嘲笑う黒幕を欺け
「吉報よ。昨日のモンスターはエインの言う通り犯人ではなかったわ。お陰でオーサイスは大恥をかいたわ」
雨が降り止んだ曇り空の翌朝、アレッサが自分達に取っては吉報とも取れるニュースを伝えてくる。
腕を骨折したカリコテリウムはオーサイスの手によって仕留められたが、解剖したところ胃袋から植物の繊維や木の葉が出てきたことで犯人ではないと判明し、結局事件の真相は振り出しに戻ったことに今の天気と同じく心は晴れやかにはならなかった。
「やっぱりカイくんとカナちゃんが見たモンスターが…」
エインは隣で泣き疲れて寝てるカイとカナを見ながら呟く。
あの後で隠れていた二人を探していたらエインに泣きながら飛びついてきたため、理由を聞くとカリコテリウムとは異なる鋭い爪を持ったモンスターと出会ったと話し、怖い思いをしたためずっと泣いていたのだ。
「ってことはやっぱり殺人鬼は別にいるんだ」
「別に殺人鬼モンスターがいるとして、昨日のモンスターは何のために連れ込まれたのかな?」
最初はカリコテリウムが犯人かと思われたが草食性であったため容疑者から外れたのだが、厳重な守りを敷いているはずのキプロニアス王国にいたのは何者かの手引きがあったからだった。
もし何者かの手引きだとするのなら国の中に不正を働いた人間がいることになる。
しかし一連の殺人事件を引き起こしているモンスターとはどうにも関連性があるとは思えなかった。
「どう思いますか姫様」
「これは私の推測ですが、公園に現れたモンスターは何者かの手引きによって連れ込まれた。のですが、目的を果たす前に今回の殺人事件によってそれどころではなくなったのではと」
今日まで城に缶詰め状態だったキオナとリオーネはようやく拘留が解除されて、これまでの事件の一部始終を聞いたキオナは第三者としての見解を述べていた。
「何の目的でカリコテリウムを連れて来たの?」
「それは分かりません。ですが、それほど危険なモンスターを連れ込むことに良い理由があるとは思えません」
どんな目的にせよ獰猛なカリコテリウムを国の中に解き放つ理由は人に危害を加えることが前提としか考えられない。
「いずれにしても殺人事件を引き起こしているモンスターが別にいるのなら絶対に見つけなくてはなりません。オーサイスと言う貴族が見つける前に…」
事件解決はもちろんのことだが、キオナはオーサイスよりも先に解決する必要があると告げる。
「何でオーサイスさんが見つける前じゃないとダメなの?」
「今は国を治める王がいないため、国民を恐怖に陥れた殺人事件を解決した暁にはその貴族は名実ともに新たなる王として祀り上げられるでしょう」
エインは事件が解決するのなら誰が果たしたとしても問題ないと考えるが、キオナだけはオーサイスが事件を解決した功績を挙げれば国民の支持を得て新たなる国王になると危惧していた。
「もしも全ての事件が彼のシナリオ…つまり裏で糸を引いていたとしたら思惑通りにさせる訳にはいきません」
手柄を横取りするだけならまだしも、全ての事件を引き起こしたのがオーサイスだったとするのならこれは国家転覆罪も同然だった。だからこそ良くも悪くも他国である自分達が解決する必要があった。
「それとシーナ姫も共に同行させた方が宜しいかと」
「なるほど、オーサイス…いや、黒幕の狙いがもしも国家を乗っ取ることなら王族であるシーナ姫もターゲットになりますからね」
まだ事件の動機や犯人はハッキリしないが、もしも一連の事件が国を乗っ取るためだったとしたら次に危ないのはバンシアナ国王の娘であるシーナ姫であり、キオナは彼女の同行を求めていた。
「シーナ姫は大丈夫なのかな」
「まだバンシアナ国王の意識が戻っていないからずっと側にいるはずよ。ロナ、悪いけどこのことを話して同行を承諾して貰って」
「分かりました」
戻って来てから彼女はずっとバンシアナの側を離れないでいるが、命が狙われていることも踏まえるのなら事情を話して行動を共にしようとモルマはロナを派遣する。
「僕はあの公園にもう一度戻ってみるよ」
「待ってください!事件のことを知るためにも私も同行します!」
エインは詳しい調査をするために昨日の公園に向かおうとするが、キオナも長い間拘留されていたこともあって同行を強要してくる。
「姫様、殺人鬼がいるかもしれませんよ。そんな危険を冒す必要はないかと」
「ですが遅かれ早かれ出会うことになるはずです。それに私達はおおよその事情を知らないのですから、いざと言う時のために備えるのですよ」
