『揺り籠』の大地
「ん…朝ですか。どうやら今日は移動してないようですね」
朝日が差し込んで目を覚ましたキオナは自分達が盛り土の中にいるのを確認し、今度は何者かの手によって運ばれたと言うことはなかった。
「お兄ちゃん…」
「リリー…ちゃん」
「相変わらず仲の良い二人ですね……?身体が妙に重いですね」
側にはエインとリリーが寄り添いながら寝ており、微笑ましく見ていたキオナは不意に身体が重いことに気が付いた。
「ひああああああああぁぁぁぁぁ!?」
朝の目覚まし時計よりもティラノサウルスの咆哮よりもずっと大きなキオナの悲鳴が盛り土の中で響き渡り、寝ていた仲間達は鼓膜が破けるような悲鳴を聞いて飛び上がる。
「な…何だ!?」
「どうしたのよ!?」
「エインのバカバカバカバカバカ〜!?私に何をしたんですか〜!?こう言うのは順番があってですね!?」
飛び起きてみるとキオナが泣きながらエインをポカポカと殴りながら追及しており、何が起こったのか検討が付かなかった。
「ちょっと、何があったのさ」
「エインくん、キオナ姫に何をしたんですか」
夜明けとは言え鼓膜にも心臓にも悪いような大声で起こされた一同を代表するかのようにレイは攻めるように、アルロは心配な様子でエインとキオナに話し掛ける。
「僕にも何が起きたのか…」
「これを見ても!同じことが!言えるんですか!?」
騒ぎの第二者であるエインも困惑していたが、キオナは動かぬ証拠と言わんばかりに泣きながら自身の身体の一部をエインと仲間達に見せびらかす。
「責任取ってくださいよ〜!?」
「なっ…何よその大きなお腹は!?」
「もしかしてそれって…赤ちゃん?」
見せてきたのはキオナのお腹なのだが不自然に丸く膨らんでおり、昨日の食事量からすれば食べ過ぎたとようには見えないし、どう見ても身籠っているようにしか見えなかったために一同は凍りつく。
「最近ずっとエインと一緒に寝てますから、絶対にエインとの子供ですよ〜!?」
「待て待て待て待て待て待て!絶対におかしいだろうが!」
確かに男女一緒に寝るのは色々と問題があったりするが、額面通り寝ただけなら子供が出来る訳ないし、短期間でここまで大きくなるのは不自然だった。
「よく分からないけど、その責任?ってのを取れば良いの?」
「意味も分からず取ろうとするな!ってか、その必要はないと思うぞ!」
「そうだよ、必ずしもエインくんの子供とは限らないんじゃない」
「レーヌもややこしいこと言わないでよ!と言うかエインでなくともおかしいでしょ!」
キオナは聡明な人物かと思われたが、まさか彼女の性的知識が『赤ちゃんはコウノトリが運んでくる』ぐらいでしかなかったことで、エインに危うく取らなくていい責任を取らせる所だった。
「ううっ…じゃあこれは一体…」
「ちょっとそれを見せてください」
モルマはキオナの服を捲って腹部の様子を確認しようとしたが、そこからゴロリと楕円形の物体が目の前に転がってくる。
「「「……卵?」」」
キオナの膨らんだ腹部の正体は服の中に卵が入っていたからだった。
「寝ぼけて服の中に入れたのですね…しかしこれは何の卵ですか」
「リリーの持ってる卵は全部あるよ」
卵と言えば獣人族が後生大事にしていた卵とドリプトサウルスの卵があるが、今回はそのどちらも手元にあるため目の前にあるのは何の卵と言うことになる。
「皆…見てよ」
ふと周囲の気配を感じ取ったエインは目の前の光景に圧倒されながらも全員に呼び掛ける。
『『『ギィー…』』』
『『『ウルルル…』』』
『『『オオオ…』』』
「「「わあ…」」」
周りには自分達がいる盛り土と似たような物体が幾つも点在しており、その一つ一つを起点にモンスター達が朝日に照らされながら草を追加で詰めたり中にある卵の世話をしたりしていた。
