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『可愛い顎』との知恵比べ

「うっ…くっ…。」


一睡も出来ないほどの夜を過ごしたために気絶させられて暫くの間意識を失っていたエインは、どうにも体勢が息苦しく感じて身体を動かそうとする。


しかし無機質な音がして身体の自由が利かない異変に混濁していた意識がハッキリとしてくる。


「こ…これは…!?」


目を覚ましたエインは自分がギロチン台のような物に両手首と首を固定されていることに気が付く。


「ようやく目を覚ましたか無能が!姫様にあんなことをしてグースカと…!」


「っ!」


目の前には鬼の形相を浮かべたリオーネが剣を抜いて睨み付けており、エインは動けないと分かってても思わず身体を動かすも台はビクともしなかった。


「このクズがぁ!」


「人としての恥晒し!」


「無能のくせにキオナ様に何て無礼を!」

 

更に目の前には大勢の市民が集まり、動けないエインに向かって腐った食べ物やら汚物に罵詈雑言をこれでもかと浴びせてくる。


「お前は人を不幸にさせることだけは得意だよな!?」


「私達の魔法とスキルを奪ってキオナ姫にまであんな酷いことを!?」


「今すぐにでも死ねぇ!?」


市民にはエインがキオナ姫に手を出し辱めたと伝わっており、それだけでなく自分達の魔法やスキルが使えないのはエインが原因だと拡散されていた。


「ぐっ…ううっ…!?」


単なる偶然でこうなっただけだし、キオナもただ助けようとしただけなのにここまで忌み嫌われるなんて自分でも不憫過ぎて泣き出してしまう。


「また泣き出したぞ!」


「泣けば済むと思ってるのかぁ!」


しかし民衆は哀れむどころか怒りを更に募らせてエインに色々な物をぶつけてくる。それは汚物や罵詈雑言はもちろん、未曾有の危機に対する怒りか恐怖か、或いは逆襲のモンスター達への憎悪か焦燥か…。


いずれにしても様々な感情や鬱憤が行き場を失い、矛先は無能や役立たずと言われたエインに向けられた。弱い立場にあるエインがここまでのことをやれるとは考え難いだろうが、それでも自分達の暗い感情を一時でも忘れられる存在が必要だったのだ。


「姫様に手を出し辱めた罪を、貴様の汚らしい命で償って貰おうか…!」


「ううっ…!?」


リオーネはよく研がれた剣を振り上げ、エインの首に狙いを定めて処刑しようとする。


弱者は常に強者の糧にされる運命にある。それはエインがどれだけ事実無根で清廉潔白だろうと、強者達の手によって全て彼らの都合のいい虚構に捻じ曲げられてしまうことを意味する。


(殺される…死んじゃうんだ…もう、たくさんだよ…。)


エインにはもはや抗う術はない。あったとしても強者達の前では(ことごと)く握り潰されることだろう。それ以前にもう生きることに疲れ果てたエインはもはや自ら死を望むほどに心が折れていた。