危ない山を踏ませないとリオーネは止めるが、キオナの発言も無視出来ないため折れるしかなかった。
▷▷▷
「この公園で二人はモンスターを見たらしいけど」
「見た感じは普通の公園みたいですけどね」
キオナとリオーネをメンバーに加えて昨日の公園へと向かい、カイとカナの目撃情報を頼りに辺りを捜索する。
「二人はどの辺でモンスターを見たの?」
「トンボと魚を見た池のとこ」
カリコテリウムが暴れたために土が削れたり、倉庫なども壊れていたがそれ以外は目立った物は見られなかったため、二人がモンスターを見たと言う池に向かってみる。
「随分と大きな爪だな。こんなので引っ掻かれたら命はないな」
「見てください。こっちには大きな足跡がありますよ」
池の近くの木にはカリコテリウムにも負けない爪痕、周辺の土には三本指の大きな足跡が残されていた。
「ここで魚を獲ってて、それがカナに当たったの」
「それで痛くて泣いちゃって…あたし達の目の前まで来て魚を食べたの」
「そんなことが…ごめんね」
「でも、よく頑張ったね」
詳しい事情を聴いてそんなことになっているとは知らず安全だと思ってここに隠れさせたリリーは責任を感じて謝り、エインは二人の頭を優しく撫でるのだった。
「魚を食べていたか…少なくとも動物性の食餌を摂るようね」
二人の話からモンスターが魚を食べると分かり、場合によっては相手を襲う場合があるのではとモルマは懸念していた。
「それでそのモンスターは何処に行ったの?」
「「あっち」」
肝心のモンスターだが二人の指差した先は郊外であり、どうやら公園の外に出たようだ。
「どうやらここはモンスターの住処ではなかったようだね。奴は既に何処かに…」
この公園はあくまでも餌を獲るための場所であり、休息を取るための寝床ではなかったようだ。それはつまり他に移動する場所や巣があると言うことだった。
「でも、何処へ向かったのでしょうか」
「そこは任せてよ。ロボ、お願い」
『キャン!』
公園の外にはそれらしい痕跡が見当たらず、ここは匂いで相手を追えるロボの出番だった。
『…キャン!キャンキャン!』
「この建物の中?随分と近くだったね」
しかし公園から程なく向かった施設でロボが吠えたことで、モンスターがこの中にいると判明したのだった。
「ここは…私達、軍候補生の寮じゃない!」
「と言うことは…キプロニアス王国の学校の敷地内に例のモンスターが?」
その施設とはモルマやカルロスを始めとする、軍候補生の寮だったのだ。
「まさかここに侵入していたなんて…と言うことは軍候補生の中にモンスターを使役している人がいるの?」
モルマからすれば同じ釜の飯を食った仲間達の中に殺人鬼モンスターを使役している裏切り者がいることにショックを隠せなかった。
「いずれにしてもこの施設内にモンスターがいるのなら、これ以上の犠牲者が出る前に抑えなくてはなりません」
「そうしたいのですが、今ここで騒ぎを大きくさせれば犯人に警戒されるかもしれません」
ここにモンスターがいるのならすぐさま確保すべきだと考えるキオナに対し、モルマは黒幕に勘繰られることを憂いて迂闊に事を進めるのは危険だと考えていた。
「しかしそうしないと犠牲者がまた…」
「犯人は夜間に妊婦を中心に狙っているわ。だから私達も夜間の不要な外出は避けるように勧告してあるから昨日は犠牲者が出なかったわ」
悠長に構えている場合ではないのだろうが、ただモルマ達も指を咥えていた訳でも無かったらしく、勧告していたお陰で昨日は誰も被害に遭わなかったようだ。
「これ以上の犠牲者を出さないためにも、モンスターはもちろん黒幕も確保して確実にこの事件を終わらせないといけないわ。そのためにもモンスターと黒幕の正体を内密に明らかにしなければいけないわ」
「なるほど、潜入捜査ですね」
モルマは事件を確実に終息させるには、まだ見ぬ犯人とモンスターの正体を相手に気取られずに明らかにする必要があると告げ、キオナはそのために軍候補生の学校内に潜入捜査をするのだと察する。
「問題はここが女子寮だと言うことだ。男はまず潜入出来ないぞ」
しかしカルロスが更なる問題として、モンスターが侵入したのは女子寮であると明かすため潜入する人間は大きく限られると話した。
「じゃあ、あたしらが潜入するしかないってこと?」
「でも、部外者なのに良いのかな」
潜入出来るのが女性だけとなると、エリーシャ達しかいないだろうが、元々国外から来た人間を受け入れてくれるかどうか不安になる。そうなると聞き込みをしても目ぼしい手掛かりが手に入るか分からない。
