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『暴君』との決闘

「たあっ!」


もう何匹目かのディモルフォドンを切り払ったリオーネを先頭にエイン達は地下牢へと避難していた。


「ここだよ!」


「まあ、ここは厨房ですわよ。幾らお腹が空いてるからと言って…ふふっ。」


地下牢へ行くはずが何故か厨房に辿り着いてしまったことにキオナはクスクスと笑っていたが、着いてきたリオーネ達は呆れ顔になっていた。


「ほら、あの壁の穴から地下牢に行けるんだよ。」


「おま…あんな大きな穴を開けおって…!?」


厨房の壁に開けられた大きな穴は最初は恐竜達が開けた物だと思っていたが、エインだったと知り更に呆れた様子を見せるリオーネ。


「ここから行けば僕が入っていた地下牢に抜けるはずだよ。」


「はあ…今は姫様や国民の無事を優先せねば…案内してくれ。」


今は緊急事態なため深くは言及せずに、避難を優先させることにする。


「まあ、お城の中をこんな風に探索するのは初めてですわ!」


産まれた時から城の中はよく知っているキオナだが、城の基礎の中を歩き回るなんてことは初めてなためキオナはワクワクした様子で渡り歩いていた。


「姫様にこんな所を通させるなんて…。」


「あ、ここだよ。」


守るためとは言えこんな辛気臭い所を歩かせてしまうことに複雑な気持ちを覚えるリオーネ。そして開けた部屋に出て、終点である牢屋へと辿り着く。


「うっ…こんな所にいるのか?」


「カビ臭いな…。」


元々罪人を放り込んで置く場所なため環境はお世辞にも最高とは言えず、寧ろ整備するのも勿体ないとかなり蔑ろにされ劣悪な環境になっていた。


「本当に姫様をこんな所に入れるのか?」


「あら、牢屋なんて一生に一度入れるかどうか分からないですわよ?」


市民やリオーネが躊躇う中で好奇心旺盛なキオナは牢屋の中で小躍りしていたが、牢屋なんて好んで入るような所ではないだろうと思いたくなる。


「…しかしここなら安全でしょう。この無能の言う通り」


「エインです!」


「…エイン…の言う通り、ここは頑丈ですし暫くは大丈夫でしょう。」


今まで通りエインを蔑むことを言うリオーネだが、発言権もないことながらキオナからも叱責され言い直すことになる。


「私は他の者達の避難に行きます。」


「何を言うのですか!王女として国民を見捨てることなんて出来ません!」


リオーネは再び牢屋の外に出て避難誘導をしようとするが、キオナも国民を助けようと立ち上がる。


「姫様!あなたを避難させるためにここへ来たのに…!?」


国民はもちろんのことだが、キオナを安全地帯に連れて行くのが目的だったのに戻って来てしまっては本末転倒だった。


「ですが国民は苦しんでいるんですよ!それなのに王女である私が導かなくてどうするんですか!」


キオナは梃子(てこ)でも避難誘導をすると言う意思でリオーネも困り顔になる。


『ガオオオオン!?』


「こ…この鳴き声は…!?」


地獄の底まで響くような恐ろしい鳴き声。もはやこの国の誰もが忘れることは出来ない、心の傷として残った恐怖の暴君の咆哮に凍りつくのだった。


『ギエエエン!?』


「姫様!ここを動いてはいけません!?」


しかもいつに増してもその咆哮はまるで慟哭(どうこく)のように響いており、ただならぬ雰囲気にリオーネは壁の穴から再び外に出ようとする。


「そんなこと…ダメだ…!」


「エイン…?」


しかしただならぬ雰囲気を醸し出していたのはエインも同様だった。彼は身体から青白い光を放っており檻を前にして佇んでいた。


「ふん…!」


「えっ!?」


「お…おい!?何をしとるか!?」