『バウバウ!』


「ぐあっ!?何だお前は!?」


しかしエインの死を望まない者が()()だけいた。聞き覚えのある鳴き声に顔を上げると、子犬がリオーネのズボンの裾に噛み付いていたのだ。


「ロボ…!」


自分の一番の友達であり新しく家族にもなった子犬のロボだった。どうやらエインの後を辿ってここまで着いてきたようだ。


「貴様の犬か!おのれぇ!」


『ギャン!?』


「ロボ!?」


だが、力の差は歴然でありリオーネは乱暴に足を振り回してロボを振り払う。


「貴様を処刑してから奴も殺処分してくれる!」 


リオーネからすればロボはまたしてもエインが自分の邪魔をしたも同然であり、エインを処刑した後で始末しようと更なる怒りを募らせる。


「リオーネ様!?」


「何だ!?」


ところが今度は衛兵の一人が慌てた様子で介入し、これ以上邪魔をするなと苛立ちを表すかのように怒鳴り散らす。


「姫様が…姫様が大変でございます!?」


「バカ者!それを先に言わんか!姫様!?」


しかしキオナの一大事と聞いて、怒りも憎しみも忘れ血相を変えて彼女の自室へと急ぐのだった。


「姫様に何があった!?」


「はあ…はあ…!?」


ドアが壊れるような勢いで開けて部屋に入ると、ベッドの上で顔を赤くして喘いでいるキオナと治療にあたる専属医が目に入った。


「な…何と言うことだ!おい、姫様はどうしたのだ!」


「酷い高熱を出しているようで、このままだと危険な状態です。」


「まさか…あの能無しの仕業か!」


「いえ、過大なストレスと疲労で熱を出してしまったのかと…。」


直接的な原因ではないとは言え、側にいたエインに対して言われようのない濡れ衣が着せられそうになるが専属医は医療的な見解を話すのだった。


「だったらやっぱり奴が原因だろう!汚らしい畜生の分際で姫様に手を出し辱めたことでこんな…!」


再び憎悪を再燃させ処刑台に戻って首を刎ねる前に滅多刺しにして苦しめようかと考えるリオーネ。


「今はそれどころではありません!?早く治療しなければ…。」


「馬鹿者!それなら早くせんか!魔法でも何でも…あ…。」


治療とは言うが何のための専属医だと怒鳴りつけるが、魔法とスキルの話題を出したためにリオーネも大切なことに気が付く。


「そうなんですよ…治癒魔法や医療魔法が使えないんですよ。」


「ぐっ…まさかこんなことになるとは…。」


病気を治すには魔法やスキルが必要だが、今はそれが使用不能となっており専属医と言う肩書きを持ってしても施しようがなかったのだ。


「ならば薬はどうだ!せめて解熱剤などを使用すれば…!」


「ここへ避難して来た市民の方々や兵士の治療に全て使ってしまいました…それ以外の医療器具も包帯の備蓄も全て底をつきました…。」


リオーネも自分達に起きたことは痛いほど理解していたつもりだが、専属医の絶望的な様子を見て医療体勢までもが切羽詰まってると言う状況に言葉を失う。


「備蓄があるにしても備蓄倉庫にいかねば…。」


何も全くないと言う訳ではないが、それにはディノニクスやカルノタウルスがのし歩いている所を通るしかないのだ。


「ぐっ…何故薬を大量に持って来なかった!」


「あんな大騒ぎになってはそれどころではありまけんよ!何とか持ち出しはしましたが、それでもケガ人続出するなんてこれまであまりなかった訳ですし…。」


このグランドレイクは基本的には病院などの医療機関はあるが、回復の魔法や自己再生などのスキルがあるためケガ人はまず出ないし、肉体もそれによって強化されるため病気にもなりにくいため利用されることはあまりない。。


しかし魔法もスキルも消失したことでケガ人が通常の倍ほども出た上に、医療スタッフも魔法やスキルが使えなくなったことでまるで伝染病が流行したかのように逼迫(ひっぱく)していた。


「ん…この薬はどうして使わない?見たところポーションのようだが…。」


部屋のナイトテーブルには回復薬のポーションや、飲めば病気や状態異常も完治してくれる薬のビンが置かれており、どれもまだ中に薬液が入っているようだった。


「実は一部の薬…特に回復薬などは全て効力が失われているんです。」


「何をバカな…これを飲めば完治するのでは…。」


「本当に使えないんですよ!?何度も試しましたが…全然効果がないんです…!?」


専門医は絶望的な状況に泣き出しそうになっており、その言葉に嘘偽りはないようだった。


「そんな…回復薬もダメなのか…?!」


あまりにも絶望的過ぎる状況にリオーネも頭を抱えて座り込む。ただでさえ悪いことばかり起きるのに、自分が守るべき姫までもが危険に晒されて更に落胆するリオーネ。


「望みがあるとすれば…備蓄倉庫の薬か…!」


一旦は落ち込むがさすがは女騎士と言うだけあって、まだ望みがあるのなら何とかしようと考える。


「私が倉庫へ行って何とか薬を…。」


「ですがリザードマンやワイバーンもどきもいるんですよ?兵士の方々も傷だらけでまだ動ける程では…。」


やはりこのままではどうにもならないと考えて、備蓄倉庫まで何とか行こうと考えるが専門医は危険だと止めてくる。


「だからと言って姫様を…くそ、何であの無能は生きていられるんだ…!」


このままだとキオナはより苦しむことになってしまい歯痒い思いをしている内に、処刑寸前とは言えピンピンしているエインを恨めしく思う。しかしリオーネはふとエインのことを考えあることを思いつく。


