裁きの獣
『『グルルル…!』』
「まさか引き裂きジャックが単独犯ではなく、複数犯だったとは」
思えばドリプトサウルスが一頭だけとは限らなかったが、他にも仲間がいるとは誰も想像出来なかった。
「リリーちゃん、僕から離れないでね」
「うん…」
いずれにしても取り囲まれてしまい、いつ襲われてもおかしくない状況に立たされていた。
『ガルルル…!グガアア!』
「やっぱり卵を取り返しに来たんだ」
「そうよね。だから向こうもおいそれと襲って来ないのよね」
ドリプトサウルス達はサメのように自分達の周りをぐるぐると旋回しているだけだった。知らなかったとは言えラーナが卵を持ち出してしまったものの、そのお陰で今だに襲われずに済んでいるのだ。
「やっぱり先輩、あたしなんかよりも男をずっと側に置いてたんだ」
二人のやり取りを見て、ラーナは面白くないと言わんばかりに拗ねてしまう。
「ラーナ、今はそれどころじゃ…」
『グガアアア!』
モルマは思わず視線をラーナに向けるも、余所見して隙が生じたのを見逃さなかったドリプトサウルスが飛び掛かってくる。
「きゃあっ!?」
『シャアアア!』
「うわっ!?」
「姫様!こちらに!?」
二手に分かれて避けるも、もう一頭のドリプトサウルスも更に分断させるかのように駆けていく。
『ガルルル…!』
「ラーナさん、逃げてください!狙いはあなたです!」
卵を取り返そうと躍起になっているドリプトサウルスの視線は常にラーナに向いており、狙いは彼女を孤立させるように分断させるつもりだとキオナが警告する。
「何よ!あんた達なんか怖くないんだから!」
『ギシャアアア!』
快活な性格だから負けん気も強かったらしく安々ヤラれてたまるかと大声を出すが、ドリプトサウルスも負けじと大きく口を開いて吠える。ズラリと並んだ鋭い牙と赤黒い喉の奥を目にしてラーナは後退りする。
「フォーク!手を貸して!」
『ギィー!』
二頭のドリプトサウルスの間をフォークが通り抜け、その後ろをピッタリとエインが付いていき、ラーナを庇うように身を翻して三本角と黒曜石の双剣を構えて威嚇する。
「ちょっと!何してるの!」
「早くその卵をドリプトサウルスに返して!」
ラーナからすれば敬愛する先輩と争う遠因になったエインに守られるなんて屈辱でしかなく突き離そうとするもエインとフォークは譲る気はなかった。
『グガアア!』
「っ!フォーク!お願い!」
二人が言い争うのをいつまでも見てられないとドリプトサウルスが飛びかかるが、生体電流を読み取っていたエインはフォークに指示する。
『ギィー!』
フォークは面と向かって受け止め押し留める。硬いフリルと自慢の三本角のお陰でドリプトサウルスの前脚を受けても大したダメージにはならなかった。
「その卵を返さないとドリプトサウルスは君を襲い続けるよ!」
「何を言ってるの!あいつらはこの国を混乱に陥れ、多くの人の命を奪ったのよ!みすみす返す訳にはいかないわ!」
狙われている要因である卵を返すように説得するも、ドリプトサウルスは既に大勢人を殺したため姿を現した以上はここで絶対に捕獲する必要があり、卵は相手に対して優位に立てる取引材料、悪く言えば人質も同然であったためラーナは譲る気はなかった。
「お兄ちゃん!」
『ギァ〜!』
「ゴンちゃん、リリーちゃんをお願い」
心配になって駆け寄ろうとするリリーの服をゴンが咥えてそれ以上先に行かないようにし、更に彼女を守るようにエインが生体電流で指示していた。
「あんたもしかしてモンスターとコミュニケーションが出来るの?だったらこいつらも大人しくさせないよ!」
「だからその卵を返さない限りはどうにもならないよ!」
確かにこの異世界のモンスターとは意思疎通が出来るが、だからと言って何もかも自分の言う通りにすることはエインには出来なかった。しかも相手が人を多く殺したとは言え卵を奪ったとなれば尚更だ。
