のつもりなんだよ。俺にはやらなきゃならねぇことがあるんだ」
……あのくっそ係長の命令が無けりゃ、断ってた……
彼女は口元に綺麗な三日月を作りながら
「二日前に3年A組の担任がご退職されて、昨日決まりましたの」
と悪びれる様子もなく言い
「朝の8時から夜の6時まではどちらにしても勤務時間です。その間なら担任としての役目を果たしていただいてもよろしいでしょ?」
と告げた。
「それ以外の時間はこちらとしては関知いたしませんのでご自由に」
とんだ狐である。
朔夜は睨みながら
「そのお綺麗なツラの裏にどんな顔があるのか」
と言い
「どっちにしても俺は警察教師だ。下手かろうが何だろうが文句は言わせねぇからな!」
と背を向けて立ち去った。
彼女は笑みを浮かべると深く頭を下げた。
「宜しくお願いします」
……荒元議員の助言で決めたことですけど確かにもう我が学園は警察の力を借りなければならないところまで来ている……
「高校生を子供だと侮っていたら社会は崩壊するそう言う時代になっている」
……もっとも荒元議員にも何か思惑があってだと思いますけど……
彼女は閉まった扉を見つめ
「けれど利用できるものは利用しなければ。初見先生、思う存分警察の力を見せつけてください」
と笑みを作った。
朔夜は教員室に入り誰も座っていない円形に並ぶ椅子を横目に唯一人座っている校長の東堂祭の前に行くと
「初見朔夜です。本日よりお願いします」
と敬礼した。
東堂祭は立ち上がると咳払いをすると
「あー、ここでの挨拶に敬礼はいりませんからね」
と言い、メガネを軽く押し上げると
「見ていただいたらわかるようにここは教員室ですが教師が集まるのは会議の時だけです。他の時はそれぞれのゼミ室での作業となります」
とファイルと鍵を置いた。
「これが教師の指導要綱と初見先生のゼミ室の鍵と担当していただくコマ割りです。後、3年A組のご担当と言うことで生徒の履歴書と名簿です」
朔夜はそれを手に取りパラパラと捲り
「俺の学生の頃から時代は変わりまくったな」
と呟いた。
東堂祭は眼鏡を手にしてレンズを拭きながら
「貴方が高校生だったのは精々8年から10年前では? それほど変わってはいません」
と言い冷静に
「『ここが』変わっているだけです」
と付け加えた。
朔夜は嫌そうに顔を顰めると
「自分で変わっていると言ってる奴ほど変わっていねぇ奴が多いんだが」
と言い、ファイルを手に肩を軽く叩きながら
「じゃ、俺の部屋に行ってくる」
と歩き出した。
それに東堂祭は眼鏡をかけ直すと
「ああ、8時30分からホームルームですから。担任は朝礼のホームルームと終礼のホームルームだけは出てください」
と告げた。
朔夜は肩越しに振り返り
「サボったら? クビか?」
とにやりと聞いた。
クビ大歓迎であった。早く警察に戻りたかったのである。
東堂祭は冷静に笑顔で
「トイレ掃除です」
もっとも業者に頼んではいますが、と返した。
朔夜は舌打ちしながら教員室を出ると廊下を進み、西の端にある初見ゼミと書かれた部屋の中へと入ったのである。
時計の針は8時30分を回ったところで30分ほどで人生初の教師生活が始まるのである。
朔夜は名簿と履歴書を見ながら
「まあ20人くらいなら問題ねぇ」
と言い5分ほどで全員の名前と出席番号と履歴を頭に入れると息を吐き出して室内を見回した。
机にはパソコン。
両側の壁には棚があり今は何も入っていない。
そして、朔夜は不意に机の左手に置かれていたレターケースの上の新聞を手にした。
「朝刊か」
とパラリパラリと見て
「じゃなくて、一か月前の……か」
と目を細めて腕を組んだ。
「どうせ置くなら今日の朝刊にしてくれ」
そう言って一つの記事の部分を一番上にして引き出しに仕舞い込んだ。
『有名進学校で立て続けの自殺』
それが見出しの記事が載っていたのである。
朔夜が担任として付く3年A組は八戸モール学園でも変わった位置にあるクラスであった。いや、正確には全学年A組と言うのが変わった位置にあるクラスだったのである。
A組の生徒の親は全て政財界や会社、また、様々な分野で名の売れた人物ばかりだったからである。
つまり不敬があった場合に軽くクビになってしまう可能性が高いということである。
朔夜はファイルで肩を軽く叩きながら
「はぁ~、あの狐野郎。面倒くさいクラスを外部教師の俺に押し付けただけじゃねぇか」
とぼやいた。
「まあ、クビになったら警察に戻るだけだ」
そう心で言って洒落た洋風の扉の引き戸を引いて
「さっさと朝礼を始めるぞ」
と中へ入ってきっちり座っている生徒たちを目に
「ふ~ん」
と心で呟いた。
クラスの人数は男子が10名で女子が10名の20名であった。
朔夜はスーと全員を見た。
顔と名前は覚え込んだ。
問題はない。
机は4列で一列につき5つの席で並んでいた。
ちょうど男女同数なので廊下側に男子。窓側が女子となっている。
朔夜は彼らの視線を受けながらホワイトボードの前の教壇に立つと