「は…はは…そうか、何で思いつかなかったんだ…!ははは!」


気が振れておかしくなったのかリオーネは一人で笑い始めたのだ。


「あの無能め…最後の最後で役に立つ時が来たぞ…処刑は取り止めだ!今すぐに奴を役立てやろう!」


あれほど忌み嫌っていた相手の処刑を取り止めるなんて天変地異の前触れのようにも思えるが、実際エインがここにいればリオーネの笑みに対して不吉さを覚えたことだろう。


「痛い!?何するのさ!?」


『バウ!?バウ!?』


処刑台から解放されたエインとロボだが衛兵達に力任せに抑えつけられては助かった気にはなれなかった。


「無能のエインよ!いよいよ汚名返上のチャンスが来たぞ!」


「…チャンス?」


街の外に追いやり無能だとただひたすらに迫害をした連中が今更になって何かしらのチャンスを与えると言う。しかしエインに取っては突然のことで頭の理解が追いついてなかった。


「ワシはこの国の王であるドレイクじゃ。貴様は余の娘であるキオナに手を出したそうじゃな。」


相手は自分に悲惨な運命を与えた張本人であるこの国の王であるドレイクだった。彼はエインに自分の娘であるキオナに手を出したことを責めるように訊ねる。


「それは…。」


「口出し無用!貴様の弁解など取るに足らんわ!」


無論それは事実無根の濡れ衣だと言おうとしたが、側近であるリオーネにまくし立てられる。チャンスなんて言ってたが弁明すらさせて貰えないなんてあまりにも矛盾した話だ。


「黙って話を聞いておれば良いのだ。余も寛大だからな、ある仕事をすれば今回のことは不問にしてやろう。」


「仕事…?」


自分で優しい・寛大だなんて言ってたら世話ないし大概は全くの正反対か、自分の良心に心酔して傲慢になっているかだろう。しかしながらエインは王の仕事を受けなければならない状況に立たされていた。


「無能な貴様でも出来る仕事だ。備蓄倉庫の中にある薬を取りに行くだけで良いのだ。」


「薬を…?」


「そうだ。今やケガ人続出で薬や包帯の備蓄が足らんのでな。貴様に取りに行って貰いたいのだよ。」


仕事とは備蓄倉庫の薬などを取りに行く簡単な仕事だと王は軽々しく呟くが…。


「でも、国にはたくさんのモンスターが…。」


「だから貴様の出番なのだ。大事な兵士を失う訳にもいかんし、貴様もようやく人の役に立てると言うものだろう。」


やはりこれはチャンスなどではなかった。動けない兵士の代わりに危険を冒して薬を取りに行けと言う命令はチャンスと言う名の処刑だった。


「でも…もしも僕が帰って来なかったら…?」 


そこでエインは万が一襲われて死ぬようなことがあれば、薬はどうするのかと質問を変えてみる。


「それは困るのだよ。」


英雄達でも無惨に殺されたのに、エインが行っても高確率で死ぬかもしれないし、そもそも処刑する気でいるのにエインが生きて薬を持ち帰らないと困ると言う意外な反応をする。