『グガアアア!』
「わっ!とっ!?ひゃあ!?」
ドリプトサウルスは前脚の鉤爪による左右からの引っ掻き攻撃をエインに避けられるも、その直後に首を突き出して彼の身体に噛みつこうとするが黒曜石の双剣で防がれてしまう。
『グウウウウ!』
「うわあああ!?」
だが、それでも構わないとドリプトサウルスは顎の力を強めて双剣をしっかりと咥え込み、ハンマー投げのように身体を反転させ双剣を口から離してエインの小柄な体を遠くへと放り投げるのだった。
『ガルルル…!』
「うっ…」
邪魔者はいなくなったと言わんばかりにドリプトサウルスは唸り声を挙げながらラーナににじり寄る。我が子を取り返そうとするために凄まじい殺気を放っており彼女も気圧される。
「ロボ!ラーナさんを助けて!」
『ガルア!』
『ギャア!?』
ドリプトサウルスの背中にロボが飛びかかって噛みついたことで、痛みからロデオの猛牛のようにラーナをそっちのけで振り払おうと暴れ始める。
「きゃあ!?ちょっと…うわっ!?」
「ラーナさん!」
暴れる余り尻尾や鉤爪がラーナに当たりそうになり、エインはドリプトサウルスの合間を抜けて彼女の元へと辿り着き手を引いてその場を脱する。
『グガアアア!』
しかしフォークと戦っていたドリプトサウルスが標的を二人に変えて追いかけ始める。
「私の可愛い後輩に手出ししないでちょうだい!」
しかしモルマが割って入って剣を振り回したことで、ドリプトサウルスは一時停止して彼女を睨み返す。
「先輩…!」
「ラーナ!色々言いたいことはあるけど、今はあなたを守らせてちょうだい!」
関係を修復した訳ではないが今すべきことは関係がどうあれ守ることには変わりはなかった。
『ギャン!?』
『グルルル…!』
「お兄ちゃん!もう一匹が木の上に登ったよ!」
ロボを背中から振り落としたドリプトサウルスは仕切り直しだと手近な木の上に登り姿を眩ませる。
「何処にいるの?」
「分かりません、こう暗くちゃ」
上から木の葉が落ちてくるが辺りが暗くては何処にいるか見当がつかなかった。
「とにかくここは私が引き受けるから、あなた達はここから離れ…きゃあ!?」
『ガルルル…!』
殿を務めようとするモルマだが、ドリプトサウルスは彼女の周りを取り囲むようにグルグルと歩き回る。どうやら二人から分断させて殿としての機能を奪うつもりのようだ。
「エイン達を孤立させるつもりですね。エイン、ラーナさん、こちらに来てください!バラバラだとあなた達が不利です!」
「分かったよ!今そっちに…」
『ギシャア!』
キオナの呼び掛けに応じてエインはラーナの手を引いて向かおうとするが、木の上からドリプトサウルスが降りて来て行く手を阻み、すぐさま木の上に登って姿を再び眩ませるのだった。
「エインに守られていると分かっていて翻弄するように木の上から奇襲を仕掛けているようですね」
「まさかモンスターにここまでの知性があるとは…よほど卵を取り返したいようですね」
行く手を阻んですぐに木の上に登ったのはあくまでも狙いが卵を持っているラーナであるため、武器を持っているエインとは直接戦うのは得策ではないと考え、木の上からヒットアンドアウェイでやり過ごす腹積もりなのだろう。
「卵を返しちゃダメなの?」
さすがは兄妹と言うべきかリリーもエインと同じことを考えているらしく卵を返すべきではと口にする。
「返したとして奴がこれ以上人を襲わない保証がないし、寧ろ仕返しと言わんばかりにもっと人を襲うかもしれん」
しかしそうした所でこれ以上の犠牲者が出ないとは限らないし、返した途端に生まれる前の我が子を盗んだ犯人をドリプトサウルスが許すとは思えない。
「残念ですがラーナさんの言う通り、血眼になって姿を見せている今が捕獲するチャンスかと…」