「今日から3年A組の担任になった初見朔夜だ。俺から言うことは取りあえず問題を起こさず大人しく授業を受けろ! 後は別にどうでも好きにしろ。どうせ自分がやったことの責任は自分で取るしかないからな。高校生だ、それくらい理解しているだろ?」
と告げて
「じゃ、以上。今日の一コマ目は英語だ。始まるまで自習しとけ」
と踵を返して出ようとした。
それに一人の男子学生が小さくため息を零して朔夜の姿を見送っていたのである。
朔夜は廊下に出ると肩越しに教室を見て
「……俺に何を期待していたのか分からんが……何か言いたいことがあるんだろうな」
小谷広野か、と3年A組の名簿と履歴書の内容を思い出していた。
朔夜は自身の部屋に入ると引き出しに入れた新聞を取り出してパソコンの電源を入れた。
「だいたい今日でもない意味のない新聞を置いていること自体が分かりやすいんだよ」
今日の新聞なら新聞くらい読め、と言う進学校の教師らしく知識豊富でいるようにという無言の圧力なのだろうと理解できる。
だが、一か月前の新聞である。しかもこの学校の所謂汚点だ。
言外に調べてほしいと新聞から怨念のように呼び掛けられているんだろうと感じずにはいられない。
朔夜はハハッと笑って
「俺の出向がこれの解決? だったら解決したら戻れるって事か?」
と目を光らせるとにやりと笑って
「んじゃ、軽く解決して本来の刑事へ戻ってやるぜ」
とパソコンの上で指先を動かした。
進学校で立て続けに自殺。
真偽は別としてその自殺の情報集めであった。
勿論、進学校イコール八戸モール学園である。
朔夜はパソコンでその内容を精査すると
「この自殺の二週間前にも同じ場所から飛び降り自殺をしているって事か。しかも体育館の2階からかよ」
と呟いて、部屋の窓を開けるとちょうど校舎とL字型にある体育館を見た。
洋風な校舎と違って体育館は近代風の円形に近いドーム型であった。
朔夜はそれを見て
「……後で体育館散歩でもするか」
と呟いた。
そして、机の左手に置いていた名簿を手に
「あと、小谷広野って奴とも話をしねぇとな。ああいう表情の奴は何かクッソ重い相談事があるって決まっているからな」
と呟いた。
「警察官なんてものをやってりゃ顔でわかる」
とぼやいた。
運がいいことに朔夜の担当する法律学の授業は多くはなかった。と言うのも、進学校らしく選択型授業の一つだったからである。一週間でたったの二コマだ。
「まあ、俺が行ってた公立高校にはなかったよな。さすが私立の進学校だ」
そう言うしかなかった。
火曜日の4コマと木曜日の4コマである。
朔夜は腕を組んで
「最初は明日の4コマか」
と呟いた。
新聞とネットで自殺のことを調べたがそれこそ新聞以上の内容は出てこなかった。何年のどこのクラスかもわからない。
「俺のクラスの奴が~とかいう書き込みもなかったよな」
朔夜はそんなことを考えながら
「先に小谷広野だな」
と新聞を引き出しに再び入れて、明日の授業の準備を始めた。
一コマが1時間半。
つまり9時から10時30分。その後10分の休憩があり、二コマ目が10時40分から12時10分。そして、昼休みとなるのである。
朔夜は一コマ目終了のチャイムが鳴ると立ち上がって教室へと向かった。
移動する学生以外は廊下にも校庭にも姿を見せず異常なほどの静寂が支配していた。
朔夜は階段を登りながら
「おいおい、休憩時間中だろ?? いやそれとももしかしてテスト期間中か??」
と驚きつつ周囲を見回しつつ4階の踊り場に辿り着いた。
やはり廊下は静かで朔夜は「マジか」とぼやきながら左手に曲がって奥の3年A組の教室へと入った。
全員が机に向かって勉強しており朔夜の姿を見ても直ぐに視線を机の上のタブレットに移した。
朔夜は「ひー」と心で叫びながら足を進めて小谷広野の前に立つと
「おい、小谷。昼休みか終礼のホームルーム終了後に俺の部屋に来い」
と告げた。
小谷広野は驚いて朔夜を見つめた。
朔夜は冷静に
「少し聞きたいことがあるだけだ。短時間ですむ」
と言うと踵を返して教室を後にした。
小谷広野は暫く朔夜の去った後を見つめ暫く俯いていた。その様子を教室の片隅から一人の女子生徒が見つめていたのである。
朔夜は昼休み自室で弁当を食べて小谷広野が来るかを待ち、やはり、静かな学校の様子に
「反対にこれだけ静かだと気味悪いな」
とぼやいた。
小谷広野は来なかった。
だが、終礼のホームルームを終えて部屋に戻って10分後に小谷広野が姿を見せた。
「小谷です」
朔夜は椅子に座りながら
「入れ」
と答えた。
小谷広野は戸を開けて中に入り
「あの、聞きたいことと言うのは?」
と朔夜を見た。
朔夜は彼を見つめ
「お前が俺に言いたいことがあるんだろ?」
と返した。
「今朝のホームルームの俺のあいさつでお前は落胆した。それは俺に……いや、新しい教師に何かを期待していたからじゃないのか?」
小谷広野は目を見開くと口元に指先を当てて少し顔を顰めた。
朔夜はフゥと息を吐き出すと
「まあ、言いたくなけりゃ言わなくて良い。だが、問題は起こすなよ? 俺は面倒くさいのは嫌いだし、就業時間後にやらなきゃならないことがあるんだ」
と告げた。