檻の格子を掴んだかと思えば、その華奢な身体からは想像出来ない力で捻じ曲げて出口を広げて外に出てしまい、フォークとロボもその後を追いかけて行く。


「エイン…待って!?」


「姫様、お待ちを!?」


いつもの穏やかなエインとは思えない雰囲気にキオナは別の意味で居ても立ってもいられなくなる。


「良いではないですか!無能…いえ、エインはきっと何かあって…。」


いつもならエインが自ら去ってくれることに喜ぶところだが、今回ばかりはそんなのなしで何か危険だと察するリオーネ。


「でも、ここで彼を一人で行かせると…二度と戻って来ない気がするんです…!?」


キオナもキオナで今のエインを放置すれば何かが悪い意味で変わってしまうのではと危惧しており、リオーネの制止を振り切って追いかけて行く。


『ギエエエン!?』


城の城壁内ではティラノサウルス達が吠えていたのだが、その場で足踏みをしたり地団駄を踏んだりと立ち尽くす様子を見せていた。


『ギャアアア!?』


そんなティラノサウルス達の身体には一方的に攻めていたとは思えないほどに矢が何本も刺さっており、そこから血が流れ出ていて痛々しそうだった。


「ふははは!良いぞ!もっとやれ!?」


彼らに相反するのは怖気づく市民と打って変わって強気である国王のドレイク王なのだが、彼の背後にはメリアスを始めとする弓矢隊だった。


『グルルル…!?』


本来ならばこんな蜂が刺してくるような攻撃は意に介さず突撃して蹴散らしたいところだが、それが出来ない状況に立たされていた。


「おっと、動くな…こいつがどうなっても良いのか!?」


『グウウウ…!?』


ドレイク王の足下にいたのは口と足を縛られ、その場に転がされた子供のティラノサウルスの一体だった。よく見ると身体には生々しい傷が幾つもある。


「動くなよ。動けば…ふん!」


『グウウウ!?』


『ギエエエン!?』


ドレイク王はそのティラノサウルスの子供の頭を踏みつけ、更にナイフで身体を突き刺すと言う残酷な仕打ちをしており、それを見てティラノサウルス達は怒りを孕んだ雄叫びを挙げる。


「は…はは…何だ、最初からこうすれば良かったのか…!」


「あいつら子供を人質に取られて手出しが出来なくなってるな…!」


「化け物のくせして一丁前に親子の情愛を見せつけてんのかよ!」


これまで一方的に襲われたことで何人もの犠牲者が出ていたが、ここで優位に立てたことで暴君に下剋上を果たすかのように人々が憎悪と殺気を募らせる。


「このまま奴らを釘付けにしろ!大砲の準備が済めば奴らを血祭りに挙げてくれるわ!」


「「「うおおおっ!」」」


高まった殺気と憎悪はドレイク王の台詞で爆発するように増幅されティラノサウルス達を殺そうと意気込むのだった。


「…まさか彼らが子をこんなに大事するとは…。」


生きるか死ぬかの弱肉強食の世界に置いては恐竜の帝王(ティラノサウルス)の子供と言えども殺されてしまうことはある。


だからこそ我が子が生きているなら助けたいが、下手に踏み込めば危険が迫ると理解して無抵抗になっているのを見てメリアスもその親子愛に驚いていた。


「このクソドラゴン!?よくも人間様に逆らいやがったな!?」


「私の大切な人をよくも奪ったわね!?」


仲間や大切な人を殺された憎悪から市民も弓矢を手に取り無抵抗なティラノサウルス達に矢の雨を降り注がせる。


「お前みたいな低俗モンスターが偉そうに親子愛を見せつけるな!?」


「ましてやこんなにも俺達のことを蹂躙しやがって!?」


「薄汚いトカゲの分際でよくも!?」


その中には自分達の自尊心を砕かれ、誇りを踏みにじられたと言う個人的な恨み辛みが混じっていた。


(私達はモンスターを倒し強者であることに誇りに思っていた…けど、ここまで浅ましくなるのは気のせいか?)