ただでさえ目撃情報も少ない上での捜査で、時間や手間を掛けてようやくの思いで真犯人に辿り着いたのにここで取り逃がせば本末転倒だ。
「問題はどうやって捕獲すれば…せめてシスカさん達が合流すれば…あら?」
せめて増援が来てくれれば何とか捕獲する手立てがあるだろうと考えるキオナだが再び違和感を覚え始める。
「暗くて何処から来るか分からない…」
エインも暗闇の何処からドリプトサウルスが仕掛けてくるか分からないために手出しのしようがなかった。
▷▷▷
「良いかエイン。時として自然やモンスターは我々人間の目を欺く時がある」
「欺く?」
「騙すと言うことだな。例えば草原に合わせて身体の色を変えたりとかな。人間がやる分には近くの草木などを纏って姿を隠すが、モンスターは感覚が鋭いため見破られないように土などで匂いを隠すことも大事だ」
エインはシスカに修行をして貰っていた時、彼女からカモフラージュのことを襲わっていた。
「逆に人間がモンスターのカモフラージュを見破るのは難しいだろう。だからこそ我々もまた目だけに頼らないように感覚を研ぎ澄ませる必要がある」
しかしながらカモフラージュや擬態はモンスターの方が一枚上手であり、その多くは視覚的に人間を欺くため見破るには視覚に頼るばかりでは不可能だった。
「どうすれば良いんですか?」
「基本的に私達は目で物を見分けるが、それだけでなく耳で音を聞き分け、鼻で匂いを嗅ぎ分け、肌で空気を感じる。そうすることで目だけでは見えないものも視えるようになるはずだ」
歴戦の戦士であるからかシスカは視覚だけに頼らない戦い方を熟知しているらしく、それをエインにレクチャーすることにした。
▷▷▷
(目だけでは見えないものも…)
シスカの言葉を思い出したエインは目を閉じてみることにする。
「え、何で目を閉じてるの?」
『ガルルル…!』
すると見えないことで近くにいたラーナの動揺した台詞や周囲の木の葉や枝が揺れる音、更には見えなかったはずのドリプトサウルスの息遣いまで聞こえてくるのだった。
『ゴルルル…!』
急にエインが大人しくなったことに首を傾げるも、卵を奪い返す絶好のチャンスだと隣にいるラーナに狙いを定めながら木の上からにじり寄る。
「…!そこだ!」
エインの耳がピクンと動いたかと思えば、双剣の片割れを音のした方へと投げつける。
『ギシャア!?』
「ひゃあ!?どう言うこと!?」
スパッと言う音と共にドリプトサウルスが掴まっていた枝と一緒に落ちてきたことにラーナは思わずエインの背後に隠れる。
「後ろから…来る!」
「きゃあ!?いつの間に…!?」
すると今度はモルマと戦っていたはずのドリプトサウルスがラーナに食らいつこうとしており、エインはラーナを抱き寄せてその場を飛び退いて事なきを得る。
「あなたもしかして…音を聞き分けているの?」
「はい、シスカさんから教わったことでずっと聞こえるようになりました」
元から反響音で辺りを探れるようになっていたエインからすればシスカからの鍛錬によって磨きがかかっていた。
『ギシャアアア!』
『グアアアア!』
木から落ちたドリプトサウルスは立ち上がり、もう一頭と共に『許さないぞ』と言わんばかりの叫び声を挙げる。
『ギャア!?』
『グアア…!?』
ところが口や前脚にポーラやロープが巻き付いたかと思えば、乾いた破裂音と共にダーツのような物が数発胴体に刺さり、ドリプトサウルスは千鳥足になってその場に倒れるのだった。
「今だ!野蛮な獣をひっ捕らえろ!」
まるで獲物に群がるアリのように怒涛の勢いでオーサイスを先頭に民衆がドリプトサウルスに向かって突撃していきロープの端を掴んで抑え込んでいく。
「エイン、姫様!ご無事でしたか」
突然のことに呆然としていると、群衆の中からメリアスが現れるのだが、見たことない鉄の筒のような武器を持っており、筒の中央に空けられた穴から煙が立ち昇っていた。