「そうですね。彼が薬を持ち帰らなければキオナ様は…。」


「…!姫様がどうかしたんですか!?」


「キオナ様は…熱を出されたのだ…このまま薬が手に入らねば姫様は…。」


キオナが熱で倒れたことにリオーネも嘆いており、側近である彼女の様子を見てエインは言葉を失う。


「わ…分かりました!僕が薬を取りに行きます!」


「ほう!やってくれるか!期待してるぞ…!」


友達の危機に黙っていられず名乗りを上げ、それに対してドレイク王も満足そうに激励する。


「いいか、この地図の通りに進め。そして薬をこの鞄に入れて持ち帰るのだ。中には倉庫を開ける鍵が入っているから、失くさないように辿り着くまで絶対に開けるなよ。」


「は…はい…。」


大勢の人間に見つめられながら城の跳ね橋の上で大きな鞄と地図を貰うエインだが、さすがに通ったことがない街の中を危険を承知の上で進むのだから緊張してしまう。


「よし、姫様の命運は貴様に掛かっている!姫様や市民の命が第一だが、貴様のためにも何としても成功させろ!さあ、行け!」


「「「わあああ!」」」


「は…はい!行こう、ロボ!」


『キャン!』


あれほど毛嫌いし迫害してきたリオーネや民衆が激励してきたことに照れくさそうになりながらもエインはロボと共に街の中へと駆けていく。


「ふっ…単純な奴め。メリアス、貴様らも出発だ!抜かるなよ。」


「は…はい…。」


去ったのを確認してからリオーネは不敵な笑みを浮かべ、気乗りしないメリアスとその傍らに控える兵士達に密命を下す。


「…静かだね。」


『クゥン…。』


活気に溢れた街は遠巻きから見ていたが、人っ子一人いなくなった街は自分達の声が大きく聞こえるほどに静まり返っていてゴートスタウンのようだった。


「えっと地図の通りだと…。」


街の中は複雑なため地図の通りでないと迷ってしまいそうだった。


「今度は…うっ…。」


地図の通り進んで路地を出ると、ディノニクスやカルノタウルスに食い殺された市民の屍があちこちに散らばっていたのだ。


「これは…酷い…。」


側を通り抜けるがどの屍も腹肉が食い破られて内臓が失くなっていたり、丸齧りされて一部分が失くなっていたりしていた。柔らかい部分だけ食べて後は残したのだろう。


「…人がこんな風に…うっ…。」


元は自分と同じ人間だったのに見るも無惨な肉塊へと変えられた有様と、その時の苦痛を訴えるような死体の目付きに吐き気を催しそうになる。


「…それにしても、さっきからモンスターが出てこないけど…どう思う?」


『クゥン…。』


食べ残しの死体なんて見たくはなかったが、一番目にしたくないディノニクスやカルノタウルスの姿が見えないのは有り難かった。しかし忽然と姿を消した様子は逆に不気味さを醸し出していた。


『ピーピー…ギーギー…。』


噂すれば影なんて言葉があるが、聞こえてきた鳴き声に緊張し顔が強張るエイン。鳴き声はあまり大きくはないが相手がどんなモンスターか確認しないといけないのは確かだ。


「…何あれ、トカゲ…?」


こっそりと様子を見るエインだが肩の力を抜く結果に終わる。鳴き声を発していたのは細長い首と尻尾を持つ二足歩行のトカゲのようなモンスターで、一番の特徴的は身体の大きさがニワトリと同じ大きさだったことだ。


正直言ってトカゲだと言えば何ら疑われようのない見た目と大きさだし、下手したら最下級モンスターのスライムに簡単に捕食されるほどに弱そうだった。


「取り敢えず…危険はないかな。」


『ピーピー…。』


見たところ死体の肉やそれに集るハエやウジを食べているようだ。


『ピュイ?』


「ごめんね、側を通るよ。」


そのトカゲはエインに気が付いてジッと見ていた。エインも今は急いでいるため相手にせず通り過ぎる。


『『ピーピー…。』』


「あれ?お友達?」


暫く歩いていると鳴き声がまだ聞こえるため立ち止まって振り返ると、先程のトカゲの数が増えていたのだ。


『『『ギーギー…。』』』


「えっと…何でついてくるの?」


再び歩いていると鳴き声が聞こえる上に何だか多くなっている気がすると思ってたが、先程のトカゲの数がまた増えていたのだ。


『『『『ギギギ…!』』』』


「え…ええっ…!?」


更に歩いていると鳴き声が聞こえるどころか騒がしくなり、立ち止まって振り返ってみれば何匹いるか分からないぐらいまで増えていたのだ。


「ちょ…まさか…僕を襲う気…!?」


『シャー!』


小さいからまだ大丈夫だと思っていたが、相手がエインだからか或いは群れれば積極的に狩りを行うかは不明ではあったがトカゲ達の群れは大きくなっていく。


『コンプソグナトゥス』。それがこのトカゲの名称であり、肉食恐竜に置いては最も小さな身体を持つため肉食恐竜はおろか他の捕食動物に置いてはヒエラルキーの下位に属する。


