夜が明ければそこは異世界
城にティラノサウルスを始めとする多くの肉食獣が襲撃し、多くの犠牲者を出すと言う悪夢の夜から一夜明けた日の朝…。
「そっちの壁の修復はどうだ?」
「もう少しで終わります。」
「物資を持って来ました!」
悪夢のような一夜を明かしたグランドレイク王国では被害の確認をし、並行して壊された家屋の修復や残された物資を掻き集めるなど復興の足掛かりが行われていた。
「にしても…こんなに犠牲者が出るとは…。」
「…皆、同じに思っているさ。」
まだ若い衛兵は大勢の人間の死体の山を前に耐え忍ぶような声を出す。英雄を多く輩出し全員が功績を挙げて凱旋していたと言うのに、一夜にしてそのほとんどが死体の山となって見つかっていた。
「息子が…息子がこんな有様に…。」
「どうして私の友達が…。」
その多くが誰かの家族や友人であり、誰もが悲しみに暮れていた。中には捜索隊に加わって捜し人の安否を確認しようとする者もいた。
「…俺達、これからどうなるんだ。」
これから先のことを考えた若い衛兵は、ここにいる誰もが考えていることを口にして沈んでしまう。
「バカ者!ワシらは人々を守るのが使命!それなのに我らがそんなんでどうする!」
「しかし部隊長…最初は信じられませんでしたが、今回のことで確信を持てました…我々は魔法もスキルも使えなくなり、最強と謳われたグランドレイクは型無しになったと言うことに…。」
衛兵の部隊長が叱責するも、悪夢のような一夜で息をするかのように扱えていたスキルや魔法が消失した事実の前では茫然自失になるばかりだった。
「…嘆いていても仕方なかろう。消えしてしまった物は元には戻らん。」
部隊長もそれを言われると弱いらしく、若い衛兵ほどではないにせよ落ち込んだ様子を見せる。
「だったら…。」
「だからこそ我らが先陣を切って奮い立つのだ!その身に着けている防具も槍も決して飾りではなかろう!これまでの訓練も無駄になった訳では無い!」
しかし王族はもちろん、自分達より弱い立場の人間や守るべき国を守る立場にいるからこそ弱気にはなってはならないと他の者達にも聞こえるように声を荒らげる。
「それに…我らはあの悪夢を生き残ったのだ。きっとこの先も大丈夫だ。」
「部隊長…はい!俺、一生ついていきます!」
悪夢のような一夜で犠牲者は大勢出たが、そこから生き残った人間もいると言う事実に若い衛兵は表情が明るくなる。
(姫様も何かお考えになっているはずだ…きっと大丈夫だ。)
衛兵達が奮起したため敢えて口には出さなかったが、城ではこの国の姫が今後のことを考えてくれており、吉報が来るようにと信じて待っていた。
「それで被害はどうですか?」
「はっ、キオナ様。」
この国の姫とは言うまでもなくキオナのことであり、彼女は城の中の玉座に腰掛けて衛兵からの報告を聞いていた。
「現時点で死亡者は百五十人ほどであり負傷者は八十九人ほどです。」
やはり覚悟はしていたが被害者や犠牲者はかなりの人数だった。
「ですがまだ見つかってない人達は…。」
「まだキチンと把握は出来ておりません…。」
しかし死者はあくまでも死体として把握している場合で、肉食生物に襲われ死体そのものが失くなっているため正確な人数は絞れていなかった。
「偵察したところ例のモンスター達は城の中や国内にはほとんど見受けられませんでした。」
いつまでも城の中に籠城していると言う訳にもいかず、勇気を出して城の中はもちろん国内を見て回ったところ恐ろしい生き物達は忽然と姿を消していた。
「いたとしても小柄な個体のみで既に駆逐、もしくは捕獲済みです。」
『『『ギィー!ギィー!』』』
そう言うと衛兵は鳥カゴを見せてくる。その中には狭苦しいぞと叫び続けるコンプソグナトゥス達が入っていた。