「出来ればモンスターのことが分かる人が良いんだけど」
「それを言ったらエインぐらいしかいませんが…」
「僕は男だよ」
望ましいのはモンスターのことが分かる人物なのだが、この異世界のモンスターについて色々詳しいのはエインだけなのだが彼は男子なため根本的に不可能だ。
「そりゃあ、僕が女の子だったら問題ないだろうけど…」
「女の子だったら…」
エインのとある発言を聞いたエリーシャは反復するように呟く。すると何か思いついたようにエインの顔を掴んでジッと見つめる。
「エリーシャさん?あの…僕の顔に何か」
「そう言えばあんたって…」
下がった目尻をした大きな瞳、少し長めの髪、小柄な顔に合わせた華奢な身体付き、エインの全身を舐め回すように見つめるエリーシャは何か考え込む。
「あの、こんなのはどうですか?」
「…ああっ!なるほど!」
するとエリーシャはキオナ達に耳打ちをして、彼女達をハッとさせる。
「エイン、あなたは犯人を明らかにするために体を張る覚悟はありますか?」
「え?そんなの決まってるじゃないか。誰かがまた殺される前に犯人を見つけないと!だから僕にやれることならやってみるよ!」
キオナから試すようなことを言われるも、エインは愚問だと言わんばかりに返すのだった。
「そうですか。それを聞いて安心しましたわ…エリーシャさん!」
「オッケー!後は任せてよ!ナーラ、ニア、ニコラ、ルシアン!」
言質は取ったと言わんばかりにキオナは生き生きした様子でエリーシャに指示すると、彼女の取り巻き達がエインを取り囲み、ロズウェル事件の宇宙人のように軽々と持ち上げる。
「え…何?どう言うこと〜!?」
「まずは身体を隅から隅まで…綺麗にしてあげる!」
有無を言わさず彼女達はエインを湯気が立ち込める温かい場所へと連れて行くのだった。
「ここは?」
「ここはキプロニアス王国の入浴施設よ」
連れて行かれたのはキプロニアス王国の入浴施設らしく、エインは何故ここに連れて来られたか訳が分からなかった。
「入浴って…お風呂のこと?」
「そうよ。潜入捜査するためにはまずあんたを綺麗にしないとね」
何故に入浴するのか分からず戸惑うエインだが、エリーシャ達は潜入捜査のために綺麗すると言うためますます訳が分からなかった。
「まあまあまあ…」
「ここはさぁ…」
「あたし達に任せて…」
「あんたは大人しく一肌脱げば良いのよ〜!」
「わあああ!?ちょっと!何なの止めて〜!?」
ナーラ、ニア、ニコラ、エリーシャはエインの衣服を追い剥ぎの如く引っ剥がして、スポンジや石けんやらを手に入浴場へと連れ込む。
「にしてもあんたいつからお風呂に入ってないのよ!あちこちから汚れが出てくるじゃない!」
「ほら、足の指の間とか脇とかも洗うから!」
「コラ!逃げるな!大人しくしろ!」
「髪もトリートメントするからね!」
「ちょっと…くすぐった…あははは!?」
連れ込まれたエインは訳が分からないまま、四人から一斉に徹底的に全身をくまなく洗わられる羽目になる。
「へぇ〜、あんたって意外と肌がモチモチなのね〜」
「ボサボサ髪だけど、整えたら結構サラサラね」
「えっと…洗うのは分かるけど、これから何を?」
エインの身体はエリーシャ達に隅から隅まで洗われて垢が一つもない綺麗な状態になった。しかし彼女達は洗い終えてもエインの髪や肌を触ったり何か調べていた。
「まずは髪を整えて」
「次にスキンケアをして」
「最後にこれ!モルマさんから借りた制服!」
今度はクシやハサミなどで髪の毛を整え、肌の手入れを行い、最後にモルマやカルロスと同じ軍服に似た制服を着付ける。
「「「完成〜!」」」
「これって…女の子の格好?」
全ての行程を終えるとエインはショートヘアに大きなリボンがチャームポイントの女の子の姿になっており、エリーシャ達はやりきったと言う様子で満足していた。
「まあ、とても可愛く見違えましたわね」
「ぷふっ、似合うじゃないか」
「正体を知らなきゃ女って間違えそうだなー」
「お兄ちゃん、とっても可愛いよ!」
キオナはうっとりした顔で、リオーネは笑うように、ドランは呆気に取られ、リリーは興奮した様子でエインを見ていた。
「ねぇ、この格好をしてどうするの?」
「エイン、あなたにはこれから軍候補生の学校に潜入して貰います」
状況が飲み込めないエインだったが、キオナはこれから彼に学校に潜入するように命ずる。