『『『ギーギー!』』』


「わっ…!?」


コンプソグナトゥスは基本的には他の動物の食べ残し、或いは小動物や昆虫などを捕食する。


しかし弱い立場にある獲物のことは本能的に分かるのか、或いは危険がないと分かって好奇心からかエインの服に噛み付いてぶら下がってくる。


『バウ!』


『ギャッ!?』


ロボがコンプソグナトゥスの一匹に噛みつきそのまま顎に力を込め、胴体からメキリと言う骨を砕く音をさせる。


『グルル…バウ!バウ!』


仕留めた個体を口から離して、群れに吠え立てるとコンプソグナトゥス達は蜘蛛の子を散らすように去っていく。


「ありがとう、ロボ…。」


『クゥン…。』


「あははっ…くすぐったいよ…。」


ロボはエインがケガしてないかどうか舌で舐めてくるが差し当たって異常は見受けられなかった。


「じゃあ、そろそろ行こうよ。」


『キャン!』


先程仕留めたコンプソグナトゥスを食べてロボは元気良くエインに吠える。


「そう言えば僕もお腹空いたなぁ…。」


食べているところを見て思い出したが、昨日の騒動で何も食べていないことを思い出し腹の虫の音色が響き渡る。


『…キャン!』


「どうしたの?」


するとロボは道から外れてエインをとある場所へと案内した。


「ここは…パン屋さん?」


案内されたのはショーウインドが派手に壊されたパン屋だった。ディノニクス達が暴れたことでパンがあちこちに散乱し踏み荒らされていた。


『『『ピーピー。』』』


「うっ…あのトカゲ達もいる…。」


パンを目当てに集まったのかコンプソグナトゥスも集まってパンを食べていた。


『クゥン…。』


「もしかしてパンのある場所を教えてくれたの?」


コンプソグナトゥスがいるのを見てロボは耳と尻尾を垂らしながらエインを見つめる。彼が空腹になっているのを察して、匂いを辿ったものの先客がいるとは思わず落ち込んでいた。


「ありがとう、ロボ…でも、勝手に食べたら泥棒だよ。」


お礼はいつつも勝手に食べ物を盗ってはいけないと諭すが、子犬であるロボやコンプソグナトゥス達に分かるわけがない。それ以前にさっきから腹の虫が鳴る度に立っているのも辛くなってくる。