「ライフラインはどうなっていますか?」
「水のラインは地下水のため問題ありませんが、魔法が使えなくなったことで火や電気が使えなくなり灯りがない状態です。」
生きる上で必須な水が手に入るのが唯一の救いだが、照明がないとなれば夜は暗闇に包まれ夜行性の野獣が活発になり危険性が増すだろう。
「…何とか早急に解決しないといけませんね。薬や食料はどうなりましたか?」
「薬はまだ備蓄がありますが、食料の備蓄に不安があります。…特に家畜を食い荒らされてしまっており酷い有様です…。」
水は問題ないが代わりに食料に不備があった。肉食恐竜達は人間だけでなく、飼育していた家畜まで食い荒らしてしまい逼迫していた。
「やはり深刻ですね…早急に解決しなくてはいけませんね。」
多くの犠牲はもちろんだが、ここから復帰するにはやることがたくさんあった。
「キオナ陛下!よろしいでしょうか!」
「どうしましたか?」
別の衛兵が報告するために王の間に押しかけて玉座へ続く階段の前で跪く。
「物見やぐらに登って辺りを調べたところ、我が国の地図と地形が全く一致していないことが分かりました!」
「どう言う意味だ。ハッキリと申せ!」
報告に異を唱えたのは玉座の側に控える女騎士のリオーネであり、言っている意味が分からないと詳細を求める。
「この国の周辺は森で他の国へ続くための街道や中継地点であるはずの小さな街があったはずなのですが…。」
分かりやすく説明するためにフリップボードに大きめの地図を貼って解説していく。国の交流や人の行き交いが頻繁にあるため、街道や中継地点の小さな街などがあるのだ。
「しかし現在、この国の周辺はまるで開拓がなされてない原生林になっていたのです。まるで最初から街や道がなかったかのようになっています。」
「俄に信じられませんね…だとしたら、我が国以外にも被害が…。」
この目で見た訳ではないため何とも言えないが、その話が本当ならば異変が起きたのはこの国だけとは言い切れないようだった。
「それとここは内陸のはずなのですが、近くに海があるのが見えました。」
「海だと…バカな…。」
木々が生えて森が再生したとかならまだ譲歩出来るが、海が近くにある訳だなんて簡単に説明出来るはずがなかった。
「言っておきますが私は素面です…しかし、この私もその目で見たものを我ながら信じられません…。」
「魔法やスキルが使えなくなり、見たことないモンスター、そして全く知らない地形や土地…考えられるのは…。」
全ての情報からキオナはある仮説を立てた。正直、彼女も自分の立てた仮説は信じられないと言う様子だった。
「ここは私達の知らない世界…異世界だと言うことですね。」
鑑みるにここは自分達の住まう世界とは異なる世界であり、自分達の固定概念を覆すようなことばかり起きているのも腑に落ちる。
「異世界…ですか…。」
「恐らく空から落ちて来たあの飛行物体…あれが落ちて来たことで、この国はこの異世界へ転移してしまった。そして魔法とスキルが使えなくなったとしたら…。」
全ては空から降ってきたあの隕石から始まったのだと…突飛な話に聞こえるかもしれないが、これまでの不可解な現象もそれなら話が通る。
「周辺の調査も必要ですね。もしかすると食料や薬の問題もなんとかなるかもしれませんしね。」
周りが原生林とは言え資源確保のために赴く必要が出てくるだろう。行く行くはそこの調査もすべきと考える。
「すみません、今よろしいでしょうか?」
別の衛兵が王の間に入り、報告をしていた衛兵に耳打ちをする。
「陛下、西の物見やぐらからの報告によりますと原生林の中で狼煙を見かけたと言うことです。」
報告の内容は西の方で狼煙を見たと言うことだった。
「狼煙…山火事ですか?