「メリアス、その手に持っている鉄の筒は?」
「ラスコさんの設計の元でオイラが作った銃の試作品『鉄砲』だよ!」
先程まで作業していたのであろう、レーヌの顔は鉄粉や汚れが付着していたが満足げに笑っていた。戦力強化のために長いこと掛かったが念願の銃がついに完成したようだ。
「音と匂いがスゴいが…確かに矢とは違って威力が異なるな」
試しに撃ってはみたが矢とは全てが異なる銃にメリアスは唖然としており、手にしているライフルのような銃をまじまじと見ていた。
「火薬はもちろんですが、レーヌさんと共同で設計と考案をした結果完成に至りました。実弾は無かったものの代わりにエルフの麻酔薬入りのダーツを仕込みました」
「そうよ!あたしらに感謝しなさいよね!」
形として作り出したのはレーヌとラスコのお陰だが、ドリプトサウルスに撃ち込んだダーツの中の麻酔薬はエルフ全体によるお陰なのだが、何故かトランが自慢げになって真っ平らな胸をこれでもかと張る。
「こいつらが引き裂きジャックの正体か」
「ドラゴンか?それともリザードマンか?」
「恐ろしい見た目だな」
よく見ると衛兵や候補生に混じって先程までは見かけなかった一般の人々も拘束したドリプトサウルスを興味本位で見ていた。
「さあ、こいつが間違いなくこの国を騒がせた張本人だ思っていた通り醜く残忍な見た目をしているな!このオーサイス様が引導を渡してくれる!」
もうこれで四度目にはなるが今度こそは間違いないと断定したオーサイスはドリプトサウルスを始末しようと剣を抜いた。
「待ちなさい。そのモンスターの処遇は私が決めます!」
「シーナ…姫」
いつものオーサイスなら一般人やモルマのような候補生の言葉なんて聞く耳持たないが、この国の第一王位継承者であるシーナ姫の言葉となれば別問題だった。彼女が真に迫った顔をしながら近付いてくることにオーサイスはすごすごと引き下がる。
「あんたが…パパをあんな風にしたのね」
憎悪を込めた目付きで拘束され転がされたドリプトサウルスを下に見るシーナ。
今思えばドワーフの国であるバリオンからキプロニアス王国へと戻って来たのはシーナの父親で王であるバンシアナ国王がモンスターに襲われたことから始まった。
容疑者として疑われて戻って来て、無実の証明のためにそのモンスターの正体を明かそうと奔走する中で連続殺人事件にも巻き込まれ、その真相は引き裂きジャックであるドリプトサウルスが引き起こしたからだった。
つまりシーナの今の状況は自分の父親を襲い重傷を負わせた犯人を追い詰めたも同然であった。
「それとあんたに紹介したい人達がいるわ。どう、何かあった」
「こいつらの卵がありました!」
まだ何かあるらしく視線を移すとドリプトサウルスの卵が三つ入った巣を抱えて持ってくる数人の男達がいた。
「恐らく卵を産むためにあなた達の奥さんを襲ったのでしょうね」
「ふさげやがって!俺達の女房子供を奪っておいて、てめぇらは幸せな家庭を築こうってのか!」
発言からして男達はドリプトサウルスに殺された妊婦の夫のようだ。それでなくともシーナ以上の強い殺意と憎悪が目に込められており、彼女の制止を振り切ってでも今すぐに殺しそうな勢いだった。
「俺達から希望を奪ったんだ…お前らも同じ思いを味わわせてやる!」
『グウウウ…!?』
一人の男の行動にドリプトサウルスは拘束を振り解こうと藻掻き始める。その男は卵の一つを頭上高く持ち上げており何をするかは一目瞭然だった。
「待って!その卵をどうするの!」
「決まってるだろ!俺達から愛する人を、これから親父にしてくれるであろう子供をあんな風に食い散らかしたんだ!」
「それなのにこいつらはいけしゃあしゃあと自分達だけ幸せになろうとしてたんだ!」
「同じようにこいつらにも同じ絶望を味わわせてやる!?」