「はう…ダメだ…。」


ああは言ったが空腹で満足に動けそうにない。ここで万が一ディノニクスにでも出会ったら逆に食べられてしまうだろう。


「くう…どうせもう捨てる物だろうし…い…良いよね?」


曲解のようにも聞こえるが背に腹は代えられないと結論づけたエインは何とかパンを奪えないか考えてみる。


「…あ、これは…。」


考えている内にゴミを捨てるポリバケツ、英雄を宣伝する大きなポスター、何も載せていない荷車、木箱などが目に入る。


「そうだ…!これを使えば…!」


幾つかの物を見てエインはとある名案を閃くのだった。


『ピュイ?』


見張りをしていたコンプソグナトゥスは気配を感じ取り振り返る。しかしそこにはゴーストタウンとなった街並みの他にはポスター、荷車、木箱、ポリバケツしかなかった。


気のせいかと再びパンを齧り続けるコンプソグナトゥス達だったが、徐々にだが目に入った物に異変が起きていた。


『ピュイ…?』


するとさっきまで落ちていたはずのパンがなくなる代わりに、そこにはひっくり返ったポリバケツがいつの間にかあったのだ。


「もぐもぐ…ん…美味しい…!」


そのポリバケツの中にはエインが隠れており、一瞬の隙をついてパンを掠め取ったのだ。地面に落ちたとは言え味は最高だったためニッコリとするエイン。


「もう一個…!」


美味しいこともだが、幼さと空腹が後押しして再びパンを手に取ろうとする。


「いたっ!?」


しかしパンまであと少しと言うところで鋭い痛みが走り驚いて飛び上がってしまう。


『ギーギー!』


さすがにバレてしまったらしく、コンプソグナトゥスはポリバケツの下から出てきたエインの手に噛みついたのだ。


「ううっ…出られない〜…!?」


しかも飛び上がった際にポリバケツがひっくり返り、それによってエインも逆さまになってしまって暫く起き上がれず藻掻く羽目になった。


「あいたた…。」


『クゥン…。』


「教えてくれてありがとう…少し元気になったから大丈夫だよ!」


『キャン!』


ポリバケツを横に倒して脱出したエインは噛まれた手を擦っていた。それを見てロボはションボリしていたがお陰で体力を回復出来たとエインが励ますのだった。


「さて…そろそろのはず…え?」


再び地図を頼りに進んでいると、例の備蓄倉庫らしき物を見つける。しかしようやくの思いで辿り着いたエインを待ち受けていたのは…。


「リオーネ様、ただいま戻りました。」


「メリアスか。首尾はどうだ?」


城では密命を受けたメリアスが戻って来てリオーネに報告をしに来ていた。


「…はっ、被害や損害はゼロ、犠牲者も無し…全て言われた通り完遂しました…。」


「そうか…ご苦労…ふ…ふははは!」


静かに何ら大きな被害や犠牲を出さずに密命を完遂したことを静かに聞いていたリオーネは突然高らかに笑い出した。


「『無能のエイン』!これだけは認めてやろう…貴様は最後の最後で我々の役に立ってくれた!安らかに眠るがいい!」


賞賛はしているつもりだろうが、明らかに不穏さが上回るような単語を羅列するリオーネ。


「な…何で…何で倉庫が開いてるの!?」


高らかに笑うリオーネとは真逆にエインは動揺して目の前の出来事が受け止めきれないでいた。と言うのも辿り着いたばかりなのに、既に倉庫の扉が開け放たれていたのだ。


「鍵を使わないと開かないんじゃ…。」


話では鞄の中の鍵を使わないとダメなのに、既に開いていると言うことは恐竜が中にいるのではと警戒する。


「え…!?」


しかし警戒する必要はすぐになくなった。それ以前に恐竜は愚か、()()()()()()()()()()のだ。


「薬が…一つもない!?」


薬がないこともだが、食糧品や日用品に消耗品など、ありとあらゆる物資が綺麗サッパリに倉庫からなくなっていたのだ。


「あれ…道を間違えた…!?でも…間違わないように確認しながら来たし…。」


何度も確認するがやはりここが備蓄倉庫だ。しかし肝心の物資が全てなくなっておりエインを困惑させていた。


(あのモンスター…じゃないよね?でなきゃ扉は壊されてるだろうし、失くなるにしても食べ物くらいじゃ…それに荒らしたような跡もない…。)


最初は恐竜達の仕業かと考えるが、失くなり方が余りにも綺麗過ぎる上に食べ物でもない物が失くなるなんて不自然だった。


『キャンキャン!』


「ん?…足跡…。」


ロボが地面に向かって吠えており、よく見てみると埃が()()()()を象っていたのだ。


「人の足跡…?待って…じゃあ、僕が運んでるこれは何?」


人間の足跡があると言うことは誰かが自分よりも先に来て、()()()()を開けて中の物資を持ち去ったのだ。もしそうなら鞄に入っているのは何なのかと言うことになり慌てて開けてみる。


「わぎゃあっ!?」


『バウ!?バウ!?』


開けた瞬間に恨めしそうな目付きの目玉と目が合ってしまい、悲鳴を挙げながら鞄を放り投げてしまい、ロボも何事かと吠え立てていた。


なんと鞄の中に入ってたのは攻防戦の際に仕留め、首から先を切り落とされたディノニクスの頭だったのだ。


「か…鍵なんか入ってない…!?どう言うこと…!?」


鞄の中にはディノニクスの頭が入っているだけで、鍵らしい物なんて何もなく更にエインを困惑させた。


「貴様も考えたのう。あの役立たずをモンスターを引きつける囮にし、その間に備蓄倉庫の物資を回収するとはな。」


「キオナ様を辱めた処罰を下せないのは残念でしたが…モンスターが後始末してくれるでしょう。」


そう、エインを囮として利用することこそがリオーネの考えであり、メリアスが受けた密命はエインが囮になる間に物資を回収することだったのだ。


「しかしモンスターにヤラれた場所を歩かせ、尚且つ倉庫まで遠回りさせた上で仕留めたモンスターの肉が入った鞄を渡すとはな。」


「そうでなければ囮の意味がありませんよ。何よりも時間を稼いで貰わないといけませんしね。」


エインの素直な性格を利用して地図の通りに進ませることで遠回りさせつつも恐竜のいる馬車を通らせ、更に肉の入った鞄で恐竜の気を引かせようとしたのだ。


つまりは貰った鞄と地図にも自分達の作戦が上手く行くように細工がしてあったのだ。

 