「山火事にしては規模が小さく、煙しか見えなかったそうです。」
火のないところに煙は立たない。煙が上がると言うことは火が燃えていることは確かだし、山火事ならもっと大騒ぎになっているはずだ。
「では誰か外に出て狼煙を上げたのですか?」
「言葉を返すようですが、こんな騒ぎでは外に出られるかどうか…。」
おまけに火を扱うと言うことは少なくとも野生の獣の仕業ではなく、火の扱いに長けた知性のある存在…人間の仕業でしかない。
最初は誰かが原生林に迷い込み、狼煙を上げたのかと思っていたが悪夢のような一夜の間にそんなことがやれるかどうか分からなかった。
「もしかすると私達だけでなく、他の国の人達も同じようなことに?」
他に考えられるのは自分達とは違う国の人間達も、異世界転移に巻き込まれて右も左も分からず救援信号として狼煙を上げたのではと考える。
「如何なさいますか。」
「食料も薬も近い内に確保が必要なら…多少、順番は前後しますが先に密林の調査から始めましょう。」
一応の指示をキオナに訊ねると、彼女は密林の調査をすることを提案した。
「狼煙を上げているのならきっと私達のように困っているはずです。それに道すがらに食料が手に入るかもしれませんしね。」
国内に残された食料などを掻き集めるべきなのだろうが、まずは困っているであろう人々を助け出し、周辺の調査と食料の確保のためにまずは密林に行くべきだと結論づける。
「メリアスと彼をここに。」
狩人のエルフであるメリアスならばきっと今回の調査には役に立つはずだ。更に戦力的なことを考えれば彼の力も必要になってくるはずだ。
「お呼びですか陛下。」
「メリアス、よく来てくれました。それと…。」
「あの…僕は別に良かったんじゃ…。」
呼ばれて跪くメリアスの側にはエインもいたのだが場違いではないのかと戸惑っていた。
「やっぱりここは居づらいです…。」
と言うのもここは彼に取っては悪い思い出しかないのだから長居したくないのも頷ける。
「もうあなたのことは悪く言わせませんから大丈夫ですよ。」
「それに君は自分の実力をハッキリと見せつけたのだ。文句は言えんさ。」
「でも僕は…キオナ陛下のお父様を…。」
キオナとメリアスの励ましを受けるも、エインはキオナの父でありこの国の王であったドレイク王を打ち破ったのだ。言ってみれば自分は反逆者ではないのかと憂いていた。
「お父様は既に耄碌していたのです。あのままだとドラゴン達を怒らせたことでしょう。それに後で分かったのですが、あのまま大砲を撃てば大勢の人が犠牲に…。」
あのままティラノサウルスの子供を人質にして攻撃していれば何があったか分からないし、城の中を砲撃すれば衝撃波が逃げずに被害が拡大したかもしれないのだ。
「それに今は少しでも戦力が欲しいんです。魔法やスキルが使えなくなった以上はあなたのその力が頼りなんです。」
「…僕にもどう扱えば良いのか分からないんですけど…。」
そう言いながらエインは手のひらから青白い火花…生体電流を出して見せる。
話には聞いていたもののこれまでスキルや魔法が身に付かなかったエインからすれば到底信じられず、本当にこんな力が役に立てるかどうか分からなかった。
「だとしてもあなたにはやって貰わねばなりません。その力は今は弱くても、真価は確実な物のはずです。」
「案ずるな、我らも同行する。君の力を強くさせ、この絶望的な状況を打開させる義務がある。」
しかしながらキオナとメリアスもエインの生体電流を高く評価しており、その実力は一時的ではあるが強力で鍛えればこの先々できっと戦力として活躍してくれると激励してくる。
「エイン…お願いします。それにあなたの力があれば助けを求める人達もきっと助けられるはずです。」
「…分かりました。僕で良ければ…行きます!」
ダメ出しでキオナはウルウルとした目で懇願してきたことと、助けを求める人がいることを聞いてエインは戸惑いながら了承する。
「フォークとロボを同行させても?」
「構いません。寧ろ、あの二体の力は必要になるはずです。」
パートナーであるフォークとロボももちろん同行を許可されるのだった。
「それにしてもキオナ陛下は…」
「キオナ。」
「…キオナは王様になって色々大変じゃないの?」
エインはキオナが玉座に就いているのを見て、彼女がこの国の新たなる王様になったことを意味しておりそのことに唖然となっていたのだ。
「仕方ありませんわ。第四王位継承者ですし、お姉様もお兄様も遠征に行ってて不在でしたし…妹はまだ幼いですし…私がやらなければなりませんからね。」
キオナには他にも兄妹がいるのだが、異世界転移が始まる前に遠征に向かったため今はどうしているか分からないのだ。そのためドレイク王が亡き今はキオナが代理として国を動かさねばならないのだ。
「良いか?狼煙が上がったのはここだ。距離にして二キロは離れている。退路を確保しつつ前に進むぞ。」