「それにな、ヘルプを出さない奴に救いの手は伸びねぇ。よく誰も助けてくれねぇって言うがな、助けてくれ! 助けてくれ!! って言わなきゃ更に誰も助けねぇよ」
……今俺はお前にヘルプがいるのかどうか聞いているんだ……
小谷広野は視線を伏せて
「助けてくださいと言えば助けてくれるんですか?」
と聞いた。
朔夜は腕を組んで
「勿論、内容による。それこそ総理大臣にさせてくれって言われてもできねぇーし」
と答えた。
「だが、助けられる内容なら助ける。それが担任の仕事って奴だろ?」
小谷広野は暫く立ち尽くしたものの
「その……俺の……ダチが殺された。自殺って言われたけど絶対に殺されたんだ」
と告げた。
朔夜は目を細めると机の中にしまった新聞を出して
「この一か月前の自殺か?」
と聞いた。
小谷広野は顔を上げると大きく頷いた。
「前の先公は俺たちの親だけが目的で……俺がこう言ったら『ちゃんと警察も調べたんだから感情的にならない方が良いわよ』って全然話を聞いてくれなかった。だから新しい先生が来てマシな奴だったらと思ったけどあんたはやる気なさそうだったし」
朔夜はフゥと息を吐き出して
「まあ、今日行き成りクラス担任の話を聞いたからな。仕事が増えてやる気でねぇだろ。契約違反だと思うだろ?」
と訴えたものの立ち上がると
「調べてやる。だがな、本当に自殺なら……それを受け入れろ」
と告げた。
「その前にお前のその胸の内の疑惑を俺にぶちまけてくれ」
何故、自殺じゃないと思うのかを。
朔夜は机を迂回して前に進み
「良いか、小谷。ヘルプは必要だ。ヘルプを出さねぇ奴に救いの手は伸びない。だがな、ヘルプには相手を動かす説得力が必要だ。ごり押しじゃぁ、人は反発するだけだ。相手を納得させる理由を言うんだ。そして動かすんだ。」
と告げた。
「だから『何故』お前がこの自殺を殺人だと思うのかを言って俺を動かしてみろ」
小谷広野は小さく笑うと
「まるで親父のようだ」
と呟いた。
確かにそうなのだ。
相手をちゃんと動かすには納得する理由を言わなければならないのだ。
小谷広野はそう理解すると
「俺の親友は最初に体育館から落ちた古池正樹なんだ。クラスは3年C組でその後に自殺した勝村新也も同じクラスの奴なんだ」
と言い
「俺が正樹は絶対に自殺じゃないって思ったのは……自殺の朝にな、俺……このLINEを貰ったからなんだ」
と携帯の画面を見せた。
そこに一か月半前の日付のメッセージが載っていたのである。
「お前の誕生日プレゼント何がいい?」
朔夜はそれを手にすると目を細めた。
「これは警察に見せたのか?」
小谷広野は頷いて
「見せたけど状況的に自殺以外には考えられないって……突発的に自殺したんじゃないかって言われた」
と唇を噛み締めた。
「警察は信用できない」
朔夜はチラリと彼を見て
「……そうか」
と答え
「わかった、調べようと思うから詳しく話してくれ。新聞じゃ詳しく分からない」
と告げた。
「二人とも同じ3年C組なんだな? 何か二人共通のトラブルがなかったか?」
小谷広野は考えながら
「二人とも3年C組で、トラブルについては正樹から聞いたことはないけど……C組は特殊なクラスで天才の金子京介と一部の取り巻きが頂点で支配してるとは言ってた」
朔夜はプリンターの紙を取るとメモ代わりにして
「C組の金子京介と取り巻きな。まあ、関係あるかないかわからんけど……他には?」
と聞いた。
小谷広野は首を振ると
「他には何も……いや、そう言えば正樹が死んだ後に勝村が声をかけてきたことがあったな。元々、俺も勝村もクラスもグループが違うから話をすることなんてなかったけど」
と言い
「『C組はカルトだ気を付けろ』って言うと逃げるように立ち去って翌日に自殺したんだ」
と告げた。
「やっぱり自殺じゃないって思ったけど警察は当てにならないし正樹と違って俺が聞いた言葉以外に証明するものがないから」
朔夜は腕を組むと
「つまり、C組自体に何かトラブルがあると考えた方が良いって事か」
と言い
「お前は勝手に調べようとするな。もし本当に『カルト集団化』していたらお前の命が危ないからな」
と告げた。
そう、二人が自殺でなければ殺人と言うことになる。そうなると犯人が小谷広野を危ないと感じると手を伸ばしてくる可能性がある。
朔夜は再度注意を促して小谷広野を送り出した。
時刻は午後5時。
赤い夕陽が窓から射し込み部屋の中を染めていた。
朔夜は時計を見ると
「あと一時間で就業時間だな。時間外は干渉なしだから……調べられる」
と呟いた。
自分の右目と相棒の浜樹を寝たきりにさせた無差別爆破事件の真相。
「大能克己は犯人だ。それは間違いない。だが他に共犯者がいると言っていた。あの時点で嘘をつく必要がないのにそう言っているということは真実である可能性は無視できない」
しかし警察は大能克己の単独犯で決着をつけたのだ。朔夜は視力を失った右目を隠す眼帯に手を当て
「この目で犯人を見つけてやる」
と呟いた。
朔夜は6時まで1時間あると考えると体育館へと向かい中へと入った。
「現場百回」