「報告によれば例のモンスター達は出現はおろか影も形もなかったそうです。」


「食われたか…或いは逃げて国の外へ出たか…いずれにせよ二度と顔を合わすことはなかろう。大義であった。」


いずれ処刑するつもりではいたが手を煩わすこともなく、必要な物も手に入り万々歳の様子のドレイク王だった。


「はあ…これじゃあキオナを助けられないよ…。」


『クゥン…。』


しかし順調に思えたドレイク王達の目論見は僅かだが狂いが生じていた。国の中にいるはずの危険な恐竜達とは出会うことがなく、エインは生きて国の中にいたのだ。


当の本人は騙されたとは知らず…いや、キオナを助けられないことと、初めて激励してくれた人達の期待を裏切ってしまう罪悪感が上回って倉庫の前で落ち込んでいた。


『『『ギーギー!』』』


「うわっ!?」


泣きっ面に蜂と言わんばかりにコンプソグナトゥス達が一斉に群がってくる。ロボも何とかしようとするが今度ばかりは相手が多過ぎる。


「うわっ…何この匂い…!?」


何とか立ち上がって逃げようとするが、コンプソグナトゥスが足に纏わりつくため、躓いて水溜りに倒れてしまう。しかも鼻を刺すような悪臭に顔をしかめる。


「早く逃げないと…あれ?」


『『『ギギギ…。』』』


慌てて立ち上がって逃げようとするが、コンプソグナトゥス達は深くて溺れると言う訳でもないのに水溜りを前にして動かなくなっていた。


「…?」


『『『ギギギ…。』』』


首を傾げながら恐る恐る近寄ってみると、コンプソグナトゥス達は後退りをする。


「この匂いが嫌なのかな…。」


考えられるとして水溜りの水の匂いを嫌がってるようだった。しかしながら吐き気を覚える死体の腐敗臭を気にせず、腐肉を漁るコンプソグナトゥス達が今更こんな匂いを嫌がるのだろうか。


「とにかく今は…っ!?」


『『『ギーギー!?』』』


よく分からないが今は遠くへ逃げようとするが、ズウウン…ズウウン…と言う地響きと共に水溜りが波紋を生じさせるのを目撃する。それと同時にコンプソグナトゥス達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「こ…これはまさか…ロボ!隠れよう!?」


『キャン!?』


その地響きは規則的であり、地震と言うよりも足音に近かった。こんな大きな足音を出せるのはあいつしかいない。エインはロボと共に慌てて備蓄倉庫の中へと隠れるのだった。


『グルルル…。』


「…!」


倉庫の窓に巨大な生き物の影が映り込む。その大きさ故に歯はまるでバナナと同じサイズであり、ズラリと並んだ大きな口の影がハッキリと見えエインを凍りつかせる。


『グルルル…ゴアアア…!』


一度耳にすれば夢で(うな)され、あまりの大きさに鼓膜が破けて飛び上がりそうな雄叫び。 


(そんな…!?何でこんなところに…!?)


間違いない、と言うよりも忘れるはずがない。昨日の夜に小屋を襲撃しキオナとエインに恐怖を植え付けたティラノサウルスだった。壁の一枚先でティラノサウルスがいることにエインは喉から心臓が飛び出そうになる。


『グルルル…!』


『ガルルル…!』


『ゴアアア…!』


ところが信じられらない物が聞こえてきた。ティラノサウルスの唸り声がどうにも一つではないような気がするのだ。


(まさか……そんな…!?)


音を立てずに低い体勢で倉庫の扉まで四つん這いになって進み、僅かに開けて隙間から外の光景を見てみると悪夢のような光景が広がっていた。


(まさか…こんなにいっぱいいたなんて…!?)


なんと小屋を襲撃したのは一体だけだったが、子供から大人までティラノサウルスは全部で七頭はいたのだ。あれだけ強そうなモンスターなのにまさか群れを作るとは思いも寄らず、エインは恐怖の余り過呼吸になっていた。


『ゴアアア…ガルルル…!』


(…!あの方向は…!)


運の良いことにティラノサウルス達はエインには気が付かず、とある方向へと地響きを立てながら去っていく。しかし運が悪いことにその方向には…。


「あのモンスター達は…城に向かってる!?」


去った後で倉庫の外に出たエインは、さっきより増えた酷い匂いの水溜りに目もくれずティラノサウルス達が向かった方向に城があることを確認し血相を変える。


「大変だ…キオナや皆に知らせないと!?」


騙されたとは気付いてすらいないエインは、ティラノサウルス達が城に向かっていることを知らせようと走り出す。


しかしながらエインとロボが去った後で空を覆い尽くすほどの影が通り過ぎていく。ドレイク王達の目論見は僅かに狂いが…いや、これはもはや破滅の兆候であり地上からだけでなく空からも近付いていた。

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