エインが引き留めようとするも男達は聞き入れる気はなく、それぞれ卵を頭上高くに持ち上げてドリプトサウルスに同じ絶望を…子を奪われる苦しみを味わわせようとしていたのだ。
「やめて!その卵は人を殺していないんだよ!」
「俺達の女房や子供だって何もしてないのに殺されたんだ!悪いのはこいつだろ!」
確かに卵は人を殺すことは出来ないが、それでもドリプトサウルスに愛する人とそのお腹の中にいた子供を殺された怒りを鎮めることは出来なかった。
「あなたには分からないのよ、大切な人を殺された苦しみはね」
「それは…」
冷ややかな視線を放ちながらシーナから中々手厳しいことを言われてしまいエインは押し黙ってしまう。
「あなたにだって大切な人はいるでしょ?ここにいる人達はその野蛮なモンスターに、その人達を無惨に殺されたのにあなたはその罪を許せと言うの?」
法を重んじる国の姫だけはあるのか、シーナは犯人を追い詰める検事のような冷ややかな視線と冷徹な心持ちでエインを責め立ててぐうの音も言えなくさせる。
「とにかくこいつの卵をぶっ壊してやる!」
もう我慢ならないと一人の男が勢いよく卵を振り上げ、ドリプトサウルスの目の前で勢いよく落とす。
「ぐふっ!?」
「お兄ちゃん!?」
しかし地面に当たる寸前にエインがスライディングして卵をお腹で受け止めるのだった。
『『…!』』
そのことにドリプトサウルスは目を見開いてエインを見ていた。
「お前、なんで邪魔すんだよ!」
「お願い!卵を…この子を殺さないで!?」
卵を壊すために奪い返そうと男は手を伸ばしてくるがエインは守るように身体で覆い隠す。
「こいつらに罰を与えなきゃ、俺達の気が済まないんだよ!」
「あなたには関係ないでしょ、大人しく卵を明け渡しなさい」
シーナも加わって卵を奪おうとし、邪魔をするならエインにも同じく罰を下そうとする様子だった。
「やめて!お兄ちゃんをイジメないで!」
「イジメないでって、こいつが卵を返さないから」
人々が寄って集ってエインから卵を奪い取ろうとする光景にリリーは涙を零しながら訴える。さすがに幼子の涙の訴えを目の当たりにして男達は躊躇う。
「僕はリリーちゃんをドリプトサウルスに連れ去られた時、殺されたと思ってた…そしたら頭が真っ白になって胸が痛くなった…リリーちゃんは無事だったけど、大切な人を失う辛さって言うのはあれのことだったのかな?」
「…私のパパだって、無事だったけど」
続いてエインも訴えるように話を始める。ドリプトサウルスにリリーを殺されたと思って酷く落胆したが彼女が無事であったことに心底ホッとしたと話し、同じ境遇であるシーナも共感していた。
「あ…だからってこいつらの罪が許される訳じゃないだろ!」
二人の言葉に共感して心が揺らいできた男はハッとなってエインの腕から卵をひったくり、またしても頭上高く持ち上げてかち割ろうとする。
「僕には分からないよ…食べもしないのに卵を割って子供を殺そうだなんて、そんなのあなた達がされたことと何が違うの!?」
「「「っ!」」」
その言葉に憎悪に駈られていた者達は自分達のしていることに更にハッとさせられる。
確かに自分達は大切な人をドリプトサウルスに奪われたが、彼らは生きるために新たな命を育むために襲ったのに対し、自分達人間は食べるわけでもないのに動けないドリプトサウルスの目の前で卵を割って我が子を殺そうとしている有様はずっと残酷だろう。
理由はどうあれ憎悪に囚われてドリプトサウルスと同じようなことをして復讐を果たそうとしたが、やっていることは目の前の恐竜よりもずっと獣のように思えた。
「ぐっ…ぐぐっ…くそおおおっ!?」
「「やめてぇー!?」」
決意が揺らぎながらも男は強引に憎悪を押し通すように卵を振り下ろし、それを見たエインとリリーは心からの叫び声を挙げる。