数はもちろんのことだが、何処か慈愛に満ちた雰囲気は朝日と相まって一同に感嘆の声を漏らさせたのだった。
「ここは…モンスターの巣だったのですね」
夜間に迷い込んだために全容は分からなかったが、どうりで草が敷き詰められて暖かくおまけに食べ物もあると思ったら、自分達のいる盛り土の正体が目の前に点在するモンスターの巣だったのだ。
「え…きゃあ!?」
何かの気配を感じ取ったロイルは振り返ると同時に悲鳴を挙げる。
「ロイルお嬢様!」
『ギュウ?』
彼女の悲鳴に驚き振り返ると、この巣の持ち主であるモンスターが不思議そうにこちらを見ていたのだ。
見た目はパラサウロロフスやコリトサウルスのように口先がカモやアヒルのような平たいクチバシになっており、お腹は樽のように丸みを帯びていて、よく見ると額には小さな突起物がある草食恐竜だった。
「お嬢様を脅かそうとは不届き千万!許す…ひゃあ!?止め…頭巾を取るなぁ!?お嬢様〜!?」
クナイを出して追い払おうとするハヤテだがその恐竜は彼女のアキレス腱である頭巾を咥えて引っ張るため奪われないようにするのに必死になり、助けに入ったはずが逆に主人であるはずのロイルに助けを求めてしまう。
「ちょっとあなた!私の従者をイジメたら…うひゃあ!?」
前に出て反論しようとするロイルだが、その草食恐竜は頭巾を離して彼女の顔や首筋を舌で舐めてくる。
「止め…くすぐった…!?ちょっ!何処を舐めて…とっとっと…あいた!?」
舐め回され唾液でヌルヌルになる不快感とくすぐったさで後退り、更に胸の谷間に生温かい舌が入り込んだことで巣の淵に足を引っ掛けてしまい勢いよく転んでしまう。
『ギュウー』
「ひゃあ!?ちょっと…止めなさい!?」
それを見た恐竜は転んだロイルの足を咥えて立ち上がるのだが、スカートを履いているために哀れにも逆さ吊りにされ辱められる羽目になってしまう。
「降ろしなさい!降ろさないと…あら」
言葉が通じたかは不明だが恐竜はロイルをそっと巣の中に降ろすのだった。
『キュウウウ』
「ちょ…さっきから何ですの?」
「敵意は無さそうですが」
ロイルを降ろすと慈愛に満ちた鳴き声を発しながら頭を優しく擦り付けてきたのだ。
「大丈夫だよ、このモンスターはロイルさんが転んだのを心配してるんだよ」
『ギュー』
エインに宥められてロイルとハヤテが落ち着いたのを見た恐竜も、もう大丈夫だと判断して何処かへ歩き去って行く。
「私達は間違えて巣の中に入ったのに、ロイルさんを中に戻すとは一体…」
人間だって住む家に異種生物であるイタチやアライグマが侵入してたら駆除するのはもちろん、同じ人間でも見知らぬ人間が勝手に上がり込んでいたら怒るのは当然だ。
知らなかったとは言え巣の中に上がり込んだ自分達は招かれざる客なのは間違いないのに、追い出すどころか外に出たロイルをケガしてないか心配する様子に首を傾げる。
『キュウ』
『『『キュウキュウ!』』』
すると近くの巣では別の恐竜が自分の巣に果物を咥えて戻って来ており、巣の中で待っていた子供恐竜達は催促するように鳴き声を挙げていた。
「驚いたわね…子育てするのはもちろんだけど、子供のお世話の仕方がまるで鳥みたいね」
「確かにそっくりですね」
元の世界でも子供を育てたりするモンスターは居ないことはなかった。しかし目の前にいる恐竜の群れは総じて巣のような物の中で子供を育てており、鳥のような子育てにモルマとラーナは心が和み、そう溢すのであった。
かつて恐竜は卵を産み落として孵化したら子供は放置すると考えられていたが、この恐竜の化石の近くに卵のある巣の化石が発掘されたことで、それまでの定説が覆されて恐竜も子育てをした説が出てきたのだ。