そう呟いて二人が飛び降りたとされる窓が付いている二階部分へと上がりゆっくり手すりや窓枠などを見ながら歩いた。
手掛かりは見つからなかった。
「まあ一か月も前の話だからな」
そう呟いて部屋へと戻った。
そして、6時になると電源を落として部屋の鍵を閉めると廊下に出た。そこに一人の学生が立っていた。
細身のメガネをかけた秀麗な青年であった。
「貴方が新しい先生か……本当に柳生十兵衛か独眼竜政宗って感じだね」
朔夜は目を細めると
「誰だ?」
と見つめた。
学生はにっこり笑うと
「3年C組の金子京介です」
と言い踵を返して立ち去った。
朔夜は少し考えると
「なるほど」
と呟き
「挑戦状かよ。だが体育館へ行ったことが原因なら何かあると踏んだ方が良いな」
分かりやすいな、と学校を後にした。
「明るい内に今度は調べるか」
朔夜は学校を出て自宅のマンションに戻らず爆破現場となったビルへと向かった。
あれからビルは廃墟と化してボロボロとなっていたのである。
近々壊されるという話は聞いていた。
朔夜はその電灯も点いていない薄暗いむき出しのコンクリートの壁が作るエントランスに入り動いていないエレベーターの横手の階段を登った。
3階である。
3階の興信所の中に爆弾はあった。
その扉が吹き飛んでもうない部屋の入口の前に立ち割れた窓ガラスの向こうの光景を見た。
中は棚が倒れ、焼け焦げた跡があちらこちらに見受けられ赤い夕日に染まったそこは荒涼とした薄ら寒い雰囲気を醸し出している。
「俺は右目と全身打撲……そして火傷。中に入っていた浜は意識不明。同じように中に入っていた上高地は……」
朔夜は真っ直ぐ見つめ、そして、自分の立っている廊下の左右を見た。
「やっぱりな」
廊下は無事で自分と相棒の浜樹と上高地卓也と後2人の刑事がいた。
二人共廊下で無事であった。
爆発は自分たちが突入した瞬間の絶妙のタイミングであった。
しかし、それを仕掛けて立ち去り警察に追われて青森駅で掴まった大能克己に爆弾を操作できる余裕も自分たちの突入のタイミングを知ることもできなかった。
なのに、絶妙のタイミングで爆発したのだ。
朔夜は中に入り
「もしあのタイミングで爆発させようとしたなら……この部屋を見ることが出来た前のビルと考える」
それだけでも共犯者の疑いは残る、と言い
「だが、あの時のこの興信所の窓にはブラインドが降りていた」
と目を細めた。
知る術は一階の防犯カメラ映像。
自分たちが突入して入るまでの時間を計算できる入口の見える場所からの視認。
朔夜は最後の選択筋すら疑っていたのである。
「あの時にいた俺たちの中の誰か」
浜樹。
上高地卓也。
播磨莉佐。
佐々倉理奈。
そして、自分だ。
刑事の仲間を疑いたくないのは暗黙の事実だ。だが。だが。
「俺は違う」
朔夜は呟きビルの正面にあるビルに足を踏み入れ管理人に声をかけて防犯ビデオを入手した。
その後、朔夜は八戸中央警察署刑事課強行犯係係長・神田翔一に電話を入れた。
八戸モール学園の二件の自殺の調書を閲覧するためであった。
翌日、朔夜は八戸モール学園に出勤すると自室で4コマ目にある授業の準備を行い、その後は係長からくすねた調書を読んだ。
一か月半前に3年C組の男子生徒が体育館から飛び降りて自殺した。
生徒の名前は古池正樹。
調書には書かれていないが小谷広野の友人だった。
自殺現場の写真もあった。
そして、彼の遺体写真も収められている。
その二週間後の同じ3年C組の男子生徒の同じ体育館からの飛び降り自殺。
生徒名は勝村新也。
彼の自殺現場の写真と遺体写真も収められている。
朔夜はその二冊を並べて置くと目を見開いた。
「場所も落ちた位置も全く一緒じゃねぇか」
そんな偶然があるとは思えない。
恐らくは自殺に見せかけられた殺人の可能性が高い。
問題は二人が飛び降りた体育館の2階にどちらも二人のゲソ痕以外に何もなかったということである。
朔夜は二人が飛び降りたとされる2階の窓の前に立ちスーと窓の向こうを見た。
運動場に右側には校舎。
「別に何もねぇよな」
朔夜はそう言ってビニール手袋をすると窓枠を開けて前のめりに真下を見た。
斜め下にあるのは倉庫くらいで別段何かあるようには見えない。
その上でゲソ痕は自殺者のものだけとなると確かに自殺を疑ってしかたがないだろう。
朔夜はフゥと息を吐き出して
「だよな」
と言い立ち上がりかけてキラリと視界に走った光に顔を向けて体制を崩すと慌てて窓枠を掴んだ。
落ちかけたのである。
朔夜はハッとすると
「そうか、そう言う方法もあるのかもしれない」
と呟き、窓を閉めると体育館の二階から一階に降りて外へと出た。
そして体育館の横手にある運動場で利用する道具が入っている小さな四角い倉庫の前に立った。
中と上を探ろうと思ったものの観音開きの取っ手に鎖と錠が付いていて鍵が無ければあかない状態となっていた。
朔夜は目を細めると
「しょうがねぇな、鍵だな」
と言うと教員室へと向かった。
校長の東堂祭が鍵の在処を知っていると思ったのである。
朔夜は授業中の為に人っ子一人いない一階の廊下を進んで教員室へと入った。
「失礼する」