生きるために必要に応じてモンスターを倒すのは仕方ないことだし、百歩譲って大切な人を殺されたら同情して加勢するかもしれない。


しかしこれまでのモンスター達は一方的ではあったものの生きるために人間を捕食し、今や捕らわれた我が子のために無抵抗になっている。


それなのに人々は己の虚栄心や邪な欲望を満たすためだけに一方的に攻撃していて、どちらが(ケダモノ)なのかメリアスには分からなかった。


「これで…うわっ!?」


「きゃあ!?何なの!?」


ところが弓を引いていた人々は遠くへと投げ飛ばされ攻撃が(まば)らになっていく。動揺する人々を掻き分けながら誰かが先頭に出てきた。


「貴様は…無能のエインか?」


ドレイク王も異変に気が付いて振り返ってみると『無能』の烙印を押したエインが人混みから出てきたことに戸惑うも今更何をしに来たんだと睨みを利かせる。


「…こんなの自然の摂理から外れている…。」


「な…何だ貴様は…本当に無能なのか?」


これまで『無能』はエインと言う比喩があったが、今の彼からはまるで自分と同じかそれ以上の力を持った国王のような覇気が伝わって来てドレイク王も思わず後退りする。


周りの国民達もこれまで蔑んで忌み嫌っていたエインだと言うのは分かっているが、何故か口出しすることすら出来ずに立ち尽くしていた。


「……。」


エインは国王や国民も意に介さず、傷ついたティラノサウルスを心配そうに見つめていた。


『グウウウ…!?』


対するティラノサウルスもエインを憎しみと怒りはもちろんだが、それ以外の様々な感情を込めた目付きで睨んでいた。


「…待ってて。」


『……。』


パチパチと火花が散る手のひらで首筋に触れたエインは穏やかな笑みを浮かべると、ティラノサウルスも唸り声を潜める。


「ロボ!フォーク!手伝って!」


『グウウウ…!』


『ギイ〜!』


何とかロープを切ろうとしロボとフォークにも手伝って貰う。ロボは牙を使って、フォークは鳥のようなクチバシで噛みちぎろうとする。


「おい!貴様何をしとるか!?」


「この子を仲間の所に返すんです!」


ハッとなるも国王からすれば、エイン達がティラノサウルスのロープを切ろうとしているため怒鳴りつけながら止めようとする。


「おい、何してんだ無能!」


「あんたはやっぱり人が困ることしかしないのね!?」


「ふざけんなよ!?お前があいつらの代わりに死ねば良かったのによ!?」


しかし国民から見てもエインの行動は異常に思え、より危険な状況になると考えた国民は一斉に石を投げつける。


「大丈夫、すぐに自由になるからね。」


『……。』


ところが石を投げつけられようが、抵抗する訳でもなくエインはティラノサウルスを助けようとする。目の前の人間は自分が傷つきながらも助けようとしてくれることにティラノサウルスも困惑していた。