卵は……地面スレスレの所で止まっており割られていなかった。
「はあ…はあ…くそ!お前らの勝ちだ!?」
さすがに二人の言葉が心に響いたらしく決意が折れた男はやけくそ気味に叫びながらその場に膝を着く。
「ありがとう…ございます」
「良かった…良かったぁ〜!?」
取り敢えず卵が無事だったことにエインはその場にへたり込み、リリーは泣き喚き始めるのだった。
「いいえ、私達の方は謝るべきね。確かにこのモンスターは多くの人を殺めた罪はあるけど、全ては生きるため…そして私達のやろうとしていることは私怨による殺戮。天秤に懸けたとしてどちらが悪いかなんてこの子達にも分かるわ」
頭を抱えたシーナが自分達のやろうとしていた過ちに気が付き逆に謝罪し、他の男達もバツが悪そうに卵をソッと地面に置くのだった。
「けど、こいつらをそのままにして置く訳にはいかないだろ」
「どうしますか姫様」
卵の懲罰が見送りになったものの、多くの人を襲ったドリプトサウルスを野放しにする訳にもいかないためどうするのかとシーナに注目が集まる。
「そうね…軽く見積もっても国外追放は間違いないわ」
この国に置けないのは間違いないため、追放はまず視野にあった。
「シーナ姫、それは甘過ぎるぞ。こいつは多くの人を殺して食っている…追放しても戻って来るか、他の国を襲うだけだ」
だが、人の味を覚えてしまった肉食恐竜は味をしめて人間を襲い続けるだろう。最悪またこの国へ来るか、他の国で同じような惨劇を繰り返すだけだとオーサイスは剣を抜いて反論する。場合によっては殺処分すると言う腹積もりなのだろう。
「それを言ったら既にこの異世界に転移した時点で大勢の人が食われているわ。逆に人の味を覚えていないモンスターがいないかどうかも怪しいわ」
シーナの言葉にオーサイスでも反論の余地がなかった。これまでにも大勢の人間達が肉食恐竜に襲われて食われることは多々あり、既に人間の味を覚えてしまうと言う危険要素は今更であった。
「とにかく私達は人間であって獣ではないわ。パパならきっとこの判決を下すはずよ」
父親を殺されかけて精神が不安定になっていたシーナだが、今回のことで一皮剥けたらしく以前よりもしっかりとした心を持って言葉にして表したのだった。
「良いお言葉ですね。きっとお父上もお喜びになるでしょうね」
「ちょっと、パパはまだ生きているわよ。そんな言い方しないでよ」
誇らしく思えたモルマは言葉を掛けるも縁起でもないとシーナから笑いながら返されてしまい、周りにいた人々も釣られて笑ってしまうのだった。
「あれ、でも待って」
「どうしたのよ」
ふとエインはある事に気が付き、彼の背後にいたラーナは何が分かったのかと聞き返す。
「王様はドリプトサウルスに襲われたって言ってたけど、なんで殺されずに済んだんだろう?」
「それ…どう言う意味よ?」
まるで父親が生きているのがおかしいみたいな言い方に聞いていたシーナは怪訝な顔をしながらエインに聞き返す。
「だって、ドリプトサウルスに襲われたのなら身体をバラバラにされて食べられているはずなのに、何で今もなんとか生きていられるんだろうって」
「…そう言われてみると変ですよね?腕や足を食いちぎられても不思議じゃないはずなのに、バンシアナ国王は重傷でしたが五体満足でしたし」
これまでの犠牲者は食べられる時に身体をバラバラに引き裂かれていたが、バンシアナはそのような肉体欠損は見受けられなかった。
「そもそも襲われた時にモンスターの姿は見ていないのですよね?」
「ちょっと待て。じゃあ、何か?確かに連続殺人事件を引き起こした犯人はこいつで間違いないが、王様を襲ったのは別の犯人って言いたいのか?」
考え込みながら呟くキオナにカルロスは何が言いたいのか察して『王様を襲った犯人はドリプトサウルスではない』と言う仮説を代わりに答えた。