「モンスターは女子寮に入ったようですし、あなたが女子生徒として潜入してモンスターと裏で糸を引く黒幕の正体を明かして欲しいのです」
理由として女子寮にモンスターが侵入し、しかもそこの女子生徒の手引きがあるとすれば、エインを生徒として潜入させて正体を明かすのが最善だったからだ。
「でも、何で女の子の格好をする必要があるの?それに何もエリーシャさんでも…」
なにも女装してまで潜入する必要があるかどうか以前に、するなら同じ女子としてエリーシャ達が適任ではとエインは考えていた。
「そうですが、エイン程この異世界のモンスターについてとても詳しい人物はいません」
理由は不明だがエインはこの異世界に生息する恐竜や動物にはとても詳しいため、女子寮に侵入したモンスターの正体を突き止めるには必要不可欠な知識だ。
「それに女子寮に侵入したってことは手引きした相手は間違いなく女子生徒よ。大丈夫、今のあんたなら皆女の子だって認識するから後は上手くやれば良いのよ」
「まさかここまで綺麗に変装出来るとは思いませんでしたが、その姿ならばきっと黒幕にバレることはありませんわ」
わざわざエインを女装させたのも女子寮にモンスターが侵入したこともあるが、そのモンスターを手引きした女子生徒を彼に炙り出させるためだった。
「本来ならば男子禁制だけど、こうなった以上は仕方ないし、あなたなら適材適所で問題も起こさないと考えて特別に私が許可するわ」
ピナコサウルスやカルノタウルスの子供、カリコテリウムなど多くのモンスターの事件をエインが中心となって解決してくれたため、モルマも彼を信用して女子寮への潜入を特別に許可してくれるのだった。
「それともう一人、同伴者が必要だ。そうだな…お前はどうだ?」
「私ですか?」
カルロスはエインとは別に潜入捜査をする人間としてラピスを推薦した。
「大勢は連れていけないが、潜入している人間は大勢いた方が良い。何よりも腕っぷしはもちろん、お前なら女子から色々と聞き出せそうだからな」
「よく分からないけど、私に出来ることなら」
推薦した理由としてラピスの実力はもちろん、彼女ならば女子生徒から簡単に話を聞き出せるだろうとカルロスは踏んでいた。
「それではまずやることがあります!」
「やること?」
「しっかり教えますからね」
するとキオナは手を叩いて他の準備を進めるためにエインにとあることを教えることにした。
「はい!足は開かず、頭に載せた本を落とさないよう歩いてください」
「こう?おっとと…」
「座る時は静かに音を立てずにな」
「こんな感じですか?」
キオナはリオーネと共にエインに女子らしい歩き方や立ち振る舞いなどを教え込んでいた。
「あれは何をしてるの?」
「より女らしく見せるために練習してるんだとよ」
「それにしてもエインさん、嫌な顔せずに全て言われた通りにしてますね。偉いですわ」
レイ達からすれば何をしているか分からないが、どうやらエインをより女らしく見せるための練習だとドランが説明し、その全てを意外にもキチンとやれている彼にエルケは称賛を送っていた。
「それにしても…そんな殺人鬼モンスターが学校に侵入していたのに気付かなかったなんて不覚だわ」
「今までよくそんな事が起きなかったものだ」
「気になっていたのですが、その殺人鬼モンスターには名称とかはあるのですか?」
モルマとカルロスが口々に呟くのを聞いていたキオナは殺人鬼モンスターには名前があるのかと訊ねる。
「悪名を残した殺人鬼や犯罪者には通り名を名付けられると聞きましたがどうなんですか?」
「確かに名前がハッキリしない場合は呼称のために名付けたりしますが、今回はまだそう言うのはないですね」
元いた世界のモンスターや人間の中には歴史に名を遺す偉業や実績を果たした場合は通り名や二つ名が授けられる場合がある。例えそれが善行だろうが悪行だろうとでもだ。
今回の場合は後者であり、鉄壁の守りを誇るはずのキプロニアス王国で連続殺人を引き起こすだなんて、悪い意味で名を遺しているし、犯人の正体がハッキリしない以上は呼称するために名称が必要だろうとモルマも考える。
「僭越ながら私が名称しても?」
「それは構いませんが…」
「では、被害者の死体をバラバラにすることから…『引き裂きジャック』と言うのはどうでしょうか?」
ティラノサウルスのバイスやトリケラトプスのフォーク、更にはニホンオオカミのロボなど多くの命名を残してきたキオナによって、殺人鬼モンスターは『引き裂きジャック』と命名されるのだった。