「貴様…余を無視するなぁ!!」


無能だの役立たずなどと忌み嫌い、頼まれなくとも無視はするつもりだったが逆にエインから無視をされたことで王は激昂して乱暴に蹴り飛ばす。


「…もう少し…。」


「貴様…よほど死にたいようだな!」


蹴られても意に介さずティラノサウルスを助けようとする。それを見たドレイク王は堪忍袋の緒が切れて剣をエインに目掛けて振り下ろす。


「エイン!?」


「キオナ…!?」


しかし王の凶刃は自身の娘であるキオナの握り締めた剣によって明後日の方向へと弾かれる。


「貴様、何をしている!」


「お父様こそ、エインに何するんですか!?」


幾ら頭に血が昇っていたとは言え、自分の娘に剣を弾かれたことに激昂したドレイク王はキオナを責め立てる。しかしキオナも負けじと猛反発してくる。


「エインは何度も私達を助けてくれたんですよ!それなのに殺そうとするなんて!?」 


キオナは自分のことはもちろん、これまでにも大勢の人々を助けてくれたと自分の父親に説明し思いとどまらせようとする。


「こんな無能が死のうが誰も悲しまんだろう!それに現にこいつは危険なモンスターを解き放とうとしているんだぞ!」


しかしドレイク王はまるでこの国の気持ちを代表するかのようにエインの存在価値と、彼のやろうとしていることを切り口に糾弾をする。


「…私が悲しみます…!エイン、あなたは…。」


「もう少しで…帰してあげるね。」


国の人々は確かに悲しまないかもしれないが、少なくともキオナは悲しむことは間違いない。そこで彼女はエインにも何か言って欲しいと見つめるも、彼はティラノサウルスの子供を群れに返すことだけ考えていた。


「帰すとは…っ!」


『『『グルルル…。』』』


群れに帰すと聞いてキオナはティラノサウルス達が虎視眈々(こしたんたん)とこちらを睨んでいるのに気が付き、エインがやろうとしていることの意味にハッとさせられる。


「お父様!そのモンスターの子供を群れに返さないと今すぐにでも襲い掛かって来ますよ!?エインはそうならないようにしてくれているんですよ!?」


子供を人質に取って一方的にティラノサウルス達を攻撃していたが、あのままだと子供は死んでしまい、その怒りと憎しみによりティラノサウルス達は猛反撃して来ただろう。


「まさか…奴らをこれ以上刺激しないように子供を解放しようとしているのか…?」


メリアスもキオナの言葉を聞いて、エインのやろうとしていることにハッとさせられる。


「だ…黙れ黙れ!ここで奴らを殺せば訳ないだろうが!大砲の準備が済めば奴らを皆殺しに出来るんだぞ!?」


前線にいたメリアスと王女であるキオナの台詞に国民もざわめき、憎悪で頭がいっぱいだったドレイク王もそこまでは考えてなかったのか、ハッとなるも怒鳴り散らして威張り散らす。


「その必要が何処にあるんですか…食べる訳でもないし、ましてや身を守るにしてもやり過ぎています。」


「エイン…本当にどうしたんですか…。」


いつもは穏やかどころかお人好しで、迫害されようとも誰かに対して怒りを露わにすることがなかったエインが初めて見せる激情にキオナも目を丸くする。


「貴様…無能の分際で、王であるワシに逆らうのか…!?モンスター畜生はワシらの糧に過ぎんのに、逆らった以上は殺処分にして何が悪い…!?」


ドレイクも目を丸くしていたが、相手が自分より弱い存在であると認識しすぐに怒りの目付きに変わる。


「あくまでも自分達が強者であり、それ以外は弱者として食い物でしかないと言うのがあなた達の摂理(ルール)なら…僕は…!」


静かに怒りの感情を見せていたエインは自分達に都合の良い弱肉強食が絶対的なルールだと言うドレイクやこの国のやり方に我慢ならなくなり身体から放電しながらドレイクを睨みつける。


「ならそこのモンスターと共に処刑してくれるわ!」


「お父様、止めて!?」


反逆罪だともはや疑う余地はないと判断したドレイクは、キオナの必死の呼び掛けに応じずに剣を抜いてエインとティラノサウルスの子供を殺そうと振り下ろす。


「…強者こそが絶対…その言葉を忘れないでください。」


しかしエインは押し殺すような口調で、青白い光の尾を残しながら刃を寸前で回避する。


「な…何だ貴様!その動きは!?」


剣術や戦闘経験は王とエインとでは大人と赤子ほどの差があり、その切っ先を避けることは無能と呼ばれるエインに出来るはずがない。


それなのに切っ先は同極の磁石のようにエインの身体に当たることは全くなかった。


「エイン…本当にどうしたんですか…。」


(何だろう…キオナの言う通り、さっきから僕は何かおかしい…。)