東堂祭は一番奥の椅子に座り
「もしかして授業の準備が出来ていなくて休講の希望ですか?」
と告げた。
いやいや、失礼だろそれは。と朔夜は心で突っ込み
「準備は出来ている」
と答え
「体育館の横にある倉庫の錠前の鍵を借りに来た」
と告げた。
東堂祭は軽くメガネのブリッジを上げて
「……倉庫の錠前の鍵ですか」
と言い
「運動でもなさるんですか?」
と聞いた。
朔夜は腕を組むと
「捜査の一環だ」
と答えた。
東堂祭はフッと笑むと机の引き出しを開けて
「どうぞ」
と机の上に置いた。
「二度目の自殺の直後に鍵を取り付けました」
朔夜は目を細めると
「それは」
と聞いた。
東堂祭は朔夜を意味深に見つめ
「意味があるのか、ないのか、私は警察官でないので分かりませんが……二度目の自殺の後に生徒が入ろうとしたので声をかけると去って行ったので鍵を付けました」
と告げた。
「3年C組の三原みつ江です」
そう言って息を吐き出すと
「お気づきだと思いますが、わが校は進学校なので昼休みや他の休憩時間でも生徒は勉強をしています。なのにと思って三原には放課後どうして倉庫に言ったのかを聞いたのですが話してくれませんでした」
とぼやいた。
「私と理事長で何かあるのかと調べましたがわからなかったのですが……貴方が来るまで……いえ、貴方が言ってくるまで鍵を付けたんです」
朔夜は肩を竦めると
「つまり、専門の人間に見てほしかったって事か」
と告げた。
東堂祭は頷いた。
「しかし、学校の言うのは早々簡単に警察を受け入れるわけにはいきません。学生たちへの影響。親たちの影響」
……学校は社会とは違う構造の世界なんですよ……
「今の子供が使う言葉で言えば『異世界』アナザーワールドです」
朔夜はにやりと笑うと
「つまり下手をすると無法ルール地帯にもなるって事だろ?」
と告げた。
東堂祭は頷き
「だから、貴方に無法を壊す『刑事』であり『教師』であることを望むんです」
と告げた。
「高校生にもなると知能だけは大人顔負けです。だから子供だからと舐めてかかると社会が崩壊するようなこともしでかしてしまうんですよ」
知能は高くとも。
人間脳は子供ですから。
朔夜は肩を竦めると
「まあ、昨今は人間脳が子供の身体だけ大人も多くなったが」
と言い、鍵を手にすると
「わかった。俺も刑事を辞めるつもりはねぇからな。俺は刑事でこの事件が終わるまでは教師でいてやるよ」
と答えると立ち去った。
4コマ目の法学の授業を終えると部屋に戻って
「6時までは教師だ」
と言い
「遺留品採取……になるから準備は必要だな」
とヘアキャップや靴のビニールカバーや懐中電灯などをカバンに入れた。
そして戸を開けて目を見開いた。
そこに小谷広野が立っていたのである。
小谷広野は少々罰が悪そうに
「俺も、手伝ってやろうと思ってな」
と告げた。
朔夜は笑むと
「手伝いたいだろ?」
と肩を軽く手の甲で叩き
「助かる。頼む」
と歩き出した。
小谷広野は笑みを浮かべると後について足を進めた。
朔夜は体育館の横の倉庫の前に立った。
小谷広野は首をかしげると
「おい、体育館じゃないのか?」
と聞いた。
朔夜は顔を向けると
「警察が調べているんだ、見落としはほぼないだろうし俺も調べたが一か月も前のことだ目新しい発見はなかった」
と答えた。
「ただ、気になったのは二人が落ちた場所の下のここだ」
小谷広野は顔を向け
「それは?」
と聞いた。
朔夜は錠を開けながら
「俺は下を見るのにあそこから顔を覗かせて下を見たんだ。それは注意して見るから良いんだが……立ち上がろうとした時に何か光るものが目に入ってよろけて落ちかけた」
と告げた。
「俺の場合はキラリだったからな。だが、もしグレア現象や超音波など身体的にめまいを誘発させたり視界を混乱させることがあったらと考えてな」
小谷広野は目を見開くと
「それで……だけどさ、それこそ一か月も前の話だろ? ここも」
と言いかけた。
朔夜はそれがこの鍵は
「事件直後にかけられている」
と告げた。
小谷広野はそれを理解すると
「わかった」
と答えた。
朔夜はカバンから100円均一で売っていた5つ入りビニールキャップの一つを渡し、更に10セット入りの靴のビニールカバーを渡した。
「それをしろ。現場保存が第一だ」
小谷広野は複雑な表情で
「かっこわる」
と言いつつもそれぞれ身につけた。
朔夜は懐中電灯を渡して
「俺が懐中電灯で照らしながら見るから、お前は細かく見ろ。見落とすことで真実が見えなくなることがある」
と告げた。
「俺の目よりお前の方がよく見えるだろ」
小谷広野は頷いた。
「わかった。絶対にあいつの落ちた真実を突き止める」
……ぜってぇ、逃げ得にはさせねぇ……
朔夜は笑むと
「良いじゃねぇか。小谷、何かを成す時に大切なのはその根性と執念と……行動だ」
と告げた。
「そのどれが欠けても途中で終わる」
小谷広野は目を見開くと
「意外とまともだな。うちのクラスに来る先公は全員下心見え見えで俺ら高校生を『こうしてりゃ騙せる』と思っているのが分かる奴ばかりだった」
と言い