エインとメリアスを含め数人の救助隊兼調査隊が選抜され、国と外界を隔てる壁を前に一同は地図を広げて位置を確認し合う。
「何が出るか分からないわ。周囲に気を付けて。これまでのやり方では死ぬと考えてちょうだい。」
「「「了解!」」」
これまでのことを考えれば、もはや慢心も傲慢さも捨て去らなければ決して生き残ることは出来ないと身を持って知ったからこそメリアスの言葉に異を唱える者はいなかった。
「この辺じゃ見たことない植物ばかりだな…。」
「暑いなぁ…まだそんな季節じゃないはずなのに…。」
意思確認を終えた一同は国境を越える跳ね橋の上を渡り密林へと入っていくが、最初に襲って来たのは見たことない植物や感じたことのない熱帯の気候だった。
「跳ね橋が…。」
「獣が入らないようにしないといけないからな。」
全員が渡り切ると跳ね橋が上がり、人間はもちろん獣も出入りが出来なくなるようになる。
「なんだよ、無能様はお家に帰りたいんじゃないんでちゅか?」
「聞いて呆れるような臆病者だな。」
救助隊には衛兵以外にも戦士や剣士として戦っていた者達も混じっていた。戦力的にもいた方が良いのだろうが、彼らはエインを虐げていた者達だった。
「あう…やっぱり僕は…。」
「貴様ら!彼の実力を目にしてまだそんなこと言うのか!」
「寧ろそれは貴様ら自身に言っているのか?」
場違いじゃないのかと自信を失くすエイン。いつもなら誰も手助けしないだろうが、衛兵達の何人かはキオナの命令か或いは彼の実力を認めているのか庇うように反論する。
「あ…ありがとうございます…。」
「気にするな。君は自分の身を守れるようになるんだ。」
庇われたことは初めてで照れている様子を見せるエインの背中を優しく押すメリアス。
「…無能の奴、あんな綺麗な女にリードされやがって…!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ…!」
そんな傍から見れば羨ましい状況に先程の男達は妬みの視線を向けていた。
「止まれ!」
ふと草木を切り拓きながら先頭を進んでいた戦士の一人がストップを掛ける。
「見ろ…足跡と獣道だ。」
見つけたのは巨大な生き物がここを踏み締めたであろう大きな足跡と、通る際に木々を押し退けて出来た道である獣道があった。
「昨日のドラゴンか?」
「ワイバーンもどきかもしれんが、どうも足の数が合わないような気がするな。」
最初はティラノサウルスかカルノタウルスかと思っていたが、残された足跡はかなりの数で二本脚で歩くあの生き物達の物にしては数が合わないように見えた。
『キャンキャン!』
「どうしたの?何か見つけ…た…の…。」
ロボがその足跡を追うように駆けていき、更にその先の丘の上で吠えるため何かと思いエインも様子を見に行く。
「エイン!単独行動はあまりするな!何がい…る…か…!?」
メリアスは慌ててエインとロボを連れ戻そうと丘の上へと登りその先の光景に言葉を失った。
「どうし…た…。」
「あ…ああ…!?」
「嘘だろ…バカデケェ…!?」
一体何が起きたのかと他の救助隊は丘の上に登り、その先の光景を見て同じように言葉を失うばかりだった。
『『『ウオオオォォン…。』』』
「まるで…小山が歩いているみたいだ…。」
目の前には背中に五角形の板を二列、首から尻尾に掛けて生やした象と同じ体高を誇るトカゲのような生き物が我が物顔で通り過ぎて行く。
『オオオン…。』
「うっ…!?こいつらまさか俺らのことを…!?」
その生き物の一体と目が合い、このまま襲ってくるのではと戦士は警戒する。
「待って…この生き物は襲って来ないよ。」
「は…?な…何でそんなことが分かるんだ?」
武器を思わず握り締めていた戦士だが、エインはそっと手を置いて落ち着かせようとしてくる。
『オオオン…。』
「ほらね。」
目が合うもその生き物は興味をなくして目の前のシダを食べ始めていた。
「何故…襲わないと分かったんだ?」
「この生き物…『ステゴサウルス』は基本的に草食で草しか食べないんだよ。」
「ステ…?このモンスターの名前か?」
これまたどうしたことか、エインは目の前の生き物が大人しい草食恐竜『ステゴサウルス』だと見抜き説明していく。
「エイン…どうして…。」
「僕にも分かりません…ただ何だか頭にそんな情報が入って来るんですよ。」
「驚いたな…相手のことも分かるのか…。」
これまたどう言う訳は知らないが、エインには生き物の情報を瞬時に取得することが出来るようだった。
「これは…希望が見えて来たかもしれないぞ…磨けば本当に輝くかもしれん。」
「そ…そうかな…?」
戦力的なこともだが、相手の情報が分かることも重要なため次第に希望が確かな物になり救助隊のほとんどが表情が明るくなる。
「ちっ…!?あの野郎が…!?」
しかしそれを面白くなさそうに見ていたのは、かつてエインを虐げていた者達だったことは言うまでもない。