キオナの言葉を耳にしていたエイン本人にも、いつもの自分とは何か違うと薄々感じていた。


「この!?この!?」


(右から来る…次は左…今度は半歩下がれば躱せる…。)


頭に何かピリピリと伝わるかと思えば、ドレイクが剣を振り回すイメージや次の攻撃の軌道が頭に流れ込み、その度に身体が勝手に動いて避けていくのだ。


(戦ったこともないのに…何でこんなに動けるんだろう。)


戦闘経験はおろか、喧嘩なんて負けっぱなしだったのにプロ顔負けの動体視力があったなんて、エイン本人だって知る由もなかっただろう。


「はあ…はあ…貴様…何でだ…スキルを使っているのか!?」


「…僕は『無能』と呼ばれているのにどうして…。」


『英雄達の王』と『無能』との立場を逆転されるなんてそれこそスキルや魔法を使わないと不可能だろう。しかしエインにそれを答えることは出来ないし他人に出来る訳もなかった。


「ふ…ふざけるなぁ!モンスターだけでなく、無能の貴様にこのワシがどうして手玉に取られなければならんのだ!?」


「…浅ましい。」


刃を避けたエインは懐に飛び込み、掌底を打ち込むと青白い電撃がドレイクに流れ込む。


生体電流(パルス)』。人間を始めとする生物の身体に流れる電気信号のことであり、脳から神経を介して電気が流れ体組織や腕や足などに信号を送り機能させる体内システムのことだ。


今のエインには理由は不明だが、生体電流を増幅させ肉体や動体視力、身体能力を強化し更には相手の生体電流を読み取って回避したり、電流を流して攻撃することを可能としていた。


魔法やスキルが使えなくなったとしても、生体電流は()()()()()()であるため何の影響も受けずに使えるのだ。


「がっ…はあっ…!?な…何故だ…!?」


「…強者こそが絶対なんですよね。」


冷淡に告げるエインの前に力尽きた王が跪く。まるで新たなる王者が決まったような瞬間であり、独特な神聖さに国民も恐竜達も黙って一部始終を見ていた。


エインとドレイクとの戦いは国民に取っては下剋上の戦い、恐竜達に取ってはどちらが強者であるかの戦いでありお互いに口出しも手出しも出来なかった。


「僕こそが…強者だ!」


完全に勝利するためには時としてライバルを蹴落とす必要がある。それは目の前にいるドレイクを殺すことにも繋がり、奇しくもそれがエインのこれまでの無念を晴らすことになるだろう。


「エイン!?はう!?も…もう…良いんです!?私の父を殺すのは止めてください!?」


「…はっ!?」


全員が王が倒されそうになるのを目の当たりにし言葉を失う中で、キオナはエインの生体電流を受けながらも抱き着いて止めさせる。


「あ…がっ…!?かはっ…!?げほげほ!?おええぇぇ…!?」


「だ…大丈夫ですか!?」


その瞬間に青白い光は蛍のように消え失せ、まるで憑き物が落ちたように意識がハッキリとするも、窒息したかのようにむせ返し、頭の中がグチャグチャになるような感覚に吐き気を催していた。