「俺たちの親と繋ぎが欲しい野心家ばっかりで」
と告げた。
朔夜はチェーンを外して
「そりゃ、俺も見習わねぇとな。世渡りは大切だ。それも娑婆の一つの側面だ」
と足を踏み入れてライトで中を照らした。
二人が倉庫に入っていくのを幾つかの目が見ていたが、それに二人は全く気付いていなかった。
朔夜はライトで仄かに照らし出されたモノを見て先ず戸の内側の取っ手と足元を注意深く見て
「取っ手の指紋とこの入口直ぐのゲソ痕を採取する」
とカバンから採取用の道具を出すとフィルムに取っ手についていた指紋とゲソ痕を取った。
その後に中に入り周囲を見回し
「よし、区画に割って照らしていくからよく見てくれ。何かあったらこの輪っかを置いていってくれ」
と告げた。
小谷広野は朔夜から輪っかを受け取り
「わ、わかった」
と答えた。
まるで畳を敷いていくように右端の角からゆっくりと朔夜は照らし始めた。
遺留品採取はそれだけ細かくきっちりしたモノでないと見落としが起きる。朔夜はゆっくりと照らしながら見つめ、小谷広野は照らされた区域を凝視した。
「俺は、あいつを殺した奴を許さねぇ。見つける為ならどんな努力も厭わねぇ」
朔夜はその言葉に笑みを深めた。
天才という誰もが憧れる言葉がある。だが、本当に必要なものは一念を持つ根性と行動だ。
「努力を馬鹿にするやつは行き詰る。山登りで言えば理論だけで頂上には立てないってことだからな」
小谷広野は凝視しながら笑って
「教師らしいことも言うんだな」
と言い
「先公」
と告げた。
朔夜はそれに
「ま、一応教師だからな」
と答えた。
入口から入った右角からジグザグに奥まで遺留物がないかを調べ、ゲソ痕などを採取した。
朔夜は一番奥の高い位置にある窓の下の棚のゲソ痕と手をついた痕、つまり指紋を採取し状況を写真で撮った。
「誰か屋根に上がったみたいだな」
しかも埃の具合から新しい。
小谷広野は目を見開くと
「まさか」
と告げた。
朔夜は冷静に
「焦るなって、まだ可能性だ」
と言い
「だが、指紋もある」
と呟きフッと背後を見ると鞄を手に足を踏み出して戸を蹴り開けた。
そこにチェーンを手にしていた女子生徒が尻餅をついており驚いて目を見開いていた。
朔夜は小谷広野に
「動画を取れ! 急げ!!」
と告げた。
小谷広野は直ぐに携帯で動画を取り始めた。
目を見開いたままの女子生徒の前に朔夜は腰を下ろして
「何をするつもりだった? 3年C組の松田さよこだな」
と告げた。
「言っておくが動画があるから『痴漢』は無理だぞ」
そう言って先手を打った。
彼女は蒼褪めながら
「私はクラスのみんなを守ろうと思っただけよ。勝村くんと古池くんは研究のために死んだのよ。将来役に立つんだから良いんじゃない」
と告げた。
小谷広野は怒りに
「きさま!!」
と足を踏み出しかけた。
朔夜はそれを手で止め
「そうか、じゃあ。今度はお前が崇高な研究のために刑務所入りだな」
と告げた。
彼女は目を見開くと
「え!?」
と見た。
朔夜は立ち上がり
「お前は殺人を知っていて隠し、且つ俺たちを閉じ込めようとした。立派な殺人ほう助罪と監禁未遂だ」
と告げた。
「警察へ連れて行ってやる」
彼女は乾いた笑いを零すと
「何故? 私は崇高な研究の協力者よ? ……二人とは違……」
う、と言いかけた。
朔夜は腕を掴み
「わかった、それ以降の言葉は警察で言え。それにこれはお前の身の保護の為でもある」
と告げた。
瞬間にカシャンと小さく響いた音に背後を見ると
「小谷、はなれろ!!」
と腕を掴んで外へ放り投げ、カバンと女子生徒を守るように地に伏せた。
ドンッと倉庫の中で何かが爆発し、扉が朔夜の肩にぶつかった。
女子生徒は朔夜に守られながらも朔夜の肩越しに見える扉に
「嘘! どうして!? 私は協力者よ!! 死になくない!!」
と泣き始めた。
「殺さないで!!」
人の痛みには鈍感でも自身の痛みには敏感なのだ。
朔夜は肩を抑えながら扉の下から立ち上がると小谷広野を見て
「無事か?」
と聞いた。
小谷広野は驚いて震えながらも頷いて
「あ、ああ、先公こそ……扉ぶち当たったけど大丈夫なのか?」
と聞いた。
朔夜は肩を反対の手で抑えながら
「あー、打撲だろ? 直撃してたら折れてたけどな」
とあっさり笑って答え駆け付けてきた理事長と校長を見た。
朔夜は二人に
「消防と警察に」
と告げた。
二人は頷いて電話を入れた。
放課後だったので残っていた学生は少なく窓から見ている人間は片手ほどであった。
朔夜はそれを見てその中で一階に3年C組の人間いることに目を細めた。
「もうガキの犯罪じゃねぇだろ」
朔夜は小谷広野を見て
「おい、小谷。ちょっとカバン持ってついてきてくれ」
と震えながら泣いている女子生徒の腕を掴むと東堂祭に引き渡した。
「警察に保護させてくれ。このまましていたら殺される」
東堂祭は目を見開くと
「わかりました」
と答えた。
朔夜はきな臭い匂いが漂う倉庫の反対側に回り窓の真下に立ち片膝をついて前を見つめた。
「小谷、今から指をさすところを踏まないように丸を置いていけ」
小谷広野は頷いて