「犯人がいるとするのなら何なんだよ?他にもモンスターがこの国の中にいるのか?」
既にドリプトサウルスを始め、デイノケイルスやカリコテリウムなど多くのモンスターが国の中に侵入しているため、今更何が入って来ても不思議ではなかった。
「それも考えられますが、どうも嫌な予感がします。今すぐにバンシアナ国王の所に行きましょう!」
その中でキオナはモンスターとは別の脅威があるような口振りで城へ急ぐように勧告する。
「キオナ、何で王様の所に行くの?」
「エインの言う通り、これまでの事件のことを考えるとバンシアナ国王は重傷でしたが存命しているのは不自然でした。仮に国王があのモンスターと出会ったのならば、体をズタズタにされてもおかしくないはずです」
これまでの犠牲者はドリプトサウルスによって身体が見るも無惨な有様に食いちぎられていたが、バンシアナ国王は確かに酷い有様だったが襲われたとは思えないほど身体が綺麗だった。
「そもそも私達が国へ戻って来た時は私達に疑いが掛けられていましたし、馬面のモンスターが何者かの手によって国内に運ばれたのを覚えていますか。もしかすると…」
まだ疑いの段階ではあるが国王がドリプトサウルスに襲われた証言が国へ戻って来た時にはこれっぽっちもなかったし、カリコテリウムを内密に連れ込んだ怪しい者がいるのも確かだ。
「まさかそいつらがパパを襲ったの」
「真相はハッキリしませんが最悪の場合はそれもあり得るかと」
「ならばバンシアナ国王様の所に急ぎましょう!」
これらの情報でキオナが突き止めたのは、バンシアナ国王を襲ったのはカリコテリウムを連れ込んで来た人間達ではないかと言うことだった。状況証拠ではあるがもしもそれが本当なら、今バンシアナ国王は危機的状況に置かれているのは確かだ。
「パパ!パパ、大丈夫…え?」
「どうし…は?」
バンシアナ国王が寝かされている寝室へとシーナとキオナが扉を壊さん勢いで駆け込むが目の前の光景に唖然となる。
「くっ…不覚」
「離しなさいよ!」
なんとキオナの推測した通りバンシアナ国王を襲おうとしていたのか、闇夜に紛れやすい黒い装束を纏った如何にも怪しい二人組の女性が寝室に侵入していたのだ。
しかし事が全て終わった後なのか二人組の女性は同じく二人組の男性によって厳重に拘束されて床に転がされていた。
「パパ!まさか…」
「シーナ姫、ご安心してください。お父上はご無事ですよ」
バンシアナ国王の身を案じるシーナだが男の内の中性的で髪の長い男性が宥めるように語り掛ける。
「シーナ…私は無事だ…」
「パパ!良かったぁ…」
相変わらず弱々しい口調だが愛娘の姿を見て微笑むバンシアナ国王を見て、シーナは無事だったことにその場に泣き崩れる。キオナの推測通り怪しい者が寝室に侵入して本当に父親に手を掛けようしたのだから尚更だ。
「無事で何よりだ。それよりもキオナ!国を放って置いて何をしていた!」
中性的な男性の側には彼よりも筋肉質で勇ましい雰囲気の男性がキオナに向かって怒号を飛ばす。
「貴様!キオナ姫にそのような口を…なっ、あなた様は…!?」
何者かは知らないがいきなりキオナに怒号を飛ばしたその男性にリオーネは反論しようとするが、あっとなって目の前に立っている二人に我が目を疑う。
「キオナ、リオーネ、元気にしていたか!兄がわざわざ迎えに来てやったぞ!」
「心配になって帰国してみたらルティカからルミナスに向かったと聞きましたよ」
二人の男性はキオナとリオーネ、更にはグランドレイク王国で留守番をしているルティカのことまで知っているらしくやたらに気さくに話しかけてくる。
「エグルマ兄さん!レイスニー兄さん!」
なんとやたらにキオナ達のことを知っていると思ったら、二人はキオナの実の兄であるエグルマとレイスニーだと言うのだ。