故にこの恐竜達は『マイアサウラ』と呼ばれており、今エイン達がいる場所はマイアサウラ達が集団で子育てをするための集団営巣地だったのだ。
「あ、戻って来たよ」
「何か咥えてるよ」
『キュウウ』
カイとカナの指摘通り巣の持ち主であるマイアサウラが何か咥えて戻って来る。すると咥えていた物を一同の目の前にそっと降ろす。
「ラズーべの実じゃない。巣の中にあったのはこいつが集めてたのね」
「でも、オイラ達はそれを食べたのにこれは何なの?」
昨夜食べたラズーべの実、あれは思えばこのマイアサウラがせっせっと集めていた備蓄食料のはずだ。それなのにレーヌの言う通り、自分達は巣に上がり込んだ上に勝手に食べたと言うのに何故か怒らずに新しいのを持ってくるなんておかしな話だ。
「…もしかして私達のことを子供と勘違いしてるのかしら」
「ええっ!まさかそんな…でも、だったらこのラズーべの実は…」
巣の中にいる自分達を招かれざる客ではなく、我が子として招いているメロルの話はとても信じられなかったが、目の前のラズーべの実をどう説明したら良いかラピスには分からなかった。
「そう言えばこの巣には卵が一つしかないね」
「だから私達を子供として受け入れてるのでしょうか」
無茶苦茶かもしれないが、エインの言う通り他と比べれば今いる巣の中には卵が一つしかない上に子供のマイアサウラもいなかった。だからその寂しさから自分達を受け入れているのではとキオナは憶測を立ていた。
『ギュウウ』
「少なくとも危険はなさそうですし、おまけに嬉しい食べ物にも困らないため、暫くはここに滞在しましょう。どっちにしても今は私達を手放す気はなさそうですしね」
マイアサウラは巣の側に寝そべってキオナ達の食事の光景を愛おしそうに見ている辺り、巣立つまで自身の子供として甲斐甲斐しく世話を焼くつもりらしく、どうせならリオーネ達が見つけてくれるまで留まることに決めた。
「でも一応は周辺の調査をした方が良いかもな」
「ここに閉じこもっててもつまらないしね」
『ギュウ』
カルロスとトランは巣から出て周辺の調査に向かおうとするとマイアサウラもその後を追いかけるように立ち上がる。
「巣からは出してくれるけど付き添ってくるのね」
「…僕も行って良いかな」
付き添うマイアサウラを目で追っていたエインは徐ろに同伴を求めてくる。
「別に良いけど、どうしたの?」
「何でだろう…離れたくないんだ」
エインは両方の人差し指をつつき合わせながらマイアサウラを何処か恋しそうに見上げていた。
「エイン、大丈夫ですか」
「キオナ…何だかマイアサウラを見てると、とても寂しく感じるんだ」
それからマイアサウラと共に周辺の調査に向かうのだが、エインは常にマイアサウラや他の巣で子供と戯れる別のマイアサウラを見ながら何処か寂しそうにしていた。
「エイン、もしかして両親のことを思い出したのですか」
「うん…胸がザワザワすると言うか、やっぱりなんだかんだ言っても忘れられないんだ」
捨てられたからこそ親の愛に飢えており、仲睦まじいマイアサウラの親子や自分達を我が子のように見ているマイアサウラに親の面影を重ね切なさを噛み締めるエイン。
「エイン、どうしたところで過去は過去です。今更変えることは不可能なのです。ですが今は側に私がいるではありませんか」
過去を知るからこそキオナは切なさそうにするエインの手を取り、目を合わせて話し始める。
「これからはあなたが辛い思いをした分、幸せになっていく権利があります。ですから…」
「キオナ…」
真剣な眼差しで思いを伝えてくるキオナにエインもいつの間にか思わず目が離せなくなっていた。
「……キオナ姫。あたし達がいること忘れてないですよね」
「なんか…オイラもモヤモヤする」