「はい」
と答え、朔夜が指さす場所に輪っかを置いていった。
そこにサイレンを鳴らして消防と警察がやってくると朔夜は姿を見せた鑑識班の鈴元千草に
「すみません、鑑識の方ですか?」
と業と問いかけた。
鈴元千草は目を見開きかけて事情を理解すると
「はい、鑑識です」
と答え、周囲を見回して
「輪っかは?」
と聞いた。
朔夜は一か月前の二件の自殺を独自で調べようとして、この倉庫が気になったので警察の真似をして指紋などを取ろうとしたことを説明した。
「一応、ネットで調べた知識だったんで」
そう言って小谷広野を見た。
「本職の人に任せよう」
小谷広野は友人の殺人を事故にした警察に不審を持っていたので
「けど、警察は」
と言いかけた。
朔夜は笑むと
「今度は大丈夫だ」
と言い
「特に鑑識の矜持があるだろうからな」
とチラリと鈴元千草を見た。
鈴元千草はヒクッと口元を引き攣らせて
「現場がこれだけはっきりしているのならプロに任せてもらいたい」
と告げた。
小谷広野はカバンを差し出し
「今度こそ! 今度こそ……本当を見つけてくれ。俺の親友は自殺じゃねぇんだよ!」
と強い口調で訴えた。
鈴元千草は静かに笑むと
「わかった。君の声は受け取った」
と告げた。
真実を。
本当のことを。
それは被害者の周囲の人々の切なる声だ。
事象に対処する時に手を抜いているのかと言うとそういう訳ではないのだが、そう言う差異や見落としが起きてしまう。
だからこそ。
「それが分かった時は修正していかなければならない」
鈴元千草は小さく呟きチラリと朔夜を見た。
朔夜は笑むと声無き声で
「頼む」
と告げた。
鈴元千草はカバンを受け取り駆け付けた他のメンバーに
「輪っかの部分だけじゃないからな、倉庫の上から中から全て調べて何一つ見落とすなよ!」
と呼びかけた。
それに全員が敬礼をして作業を始めた。
朔夜は息を吐き出して八戸中央警察署強行犯係長である神田翔一に引き渡される女子生徒を目に足を進めると前に立ち
「おい、全部吐くんだ。この爆破を見てもお前は殺された二人と同じ扱いだ。目を覚ませ」
死にたくはないんだろ? と告げた。
彼女は震えながら俯き頷いた。
朔夜は4階で見下ろしてきている金子京介を見つめた。
「逃したりしねぇからな」
金子京介は拳を握りしめながら教室へと姿を消した。
神田翔一は部下の早稲田壮一郎と九谷竜也に
「いま学校にいる全員を集めて事情聴取を始めろ。逃げる前に掴まえるぞ」
と告げて、花村光咲を見た。
「良いですね」
花村光咲は頷いて
「ええ、お願いします」
と答えた。
東堂祭も頷いて
「宜しくお願いします」
と答えた。
校舎に残っていたのは20名ほどであった。
その中に帰宅しようと鞄を手にしていた金子京介も他の3年C組の面々も体育館に集められた。
一人ずつ指紋とゲソ痕をその場で採取され、3年C組の男子生徒が警察に
「君のゲソ痕がここで採取されたが?」
と言われると
「俺たちは選ばれた人間なんだ。三上は脱落しただから始末するしかなかったんだ」
と告げた。
それに神田翔一も早稲田壮一郎も九谷竜也も他の警察官も思わず目を見開いて絶句した。
朔夜はチラリと金子京介を見た。
窓の下の棚に登るような形で付いていた指紋についても3年C組の男子生徒のものでその生徒もまた
「実験の何が悪いのかわかりません。グレア現象による認知能力の低下と超音波が人体に与える影響に関する実験だったんだ。その研究が進めば視覚と聴覚が脳に与える影響についてより深い考察が生まれる」
と言い
「俺たちは天才なんだ。選ばれたモノなんだ。多少の犠牲は仕方がないですよね?」
と告げた。
朔夜はチラリと金子京介を見た。
そしてプッと吹き出すと大声で笑いだした。
全員が驚いて朔夜を見た。
朔夜は男子生徒たちを見ると
「お前らさ、まっだわからねぇの?」
と告げた。
それに全員が首を傾げた。ただ一人金子京介だけがじっと朔夜を見つめていた。
小谷広野は驚きながら
「おい、先公。一体」
と聞いた。
朔夜は男子生徒たちを指さすと
「お前達自体が実験体だったよな、金子」
と見た。
「お前の実験はグレア現象や超音波なんかじゃねぇ……マインドコントロールだろ? クラスメイトを使って人間をどう操るかを研究していたんだ」
全員が驚いて金子京介を見た。
それに生徒の一人が
「嘘だ!! 金子を中心に俺達選ばれた人間が」
と言いかけた。
金子京介は堪えきれないと言った風に笑って男子生徒たちを見て
「ほんと、キーワードを埋めるだけで簡単にコントロール出来るんだな」
とメガネを軽く押し上げた。
「だけど大きな失敗は古池や勝村を……お前たちが暴走して殺したことだな」
……操られている人間には道徳も道理も無くなるって本当なんだな……
「ただどうやったら依存的思考が自律的思考に戻るかまではまだ研究段階だけどね」
朔夜はそれに足を踏み出した。
瞬間に金子京介は朔夜にケリを入れて
「何れ巨大な団体を作ろうと思っていたんだけど……あんたみたいな奴がどんな時代にも野良から現われて阻止をする。それの排除も研究してみたかったよ」