本来は肉体や体組織を機能させるためだけの電流なのだが、その電圧を火事場の馬鹿力のように増幅させれば肉体への負担はかなり大きいはずだ。


「あ…え…僕は…。」


「はあ…良かった。元のエインですわ…。」


咳き込んで、吐くだけ吐いて落ち着いたエインはいつもの穏やかな目付きに戻っており、キオナもホッと胸を撫で下ろす。


「そうだ…この子を助けないと…。」


思い出したようにフラフラした足取りでエインは縛られているティラノサウルスの子供に近寄る。


「ふざけるなぁ無能がぁ!!」


「がっ…!?」


しかし背後からドレイクが剣の柄で殴り掛かり前のめりに転ばせる。


「お父様!?どうして…!?」


「こんな…こんな無能に数多の英雄の上に立つこのワシが負ける訳がなかろう!?」


決着は既に着いたはずなのに、キオナが殺すのを止めたのにドレイクはエインを始末することに固執していた。


「勝ったのはワシだ!強者こそが絶対なら…貴様はそのモンスターと殺されても文句は言えまい!」


「ぐっ…せめて…君だけは!?」


ドレイクが剣を振り上げるのを見たエインは、なんとしてもティラノサウルスだけは助けようとロープを力任せに引きちぎる。


『グオオオオン!』


なんとかロープが切れて自由になったティラノサウルスは、これまでの屈辱を晴らすように唸り声を挙げながら立ち上がる。


『グルルル…!』


「エイン…!?早くそこから逃げて…!?」


ティラノサウルスはすぐ近くで倒れているエインを睨みつけ、今すぐにも喰らいつきそうな勢いでありキオナは届かないと分かっていながらも手を伸ばす。


「ふははは!そのまま自分が解放した低俗なモンスターに食い殺され、自分の愚かな行いを悔やみながら死ぬがいい!」


解放されたティラノサウルスに食われるのを残酷な笑みを浮かべ待ち望むドレイク。


「さあ…早く、ここから離れて…君を待ってる家族の元に…。」


それに対してエインは食われることよりも、仲間のティラノサウルスの元へと帰すために我が身を犠牲にし、自由の身になったのを見て安らかな笑みを向けていた。


『…!グオオオオ!』


そして自由になったティラノサウルスが次にしたことは、人の頭を噛み砕ける顎を開き…。


「ぎゃああああ!?」


「お…お父様!?」


目の前にいたエインではなく、勝ち誇った様子のドレイクの腕に喰らいついたのだ。


『ガオオオオン!』


「ぎゃあああぁぁぁ!?だ…誰か助けろ!?ワシはグランドレイク王国の国王…!?」


そのままねじ伏せて、断末魔と命乞いをするドレイクの頭に噛みつきリンゴのようにグシャリと噛み潰して血しぶきや肉片を飛び散らせる。


「お…お父様…。」


最後の最後で下劣な所を見せたとは言え、目の前で生みの親が殺されたことにキオナはヘナヘナと崩れる。


『グルルル…。』


『ゴルルル…。』


エインに一瞥(いちべつ)した後でティラノサウルスの子供は噛み潰した頭部を丸呑みにし、仲間達の元へと帰っていく。


あんなに恐ろしい生き物でも親子の情愛はしっかりとあり、無事であることに心底ホッとして何処か感涙しているようにも見えた。


『…ガオオオオン!!』


そしてリーダーのティラノサウルスはキッと向き直り、子供はもちろん自分達を痛めつけた人間達に対して慟哭を挙げ、得意気になっていた人々を慄かせる。


「…ゴメンね…僕がもっと早く来ていれば…。」


『…グルルル…!』


民衆の中で子供を助けてくれたエインを見ており、彼の心からの謝罪を受け取ったかは不明だがティラノサウルス達は踵を返して城から引き上げていく。


「…皆さん!エインは間違っていませんでした!彼は私達と…そしてあのモンスター達を助けたのです!」


ティラノサウルスが姿を消した瞬間に日差しが差し込み、長かった夜が明けていくと同時にキオナが城中に聞こえるような大声で宣言する。


「もう彼は『無能』ではありません!彼は私達とモンスターを助け、我が父ドレイク王を破ったのです!強者こそが絶対ならば…王女としてエインを、もはや『無能』とは呼ばせません!」


父である国王が敗れ、ティラノサウルスに殺されたことで繰り上がりながらも王女として毅然として、それでいて厳かな様子で宣言する様に誰も反論は出来なかった。


それ以前に弱肉強食や強者こそが絶対としてきた彼らに取って、その頂点であるドレイクを破ったエインの実力を見せつけられてはもはや『無能』と呼ぶことは出来なかった。

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