二人だけの世界を壊すかのようにトランが目尻をヒクヒクさせながら話し掛け、便乗するようにレーヌも口を挟んでくる。
「私が話している最中なんですよ」
「エインを幸せにするんなら何もキオナ姫だけとは言わないですよね?」
キオナはトランと目線を合わせるもエインの時と違い、視線から何やら光線のような物が発せられていてトランの目線の光線と接触すると火花が散っていた。
「どうしたの二人共」
「それよりもオイラと…」
「「抜け駆けするな(しないでください)!」」
呆気に取られるエインの手を引いてレーヌが抱き着き、そのままちゃっかり二人から距離を取ろうとするもまくし立てられてしまう。
「俺達は何を見せられてるんだ」
「モテモテだねぇ〜」
周辺の捜索には何人かが巣から出て調査していたがカルロスは「何を見せられてるんだ」と言う顔をし、ナクアは年相応に恋愛事に興味津々な様子だった。
「それにしても今までの場所と比べるとここは比較的穏やかですわね」
ロイルはエイン達のやり取りには目もくれず真面目に周辺調査を行なっていたが、マイアサウラの営巣地とその周辺がとても穏やかであることに同じ弱肉強食が強調された殺伐とした世界とは思えなかった。
「気候も気温も穏やかで少し暖かめ、辺りは平原で近くに大きな湖。心が落ち着き和やかになるでござるな」
暑くも寒くもなく小春日和を思わせる開けた平原に涼しい風が草をなびかせ波打つかのように通り抜け、その側には綺麗な青い湖が広がっており、もし別荘を建てるのならここほど最適な場所はない美しい光景にハヤテも穏やかな顔を浮かべていた。
「やっぱり子育てをするのならこう言う場所が子供に取っても良いんだろうね」
「あら、あれは何かしら」
ラピスも例に漏れず穏やかな環境に和んでいると、同じく和んでいたエルケが目の前にマイアサウラとは異なるモンスターがいることに気が付いた。
マイアサウラと比べると大きくはないが、立ち上がると人間よりも頭一つ抜きん出た体格は草原でもよく目立つためすぐに分かった。
「ウサギのように見えますが身体の大きさと構造が異なりますね」
見た感じはウサギのように長く伸びた耳に寸詰まりの鼻先、そして後ろ脚が長く発達しているのだが大きさを差し引いてもやはり同種とは見えなかった。
「あれは『プロコプトドン』だよ。お腹に袋みたいな物があって、そこで子供を育てるんだって」
『グウウ』
『ググウウウ…』
『ググッ』
その正体は地球の歴史上最大とされたカンガルー『プロコプトドン』だった。彼らは近くに寄ってきたマイアサウラとエイン達に立ち上がって警戒しており、袋の中の子供も何事かと顔を覗かせてくる。
「本当だ。お腹の袋から顔出してる〜!」
「顔だけちょこっと出して可愛らしいですわね」
「あんなモンスターなら大歓迎ですね」
袋から顔を覗かせる子供のプロコプトドンの愛嬌にナクア達もメロメロになって見惚れてしまう。
「……?」
「どうしましたか?」
プロコプトドンの子供に見惚れているキオナはエインが後ろを振り返ってキョロキョロしているのに気が付いた。
「誰かに見られてるような気がしたんだ」
「まさかあのドリ何とかが来たの?」
視線の気配となるとドリプトサウルスが卵を取り返しにここまで来たのかとトランだけでなくラピスもハヤテも辺りを警戒する。
「ううん、それとは違うような…?」
ドリプトサウルスの視線ならば強い殺気を感じ取れるのだが、今回は殺気どころかそれとは真逆の何処かいたずらっ子が悪巧みをするような気配だった。
『キュウキュウ…』
「ししし…!ちょっとからかってやるか!」
地面の穴から鼻先に二本の角が生えたプレーリードッグ『ケラトガウルス』が這い出てくるのだが、その背中に小さな何かが乗って悪巧みをしていた。