と走り出した。
驚きにあっけにとられていた神田翔一は我に返ると
「止めろ!!」
と叫んだ。
それに小谷広野が慌てて
「それより、俺に力を貸してくれ!! もう誰も死なせねぇ!」
と駆け寄って神田翔一達に告げた。
朔夜は金子京介を追いかけて古池正樹と勝村新也が落ちた体育館の同じ場所で立ち止まった。
「言っておくが、お前には罪を償ってもらう。死んで終わりなんて幕引きは許さない」
そう言い
「確かに二人の死はお前の本意じゃなかったかもしれない。だが、何の罪もない二人が死んだ奥にはお前の驕った研究があったのは事実だ。それにな……お前自身がもうお前自身にマインドコントロールされている。それをわからせなきゃならない」
と告げた。
金子京介は朔夜の前に立ち冷静にメガネを軽く上げると
「それは永遠に無理ですね。俺は……俺にコントロールなんてさせませんから」
と告げて、踵を返すと窓へと飛び込んだ。
朔夜は舌打ちすると
「やっぱり、そっちか!」
と足を踏み出すと金子京介の足首を掴み、勢いで身体が外へ引っ張られるのが分かった。
体育館の中にいた全員が外へ出ており目を見開いた。
二人の身体が宙を舞ったからである。
小谷広野は見上げ
「先公!!」
と叫んだ。
朔夜は体育用マットを神田翔一や他の面々が持って作った緊急用救助マットを見て
「マジズレてる」
と言うと足で壁を蹴って金子京介を引き寄せてクルリと自分が下になると受け身を取りながらマットの上に落ちた。
金子京介も朔夜も無事で身体を起こした。
朔夜は立ち上がると目を見開く金子京介を見下ろし
「良いか、金子。お前は確かに頭が良い。だがそれだけの人間だってことを知れ」
と告げた。
金子京介は目を見開いた。
朔夜は強い口調で
「本当の天才ってのはなぁ、他人を害しようと考えたりしてねぇってことだ!! 何かをなすために全力しちまう奴なんだよ! 集団を作って上に立って操ろうなんて考えねぇよ。うんだらかんだら考えられねぇんだよ。ある意味馬鹿野郎なんだよ! 本当に天才になりたかったら、人の賞賛なんかより社会や世界の為になる研究に頭を使いやがれ!!」
と怒鳴った。
小谷広野が金子京介の前に立ち
「お前の本意じゃなかったのは分かった。だけど、古池の死の原因にお前はいる。だから、お前に二度とこんなことさせない。あいつは……俺にとって大切な親友だったんだ。お前のように頭がよくなかったけどな。でも心はお前以上だったんだからな!!」
と泣きながら見下ろした。
「俺はお前を絶対に許さない」
金子京介は小谷広野を暫く見つめハハハと笑いを零すと立ち上がり朔夜を見て
「初見先生……言っておきますが、貴方が俺をただそれだけの奴と言ったことを後悔させますから」
俺は天才ですから、と言うと
「ですが、罪は罪。今は凡人にすら負けてしまった」
と小谷広野を見た。
そして
「小池と勝村にはこんな友人がいたんだ……取り返しのつかないことをしました」
と頭を深く下げた。
3年C組の担任である佐々木麻生は蒼褪めて
「わが校始まって以来の天才を……」
と呟いて座り込んだ。
朔夜は目を細めて
「貴方の方が心配だな」
と言い、金子京介の背中を押した。
そして佐々木麻生に
「こいつは罪を償うって言ってんだ。あんたの出る幕じゃねぇ」
と告げた。
金子京介は顔を上げて真っ直ぐ前を見ると神田翔一に連れられてパトカーへと向かった。
他の3年C組の生徒たちもがっくり肩を落として早稲田壮一郎や九谷竜也など他の刑事達に連れられてパトカーへと乗せられ立ち去った。
朔夜は走っていくパトカーを見送り花村光咲と東堂祭を見ると
「これからが大変だ。恐らく3年C組の大半の生徒が共犯になるし……大人に切り替わる大切な時に……自我を成長させられなかったみたいだからな」
と告げた。
大半の生徒が全てを知りながら受け入れていたのだ。
実行しなかったと言えど共犯、共謀になるだろう。
それ以上に歪んだ価値観を変えていかなければならないのだ。
犯罪に手を染めた意識すら持たず、間違っていると気付いて抜け出そうとする人間を排除することが仲間意識や絆だと勘違いしている人間の方が恐ろしいのだ。
朔夜は小谷広野の肩を叩くと
「小谷、咄嗟の判断助かった」
と告げ
「さあ、6時だ帰るぞ」
と歩き出した。
小谷広野もまた笑むと
「先公、ありがとう。真実を明らかにしてくれて」
と答え後を追うように足を進めた
それを花村光咲は見つめ
「かなり荒々しい方法でしたけど……これくらいの荒療治が今の八戸モール学園には必要なこと。枝葉が切り落とされても根さえ残っていれば木は生きていける」
と呟き
「教師でも生徒でも腐った枝葉は遠慮なく伐採してください」
と微笑んだ。
……初見朔夜警部……
東堂祭も隣に立ちながら
「もう、我々の手には負えなくなっている教育現場を変えてもらわなければなりませんからね」
と告げた。
朔夜は歩きながら空を見上げ
「とにかく、事件を解決したんだ。近い内に刑事に戻れるな」
と呟いていた。
しかし、八戸モール学園の闇は深く事件はまだ続くのであった。